第三章 交わす刃と言葉⑨
――時間は残りわずかだ。
三分未満でグラーヴァを倒せなければ、乱神は勝手に自壊する。
(まったく、つれーぜ)
流行る気持ちを抑え、ヒューリは肉薄と同時にグラーヴァへ斬りつけた。
フェスティバルギアは、闘技に使うためのギアとして試合用モードが設定されている。それにより、相手になるべく致命傷を負わせないための挙動をするのだが、その楔はない。
真っ二つに切り裂けるはずだった。――しかし、
「う? 傷すらつかない、だと」
高速の斬撃は、硬い鱗に触れた途端弾かれた。
「そんなものか、人間」
恐らく龍の泪を変質させ、生み出した禍々しい体には、四本の太い足と長い尻尾が付いている。グラーヴァは、右手と尻尾で抱きしめるように、左右から攻撃を加えてきた。
乱神は、スラスターを煌めかせて回避したが、風圧によって弾き飛ばされてしまう。
「ヒューリ、防護フィールドにぶつかる」
「止まれぇぇ」
背部スラスターを全て噴射させ、激突を回避。そのまま上空へ飛び立った。
――しかし、恐るべき一手が、自由を剥奪する。
「休ませてやるものか。焔よ」
何もない空間から突如真っ赤な炎が噴き出し、乱神の表面を融解させた。
アラートが鳴り響き、二人の顔から汗が流れ出た。
「内部フレームまでは喰らってないけど、装甲がだいぶやられたわ」
「へ、軽くなっていいぜ。うわ!」
四方八方から焔が噴出した。
乱神は、細やかに機体各部の補助スラスターを作動させた。紙一重の回避。やけに心音がうるさく聞こえた。
「クソ、これ魔法かよ」
「やってることは、普通の魔法と変わらない。ただ予備動作がない。詠唱もなしで、瞬時に大気のマナを魔力に変換してる」
「そんなこと可能かよ? だって魔法ってのは、呪文とセットだろう? うぉああ!」
「うえ、気持ち悪くなってきたわ。……そうね。呪文は、いわばこれから起こす現象を指定する指示書みたいなものだわ。炎の魔法を発動させたいのであれば、呪文で炎の魔法を発動させますよって指定してからマナに作用させるらしいの。
でも、ドラゴンには不要みたいね。人間と違って精霊に近い存在である彼らは、いわば自然に寄り添う存在。文明を発展させ、自然から離れて行こうとする人間と違って、彼らは言葉なんかツールを使わなくても、感覚で自然と通じ合える。だから、なのかしら?」
「さあな。そんな学術的な意味なんぞどうでも良い。こんな攻撃、連発されれば機体はもちろん、観客を守っているフィールドも持たねえぞ」
「そうね、どうにか、しなきゃ。機体の崩壊まであと一分三十秒。何か、ないの?」
ヒューリは、目を細めた。
敵の攻撃は熾烈で、容赦がない。
全方位から自由に吹き出す焔は、予想さえ難しい。だが、闘技者としてのカンが、辛うじて直撃を避けていた。
――悲鳴を上げた生存本能が、意識を、思考を加速させる。
闘技場は、ギアが暴れられるほど広い。だが、三十メートルはありそうなドラゴンがいては、少々窮屈だ。
「乱神の速度を生かすには、ここは狭すぎる。だけど、コイツごと移動するなんて……ん?」
「どうしたの?」
「あそこ、人がいなくなってる」
ヒューリが画面の一角を指差す。そこは、海側にある観客席だ。避難がある程度は完了しているようで、彼が指差したところはもぬけの殻である。
「入り口は人が密集しているけど、あそこは人っ子一人いないわね。え! ヒューリ、笑った?」
「ああ、笑ったぜ。笑うしかねぇだろ。悪戯小僧の気分だ。おい、ミリー。海側のフィールドを解除しろ」
「え、ええ? あ、そ、おっけい」
こんな状況でも司会者としてのプライドか、彼女は逃げていなかった。
小鞠が、彼女やるじゃん、と喜びヒューリは頷く。
乱神は、急速に地面に着地すると、グラーヴァに肉薄した。
「小僧、何をするつもりだ。無駄だと言っているだろう」
「それを決めるのは、お前じゃねえんだよ」
行く手を阻む焔を切り払い、業魔を斜めの角度で地面へ突き刺した。
「魔法を切る剣を突き刺した? まさか」
「おっと、バレたか。けど、俺が早い」
ヒューリは、業魔を巨大化させた。
地面を粉々に砕きながら、大きく伸びていく業魔の柄頭がグラーヴァの胴体に突き刺さり、そのまま巨体を宙に浮かした。
「ぐううう、このまま海へ突き飛ばす気か。小賢しいわ」
グラーヴァが刀を握り締めた。だが、
「業魔、魔力を爆発させろ」
グラーヴァはロケットのように突っ込んできた業魔に突き飛ばされる。
舞う巨体は、闘技場を飛び越え海へ派手に着水した。




