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第三章 交わす刃と言葉⑧

 乱神は滞空しつつ、眼下の光景を眺めている。筒のように伸びた防護フィールドがあるせいで土煙は晴れず、龍の泪の姿を確認することはできない。


 ヒューリは、じれたように問いかけた。


「おい、レーダーや魔力反応は?」


「おかしいわね。なんの反応もなくなったわ。……待って、嘘、でしょ」


 小鞠は、操縦桿に挟まるように設置されたディスプレイを操作。ああ、と悲鳴交じりに顔を引きつらせた。


「急速に高濃度の魔力感知。大気中のマナを急速に変換……吸収しているの? 闘技場が、熱を帯びていってる。計器類が、もう目茶苦茶よ。まずい、まずい、絶対まずい」


 小鞠は、着物の裾を振り乱しながら叫ぶ。


「ミリー、試合を中止にして。コードレッド04を発令」


「え、何で乱神から小鞠社長の声が聞こえんだ? え、ええ? それに04? それって、緊急避難コードじゃ」


「そう言ったのよ。これ見て」


 小鞠は、計測中のデータをミリーに送りつける。ミリーは、実況席で頭を掻きながらスマホの画面に視線を向けた。――派手なハウリングが響き渡る。


「やべええええええええええ。え、うそ、どうしよう」


「ク、もう間に合わない。防護フィールドの制御を行っている魔法使い、気張って。一瞬でも気を抜いたら、焼けて死ぬわよ。観客の皆さんは、逃げれそうだったら逃げなさい。で、ヒューリ!」


「ああ、分かってる。おい、ポンコツAI。コードレッド04を発令。世界共通法に基づき、フェスティバルギアの試合用モードを解除。戦闘モードを限定解除しろ。冷却装置最大可動。……小鞠、しっかり掴まってろ。下手すりゃ死ぬ、ぜ」


 ヒューリは、意識が一瞬遠のいたが、すぐに頭を振って蹴散らす。今は大量出血のせいで、気絶をしている場合ではないのだ。


 小鞠は、自らの着物の裾を破ってヒューリの左ふくらはぎをきつく縛った。


「おい、もうちょい優しく」


「無理よ、止血しないと。医療用ナノマシンを投与してあるのに、まだ血が止まらないなんて。私が思っているよりも大怪我だったみたいね」


「まあな。……あ、わりーけど、左のフットペダル任せていいか? 足が痛くてさ」


「おっけ。ってちょっと、遠いんだけど」


 小鞠の足は長いが、ヒューリの太ももに座っている分、フットペダルが遠く、届かない。


 彼女は大胆に足を開いて伸ばし、どうにかつま先をフットペダルに乗せることに成功。だが、太ももが露になってしまった。


 ヒューリは、眩い足から視線を急ぎ外した。


「任せて。ん、何?」


「や、何でもない」


「フーン? もっと見ても良いのに」


「ハ、いや、見てねーし」


「フフ、まあいいわ。――乱神の稼働時間残り三分。最短で倒すわよ」


「おう、来るぞ」


 突如発生した高熱が、上昇気流を生み、土煙を払っていく。


「うあああああ」


「これ、どうして? 試合はどうなったの」


 観客たちの叫び声と困惑する声がない交ぜになっている。


 気温は徐々に上がっていき、ムッとした熱気が機体越しでも感じられた。


 ――ああ、なんということだろう。


 ヒューリは、喉を鳴らした。


 完全に晴れた土煙。先ほどまで龍の泪が墜落していた場所に、その機体の姿はない。あるのは、巨大なドラゴンの姿だけだ。


 体表は血の跡のように暗みを帯びた赤色で、分厚い鱗がびっしりと生えている。


 背中から生えたコウモリじみた一対の翼は、一枚が高層ビルに匹敵するほど大きく力強い。


 ヒューリは、ドラゴンの顔を拡大表示させた。


 顔は全体的にスマートな輪郭だが、顎の筋肉が異常に発達しており、鋭い牙が見え隠れしている。


 ――そして、最後に目を見た。爬虫類独特の瞳が、機体越しにヒューリを睨みつけている。


 この世全ての悪を凝縮した絵具で、おぞましくも美しく塗り飾ったような瞳は魔的だ。


 激闘は必須。後は口火を切るだけだ。


「?」


 ヒューリは、己の手が不安げに揺れていることに気付く。全身は冷たい汗が噴き出て、血で酔いそうな心を余計に気持ち悪くした。


 ――恐れているのか、俺は?


 違う、と否定しようにも震えは激しくなるばかりで止まりそうにない。


「ヒューリ」


 力強くも柔らかな声が、鼓膜を優しくノックする。続いて、温かな熱が手の甲を包んだ。


「大丈夫。あなたのお爺さんは一人だったかもしれない。でも、私がいる」


「ああ、そうだな。けどよ、機体も俺らもボロボロ。おまけに、俺はジジイほど強くねえときてる。……勝てる、かな?」


「一人じゃない、二人よ。未熟でも、二人力を合わせれば、一人よりも大きな力を得られる。――余裕だから。ほら、行くわよ」 


 小鞠は、振り向きざまにキスをした。


 ――まったく、こんな時でもコイツは変わらない。


 ヒューリは、短く笑って操縦桿を強く握りしめた。――ああ、震えは消えている。


「小僧、さあ、死合おうぞ」


 リベンジマン、――否、悪龍が呼んでいる。


「ああ、分かってるって。俺の名前は永礼 ヒューリ」


「千島 小鞠」


「ん、小娘も乗っておったのか。まあ、よい、許そう。我は悪龍 グラーヴァ・ファダーク」


 乱神は業魔を構えた。


 悪龍は大気を震わせ咆哮した。


 ――参る。


 乱神は、スラスターをふかして空を裂く一陣の風が如く駆けた。

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