第三章 交わす刃と言葉⑤
ヒューリは疾走した。闘技場に現れたギア、龍の泪は、リベンジマンと波状攻撃を仕掛ける。
ギアは自動操縦機能が搭載されているのが主流であり、このような戦法を取るものは多い。
別段、反則でも何でもないが、ヒューリは妙な感覚を否定できないでいた。
「ッ!」
リベンジマンの攻撃をいなし、龍の泪の斬撃をハリウッドスター顔負けの大ジャンプで躱す。
観客は派手な動きに喜びの声を上げるが、ヒューリからすればいつ棺桶に入るか気が気ではなかった。
「ハア、本当はなあ。こんな大人げない真似は主義に反するのだが」
リベンジマンの上段からの振り下ろしを、業魔の刀身で受ける。手に伝わる感触に覇気がない。本当でそう思っているのだ、と直感した。
「女狐が、乱神を破壊したいとうるさかったからなあ」
鍔迫り合いのまま、気軽に話すリベンジマン。一方のヒューリは、余裕がない。一瞬でも力を抜けばやられる状況において、意地だけで返事をした。
「……女狐? あ、ああ、もしかして後ろの機体に乗ってんのか?」
リベンジマンは、大きな口の口角を上げ、声を潜めた。
「ご明察だ。大会において違反だろうが、あやつは捨て身じゃ。指摘したところで止まらんぞ。我もな」
「チイ、わーってるよ。最初っからまともにくるとは思ってねえさ。それにな」
――脳裏にカルフレアの顔が思い浮かぶ。普段、飄々としている彼が裏切りを告白した時、涙した。全くの予想外。青天の霹靂とはあれのことだ。
思わず歯を食いしばった。
「ルール違反で退場なんてさせるわけねえだろ。グ……、ぬああ。お前らには後悔して帰ってもらわねえとな。ハア!」
腹に響くような轟音。業魔の魔力が爆発・噴射した音だ。戦車でさえ切り伏せる斬撃。しかし、リベンジマンを吹き飛ばすことはできない。
「テメエ、岩か!」
「フン、タイミングが分かればこの通り。受けることは造作もないぞ、小僧。そら!」
「う!」
鍔迫り合いの状態から横に力を逃され、姿勢が泳ぐ。そのどてっぱらに、強烈な膝蹴りをもらってしまう。
肺に溜まった空気が全て吐き出され、体が綿あめにでもなったみたいに吹き飛ぶ。
バウンドするごとに背中に感じる痛み、流れる視界。派手に壁に激突して、目に花火が散った。
「頑張った方か。褒めてやろう」
リベンジマンは、ゆっくりと歩み寄り、龍の泪がその背後で仁王立ちする。
「ああーと。ヒューリ選手、なぜギアを呼ばないのか。手加減している場合か!」
観客たちは、一様にヒューリの名前を呼ぶ。
それを嘲笑うように、リベンジマンはヒューリの前で立ち止まると、無骨な刀で体中を切り刻む。
「あ、があ、ッ!」
「どうだ、どうだ。我の憎悪を少しでもよいから理解しろ。太もも、肩、腹、ふくらはぎは串刺しだ!」
刃が肉を貫通し、深々と地面に突き刺さっていく。全身の痛みが、ふくらはぎに集約されていくような感覚。ヒューリは歯を食いしばり、雄叫びを喉に留めた。
「痛いか?」
「……ん、ハア? どこが」
「その強がりはよし」
リベンジマンは、刃を引き抜き、心地よさそうに笑いながらヒューリを切り刻んでいく。押し殺したヒューリのうめき声。地面が鮮血に彩られ、己の血の臭いに酔いそうになる。
「もうやめて」
誰かが悲鳴のようにそう言った。
「これは……もう。ヒィ! あ、なあ、ヒューリ選手、早く降参を」
ミリーの声に、ヒューリは首を振った。
血が視界を汚し、濁った世界が広がっている。その世界で王様のように佇むリベンジマンは、肩で息をしながら刃を上段に構えた。
「我はお前を殺す。大会のルールに則ってやるのはここまで」
「へ、そうかよ」
軽口とは裏腹に、体はダメージで動けない。できることは業魔を握る手に力を込めることだけだ。
「では、さらば」
「待てよ」
「ん? ああ、遺言か。聞いてやろう」
「……へ、お前さ」
ヒューリは、首だけを動かし、リベンジマンを見て笑った。ドラゴンフェイスは、困惑の表情を浮かべる。
「油断すっから俺の爺さんに負けるんだよ」
「あ?」
「こんな具合にな」
突如、地を揺らす感触と轟音が、闘技場全体を襲った。観客たちの歓声、舞う土煙。
後ろを振り返ったリベンジマンが、あんぐりと口を開けた。
彼は震え声で問う。
「おい、貴様。どうやって修理した?」
龍の泪が地に伏せている。殴られたからだ。誰に? 答えは簡単だ。
乱神が、拳を振りぬいた姿勢で力強く立っている。
「どうやって? 俺が聞きてーよ」
ヒューリは、柄を握る手にありったけの力を込めた。
業魔の魔力を爆発・噴射。下からすくいあげる斬撃。完全な不意打ちに、リベンジマンは十全な回避ができず、太ももから肩にかけて一直線の傷を負う。
「がああ」
リベンジマンが、噴き出す血を抑えながら後退。ヒューリは、空いた手で銃をホルスターから抜き放ち、立て続けに乱射した。狙いもなにもない気分はすっかりトリガーハッピー。
四十五口径の弾丸は、計七発の銃声を響かせた。そのうち三発が、リベンジマンの体に触れると同時に爆発する。
「う!」
「へ、ビビったかよ。じゃあ、こいつもプレゼントだ」
ヒューリは、止めとばかりに手榴弾を投げつけた。
放物線を描き、ワンバウンド、そして爆発した。衝撃が地面と空気を揺るがし、復讐の男が炎と破片に嬲られる。くるりくるりと無様に二回転し、糸が切れた人形のように地面へ倒れた。
「う、ああ、あああああ」
「魔獣ドーンを練り込んだ特殊配合の爆薬。どうだ、お味はよ。小鞠が泣き叫ぶくらい高かったんだぜ」
「あああ、貴様ぁあああああああ。我の鱗が、我が血肉が、たかが人間の分際で」
「初めてじゃねえだろ? 喚くなよ。だいたいその爆弾使っても、原形を留めているってどうなんだ」
ヒューリは、業魔を地面に差し、杖代わりに立ち上がった。震える足は、生まれたばかりの小鹿じみているが、闘志を燃料に仁王立ちする。
「おい、機体に乗れ」
「……機体?」
「お互い生身でやりあうのも良いが、体はすっかり参っちまってる。だから、乗れってんだよ。お前も俺もまだ戦い足りないだろう」
リベンジマンは、ふらりと立ち上がり、しばし沈黙する。固唾を呑んで見守る観客たち。
彼は、返事の代わりに頷いた。
「決まりだな。おい、聞いてんだろ。シルビアァア! お前とリベンジマン、まとめてぶっ飛ばす。俺たちの因縁に終わりを告げる戦いを始めようぜ。アーユーレディ?」