第三章 交わす刃と言葉③
――おかしい。度が過ぎている。
観客の熱狂が生み出す渦の中で、リベンジマンは目を見開いていた。
眼前の憎き男は、未熟な技を振るう。精度、キレ、威力どれをとってもハルカゼには届かない。このレベルでは、リベンジマンとまともな戦いにはなるまい。しかし、リベンジマンは攻めあぐねている。
これは一体どうしたことだ?
「ぬう!」
未熟者が振るう斬撃を刃で弾く。砲弾を受けたような衝撃で、手がしびれた。
馬鹿な、馬鹿な、こんなことがあるものか。
揺れ惑う心。――ふと、リベンジマンの瞳が、一点に止まる。
空間に暗き残光が線を引いている。
――ああ、氷解した。
リベンジマンは、口角を上げた。それでこそ我が宿敵と呼ぶにふさわしい。
間違いない。あの日、ハルカゼが現れたのも運命ならば、孫のヒューリが立ちふさがるのも運命だ。
リベンジマンは、歓喜の咆哮を上げた。
※
ヒューリは、業魔を力のままに、想いのままに振るう。
――【放浪永礼流 抜刀の型 光刃の天川】
抜刀の構えから繰り出す、高速・連続の抜刀術。
抜刀して納刀、ただそれだけの動作を、タイミングをずらしながらリピートするだけの技。シンプル、ゆえに恐ろしい。何度も何度でもアギトは敵へ食らいつく。
「ぬううううううああああ」
リベンジマンは、刃を弾き、後方へ飛び退った。ローブは、腹部の辺りがぱっくりと裂けている。彼は呆けた様子で裂け目を確認し、ローブを揺らすように笑った。
「ああ、なるほどな。我とここまで競えるほど、貴様の実力が劇的に向上したかと思えば、そうではないな。――貴様、己が技量を高めるのではなく、魔剣の扱いに心血を注いだわけだ」
ニヤリ、と笑み。これはヒューリの口が形作った。
「現実的に考えて、短期間でお前を上回る技量を手にするのは不可能だ。だから、魔剣を使いこなす道を選んだ」
「ほう、なるほどのう。我が魔剣の使い方を学んだか」
「そうさ……こんな風にな!」
――ヒューリは力強い一歩を刻む。表情は不敵に。刃は地面すれすれの軌道を描き、リベンジマンに迫る。鋭い。だが、それだけだ。
人間に堕ちたとはいえ、相手は超越種であるドラゴンである。リベンジマンは、人が到達しえぬ野生の動体視力と危機察知能力で、回避の動きを見せた。
避けられるのは必定。――しかし、運命を切り伏せるは業魔の執念。
「ッ!」
急激に加速した刃が、リベンジマンの表皮を裂く。刃が駆け抜けた空間に、黒きオーラが残り漂う。
まだ、終わりではない。ヒューリはさらに一歩踏み込み振るう。袈裟、突き、真一文字。斬撃は人が成せる速度を超え、神速へ至る。
「があああ」
リベンジマンは、大きく飛び退き膝をつく。煤けたローブは、より一層ぼろ布のようになり、所々赤い血で濡れている。
「ハア、ハア、ハア。お、恐るべし。短期間でよくぞここまで……。魔剣の魔力。その秘められし使い方、よくぞ理解した」
「ああ。お前のおかげだ」
目を瞑ると、思い出す。あの日、護と共に訪れた廃倉庫。暴力の化身がそこにいた。
鉛のように重く、この世の何よりも苦く刻まれた敗北の記憶。思い出すたびに、眩暈がしそうになる。だが、だからこそ……暴力の化身が振るいし斬撃は、鮮度を失わず記憶にあり続けた。
「……俺は今まで、魔剣の魔力は、切れ味の増加や魔法の両断といった刀の能力を強化する力だと思っていた。もちろん、間違いじゃないが、それはあくまで力の一端に過ぎない。
お前が廃工場の建物を斬撃だけで壊せたのは、爆発の力。そう、魔剣に込められた魔力を刀身に集約させ、ロケットみたいに峰の部分から爆発、噴射させることで、斬撃の速度を増した。それが、あの日のやべー斬撃の秘密だ」
……見事、とリベンジマンは呟いた。
「そう、その通りだ。魔剣は、魔法使いのようにマナを魔力に変換し貯蔵する機能。そして、魔力を使った攻撃機能が備わった武具のこと」
リベンジマンは、己が魔剣を愛おしそうに撫でた。
「……ああ、そうそう。褒美としてこれも教えておこう。先ほどの機能は、あくまで魔剣の基本機能に過ぎぬ。魔剣にはな、個性があるのじゃ。お主の魔剣であれば、巨大化と使用者が放つ闘志の吸収がそれに該当するじゃろう。特に後者は、他に見られぬ特徴だ。闘志を吸えば吸う程、刃が冴えわたり、機能が向上する。
……その魔剣は、少々特別な物に見える。他にも隠された機能があるかもしれん。強くありたければ、もっと魔剣と対話するのだな。これまでのような、曖昧な使い方をし続けていても、我には勝てん」
「おい、なんで俺に教える」
「……決まっている。そこまで教えておかんと、まだ戦いにならんからじゃ」
揺れる。リベンジマンの怨念が如きローブがユラリユラリと。ヒューリは、動きを凝視する。何が来る?
「う!」
消失。
どこに? 斬られる。
心が緊張で凝り固まる。魔剣の扱いが多少上手くなったところで、実力の差は歴然で。死の気配は濃厚。
考えろ。考えろ。生存本能が咆哮する。思考が赤熱するほど加速し、時間の感覚が鈍化していく。命は薄氷の大地に投じられた。踏み違えば、奈落の底へ堕ちていくだろう。
――ッチ。タタン。
音がヒューリの正面と左側面から聞こえた。
(敵の正面から左へ移動した。音が近い。ってことは!)
本能が……記憶が……染みついた技が……、ヒューリの体を突き動かす。
業魔で左を払い、体を半身に、そのまま一歩踏み込み左拳を前方へ放った。
「がふ!」
確かな手ごたえ。拳がリベンジマンの腹部へ突き刺さっている。
「【放浪永礼流 奥義の型 無形の風】だろ? 動いてお疲れの様子だから、少し休ませてやるよ」
右手に持った業魔を、後方へ向けて魔力を爆発。生じた推進力が、ヒューリの体を前へ動かす。槍と化した拳が深々と鳩尾を抉り、ついにはリベンジマンの体を拭き飛ばした。
砲弾のように飛んだリベンジマンは、闘技場の壁にぶつかり、派手に地面へ崩れ落ちる。
「おおーと。ヒューリ選手の一撃が決まった。これは立てないか?」
拳に残る感触が、大ダメージを負わせた事実を物語る。
もうこれは立てまい。……いや、それはない。ヒューリは、叫ぶ。
「これで終わりはねえだろ。立て、リベンジマン!」
どよめく会場。ありえない。あれは致命傷だった。もし、立つことができたならば、人が成せる業ではない。
――果たして、リベンジマンはよろめきながら立ち上がった。
膝は震え、ローブは破けてしまった。
露になったドラゴンフェイスに、幾人かが驚きの声を上げる。
「フ、フフ。付け焼刃の技では、通用せぬか」
「……なあ、そういや聞いてなかったな」
そう前置きし、ヒューリは最たる謎の答えを求めた。
「お前、放浪永礼流の技をどうして使える?」
「……なに、簡単な話よ。目に焼き付けた。あの男、ハルカゼが我の肉体を切り刻んだ技の数々を」
ヒューリの瞳が大きく見開かれる。
「見ただけで永礼の技を覚えたってのか?」
「人で難しくとも、悠久の時を生き、深淵なる叡智の頂に至ったドラゴンであれば可能。ましてや、痛みも伴っていたとなればなおさらのう」
「チィ、そうかよ。俺は何十年もかかってまだ極めてねえってのに、さっくり覚えたってのか。やってらんねえな。……けど、勝負は別だぜ」
ヒューリは、業魔を携え歩み寄る。
固唾をのんで見守る観客たち。ヒューリは、熱い視線を感じながら、刃を振りかざす。あとは振り下ろせば勝利だ。
「じゃあな。安心しな。命は取らない」
「……甘いのう。だから足元をすくわれる。ほれ、聞こえるだろう」
甲高い音が聞こえる。初めは小さく、徐々に大きく。
ヒューリは怪訝な顔で耳を澄ませ、ハッとした。焦りに突き動かされ、刃を振り下ろす。
しかし、リベンジマンは転がるように躱し笑った。
「時間稼ぎに付き合ってくれて礼を言う。さあ、二戦目といこう。もっとも、お主に機体はないがのう。天を仰ぎ見よ、うつけ」
頭上を見上げると、巨大な骸骨がヒューリに影を投げかけている。
「んだ、あれ? ……気持ちわりい」
ヒューリの言葉は、観客たちの代弁であったかもしれない。
空に浮かぶ姿は、大きさからして恐らくはギアだろう。テラりと光る体表、龍の顔に巨大な翼。体のほとんどは骨と皮でできており、骨の隙間からは、スライムらしきものが見え隠れしている。
「まだ、セカンドタイムに到達していないはずだ」
「そうかな?」
リベンジマンが、不敵に笑う。
まるでそれを待っていたように、セカンドタイムへ移行したことをミリーが告げた。




