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第三章 蠢く影が表に出る時⑥

 ――♪。




 広大な屋内コンサートホールに響く歌声……。派手に乱舞するステージのライトとワルツを踊るように、女アイドルは己がパフォーマンスに全てを賭している。




 献身ともとれるそれは、百万人もの観客たちを前にして圧倒的な存在感を放つ。




 彼女が手を振り回せば歓声が轟き、滑るようにターンをすれば地響きのような拍手が湧いた。




 紫を基調に、アクセントカラーとして赤が入ったアイドル服。着こなすは、千島 小鞠だ。




 露出の少ない服だが、しなやかな四肢が生み出すボディラインと、洗礼された動き、なにより艶やかな笑顔が色気となって放出されている。




 今、曲は間奏に入った。観客たちは、彼女の名曲「エターナルラブ」の最も盛り上がるラストフレーズが到来するのをソワソワと待ちわびている。




 激しく躍動する彼女の体。長髪が動きに追従し、宙に鮮やかな軌跡を刻んでいく。




 冬の寒さをものともせず。汗がライトを反射し、落ちていく。




ふいに時間が停止したように動きが止まった。――ああ、くる。観客たちは、拳を握り身構えた。




「――愛は尽くすもの。愛は与えるもの。愛は見返りを求めない。ああ、愛おしいあなたへ永遠を誓う。死してなお続くー、どこまでも消えぬエターナルラブ」




 声量、音程、響かせ方、全てが一流の技であるが、何よりも感情を込めた歌声は、人の心を揺らす。




 観客は涙し、崩れ落ちる者もいた。――心の琴線に優しく触れた歌は、静かに役目を終える。




 小鞠が、行儀よく頭を下げる。……一つ、二つ、自然と零れた拍手。それは波及し、会場を揺らすほどの喝采となった。




「皆、ありがとう。今回のライブも大成功ね」




 小鞠は、心から感謝の気持ちを込めて笑い、ステージを後にした。




 ※




「お疲れさん」




 控室にいたヒューリが、冷えたタオルを小鞠に手渡す。彼女は受け取った瞬間、花咲くように笑ってみせた。




「気が利いてるわね」




「……ま、俺のフェスティバルギアの金を稼ぐために頑張ってんだ。これくらいは当然だろ。ハア、それにしたってよー、なんで……」




 続きの言葉は「吹っ飛んじまったんだ」だろうと小鞠は当たりを付けた。




 昨日、午前三時頃。エンチャント・ボイス社が誇る特殊倉庫が爆弾によって半壊した。施設を除けば、破損したのは乱神一機のみであったことから、爆弾魔の狙いはヒューリの機体であったと推察される。――そう警察に告げられたのは、今朝のことであった。




「機体は粉々。エンジン部も見当たらないし、クッソ。絶対、シルビアだろう」




「恐らくはそうでしょうね。けど、強引に倉庫に侵入した感じではなかったし、監視カメラは綺麗に機能を停止させられていた。どんな手を使ったのかしら? そんな安っぽいセキュリティにしてないけどね」




 小鞠は、火照った体に冷えたタオルを当て、素早く汗を拭った。暖房が効いた控室は暖かいが、季節は冬。油断していれば、すぐに風邪を引くだろう。小鞠は、冷えたタオルをテーブルに置くと、着替えを手にした。




「どっちにしろ乱神は、もう使い物にならないわ。別の機体を用意しましょう」




「駄目だ。俺は、あの機体じゃねえと駄目なんだよ」




「どうして? あの機体は、暴走状態でしか運用できない不便な機体よ。あなたの戦闘スタイルは、接近戦よりのオールラウンド。もっと汎用性に優れた機体のほうが合っているわ」




「それは……ん、そうだろうな。けどよ、あれに使われているオゴは、ジジイでさえ扱いきれなかった未知なるエネルギーなんだ。オゴを扱えれば、俺はジジイを超える大きな一歩を踏める。そう思ってるんだ。ま、意地みたいなもんだけどさ」




 ヒューリはパイプ椅子を引き寄せ、どっかりと座る。




 眉根が寄って、鋭い眼光で地面を睨む姿は、どう見ても不機嫌そうだ。しかし、小鞠は知っている。あれは、少々照れくさい時に見せる紛らわしい顔なのだ。




 小鞠は、胸を張り満足そうに頷く。




「んだよ?」




「可愛いと思って」




「ハア? 喧嘩売ってんのか」




「違うわよ。まったくすぐ喧嘩に結びつけるんだから。……うん、お爺さんを超えることもあなたの目標だもんね。わかった、乱神を修理する方向で動きましょう」




「ああ、すまん」




 小鞠は、楽屋の端に備え付けられたパーテーションへ向かう。簡易的な作りだが、ひとまずは更衣室としての役割を果たしている。




「ヒューリ、ちょっと着替え手伝ってよ」




 更衣室に入るなり、爆弾を投下。しかし、ヒューリからは冷たい否定の言葉が投げられた。




「ケチ」と返事するが、予想通りである。彼には、もっと小鞠を意識してドキドキしてほしい、そう思っての可愛らしいアクション。だが、まだアクションは止まらない。




 愛用の紫の和服は、特殊な形状記憶繊維が編み込まれている。袖を通して手を叩けば、あっという間に小鞠の体に沿う形で帯が締められ着替えは完了する……が、それでは味気ない。




 わざと衣擦れの音を立てて、アナログな手法で着替える。




「ん、んん!」




「風邪? のど飴あるけど」




「い、いや、いらん」




 クク、気にしてるわね。自らの策略にハマったヒューリ。きっとその顔は可愛らしいだろう。――そう想像して、彼女は身もだえした。自分でもどうかと思うが、彼を愛して以来、こうでもしないと不安なのだ。




 ひいき目に見ないでも、ヒューリはかなりの美形だ。見た目だけでも、多くの女が堕落するだろう。だが、魅力はそこに留まらず。本人は何もできないとぼやいているが、基本的に彼は何でもこなす。料理を含めた各種家事、機械の修理等々、特技は多岐にわたる。




 だが、それよりも何よりも小鞠が最も愛するのは、性格であった。不器用で厳しい印象が強いが、実際は努力家で優しく暖かな気持ちを秘めている男性だ。




容姿、能力、性格、そのすべてがパーフェクト(小鞠談)。それらに加えて、花形職業である次元決闘者だ。




世の女たちからすれば、喉から手が出るほど魅力的な男性なのだ。




 ゆえに、警戒は怠らず。万全を期するのは当然。小鞠は改めて決意を固め、なるべく自然な調子で話しかけた。




「あのね、ヒューリ。私最近、頑張ってるわよね」




「ん、そうだな」




「だから、ね。ちょっとくらいご褒美あっても問題ないって思うの」




「ああ、だろうな。休みでもとって、うまい飯屋でも行けよ」




「……一人で?」




「あ? 友達といけば良いじゃん」




 そうじゃない、そうではないのだ。しかし、あの男は、素でそのように反応したに違いない。




 努めてクールに……。小鞠は、宣言した。




「ヒューリ、社長命令です。私にご褒美を寄こしなさい。具体的には、今からデートです」

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