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第一章 不穏な空気①

 ――ある日、世界は前触れもなくつながった。理由は、誰も説明ができない。ただ確かなことは、異世界は物語に登場する世界ではなく、次元のひずみ、すなわちゲートをくぐれば簡単に行ける隣国となった。




 自然と魔法が共存せし【エーア】




 妖怪が跳梁跋扈する【ヨウスト】




 竜と共にありし黄金世界【キング・ゴールド】




 鋼鉄と機械の音が響く【ロボティック】




 殺戮波濤の救いなき【キ・レ】




 ――等々。つながった世界は数えきれない。初めはいずれの世界も混乱を極めた。しかし、人の逞しさと好奇心は立派なもので、すぐに交流が始まったのだ。




 科学と魔法は互いの長所を高め、短所を補い、未知なる素材は新たなる可能性を切り開く。




 人は自ら以外の人の形・在り方を学び、驚嘆した。




 と、このように書けば、とんとん拍子で異世界交流が始まったように思われるかもしれない。しかし、人は悲しいが、分かりあうのが難しい生き物なのだ。国同士の争い、部族同士の争い、そして個人と個人の争い。時に家族とさえ分かり合えないことがある人間にとって、異世界の住人は、価値観が大いにずれた異星人に等しい存在になりうる。




 ゲートが発生してから約三十年。争いの火種は常に燻ぶっている。まだ異世界間の戦争が起きていないのは、奇跡といえた。




 ――しかし、ある意見が時にネットで、時に誰かの口で語られている。異世界大戦が起こっていないのは、代理戦争の側面を持つ「あの娯楽」があるおかげだと。




 今、次元を超えて、全ての世界を熱狂させているエンターテイメントがある。




 曰く、異世界同士の技術と歴史と想いが垣間見える戦い。




 曰く、刺激の全てを詰め込んだエンターテイメントの王。




 その、娯楽の名は【ディメンジョン・コロッセウム】。




 異世界中に点在する闘技プロデュース社とその社員である闘技者【次元闘技者ディメンション・ファイター】が魅せる戦いのアートだ。




 ――さて、ここにプロローグにも登場した一人の次元闘技者に、スポットライトを当てよう。




 彼は、放浪永礼流の次期三代目、永礼 ヒューリ。ありとあらうる戦闘技法に対抗できる万能の戦闘術を操り、いかな敵も屠る期待のホープとして注目を集めている。




 幼馴染である千島 小鞠が興した株式会社エンチェント・ボイスの社員として日々を送る彼は今、盛大にため息を零していた。




 ※




 ――ああ、気に食わねえな。




 心に沸いたそんなフレーズ。その心を表現するために、ヒューリは盛大に舌打ちをする。




 デスクに座る小鞠は、真っ正面でそんな不良じみた態度をとるヒューリに柔らかな声で話しかけた。




「ちょっと、ヒューリ聞いてますか? 無視しないで、これで三度目ね。……ねえ? 泣くよ? そろそろ泣きますよ? 冗談とか思ってない?」




「……」




「ウエーン、わあああああああああ」




「分かったああぁぁぁ。俺が悪かったって」




「うん、分かれば良し」




 小鞠は、舌をペロリと出し、そっと目薬を引き出しに仕舞った。




 ここは、株式会社エンチャント・ボイスの社長室である。広い室内だが、装飾は少なく質素な見た目だ。入口から入ってすぐにディメンション・スマイル製の細長テーブルと二台のソファー。その奥に、小鞠のデスクがある。このデスクは、小鞠が工業世界と名高い【クラフト・バン】から仕入れた特注品だ。




 艶やかな木目の天板、丁寧にむらなく塗られたニス、音もたてずに滑らかに開閉できる引き出し。家具など使えればいい、と公言するヒューリでさえも、良い机だと思った。




 そんな彼女自慢のデスクは、卓上カレンダーにノートパソコン、こじんまりとした編み籠に入ったのど飴、それからヒューリと二人で映った写真が飾られている。




 デスクの背後にある窓は、東から差し込む朝日を防ぐ無骨なブラインドが降りていた。




(朝日を浴びないなんて、不健康な奴だな)




 ヒューリは、ブラインドに視線を向け、僅かに目を細めた。




「ご心配どうも。でも私、毎朝近くの公園で走っているから問題なしよ。朝日の浴びすぎは、シミになるから嫌だけどね」




 ビクリとヒューリの肩が動く。




「おい、まだ何も言ってないぞ?」




「あなたの顔を見れば、言いたいことなど分かります。有象無象の女どもと違って、わ・た・しは、あなたを幼い頃から見ているのですから、当然ですよね」




 やけに一人称の圧が強い。




 小鞠はフフン、と言いたげに胸を張った。




「それより、もう拗ねるのはやめて。嫌でも同席してもらうわ」




「なんで俺なんだ? ビジネスの話は、マリアの方が得意じゃねえかな」




「そうね。でも、相手はほら、ディメンション・スマイルでしょ? あなたが適任よ」




「間違っているぞ小鞠。適任どころか、スーパー不適任だ。俺がいたら、話はまとまらないぜ?」




「暴れてやるって? 問題なし。手は打っています」




「あ?」




「入って頂戴」




 入り口のドアが開く音。ヒューリは後ろを振り返り、頬を引きつらせた。




 暑苦しい甲冑姿の青年が居心地悪そうに立っている。




 額と頬に大きい傷跡があるが、まん丸な目、温和な笑顔のおかげで顔の印象は純朴さが際立つ。しかし、彼を見てひ弱そうと思う間抜けはおるまい。




 背はあまり高くないが、冗談みたいに分厚く巨大な白銀のプレートアーマーを難なく着こなしている。その見た目から彼は、小さな巨人と呼ばれることがあった。




「あ、あのー。ヒューリ先輩、怒らないで聞いて欲しいんですが……」




「皆まで言わんでも分かるって。いいか、護? 気まずそうに立つお前、どや顔で俺を見上げる小鞠。これだけ状況が揃っていれば名探偵でなくとも正解を導き出せるって。ああ、つまりよ。お前は、これから親父と会う俺の暴走を抑えるリミッターってことだ」




 防人 護は、窮屈そうに入り口をくぐり、ヒューリの背後に陣取った。




「で、このタイミングで俺と護がいるってことは、もう来るんだな?」




「その通りだ愚息。お前は、相変わらず無能で、鈍感だな」




 また、背後のドアが開いた。――ヒューリは、後ろを振り向かなくとも声の主が誰だかわかっていた。


 機械音声のように抑揚のない平坦な声。このおよそ人間味を感じさせない声は、間違いなくあの男のもの。




「ようこそいらっしゃいました、イワサ氏。予定より早い到着ですね。お伝えくだされば入口で出迎えましたのに」




「いや、気にしないでくれ。久しいな、千島 小鞠君。君の姿はテレビでもよく見かけているよ。敏腕闘技プロデュース社の社長、アイドルとしても人気急上昇中とね」




「そ、それ、その話は、ここではよしてください」




「ああ、失礼。だが、もう少しだけ続けさせてくれ。なんせ、君に比べてヒューリは情けないものだから。小鞠君は会社を興し、一定の成果を上げるだけに留まらず、アイドルを行い会社の資金確保と知名度アップを図る。……ウム、見事だ。




 しかし、うちの愚息ときたら、次元決闘者として未だ二流。いや、この前の試合を見る限り三流といっても差し支えない」




 ヒューリは拳を握る。この父親はいつもヒューリを愚弄する。




 ――永礼 イワサ。この名を知らぬ者は、アースはおろか、どの異世界にもいないだろう。




 世界初、次元をまたぎ商売をする多元籍企業【株式会社ディメンション・スマイル】の創始者にして、ディメンジョン・コロッセウムの発案・運営者でもある。




 他の追従を許さぬ圧倒的強者である株式会社ディメンション・スマイルは、人々の生活に深く浸透している。




 試しに物やサービスを挙げてみるといい。




 Q:そこのリモコンはどこの?




 A:もちろんディメンション・スマイル製。




 Q:じゃあ、巨大遊園地チューは?




 A:ディメンション・スマイルが運営。




 Q:国防に使われている兵器は?




 A:ディメンション・スマイル製で決まり。




 ……と、こんな具合である。




 天才的な商才を誇る伝説の次元商売人。




 それが、ヒューリの父の正体であった。そして、彼の正体はもう一つある。




「へえ、三流? 面白いぜ。だったら、試してみろよ」




 ヒューリは、背後にいた護を躱し、父親に向かって接近。そのまま拳を振るう。あまりの速さに護が反応できなかった。




 ――だが、拳はイワサの手のひらに阻まれている。




「テンメェ」




「フン、抜け出してみろ」




「ぐああぅ。こ、の馬鹿力が」




 イワサの指が、手の甲に食い込む。




 ヒューリは、掴まれた拳の自由を取り戻すべく暴れたが、イワサの万力のような握力がそれを許さない。




 そればかりかゆらりゆらりと、ヒューリの動きを制し、遂には片手で綺麗に投げ飛ばしてしまう。




 投げられた息子は、頭から床に激突し、一瞬気が遠のく。




「ヒューリ先輩」




「触るな!」




 ヒューリは、仰向けのまま護の手を振り払った。




 物の輪郭がぶれる視界。ヒューリは何度も頭を振り、ようやくイワサの姿を視界に収めた。




 細身の体形を、汚れ一つない白の高級スーツが覆っている。ナイフのように鋭い目をさらに際立たせる銀縁眼鏡。手入れの行き届いている黒髪は、後ろを刈り上げており、前髪を真ん中に分けている。




 雪原の中に佇むビジネスマン。そんな奇怪な言葉が、この男にはピタリと当てはまる。




 イワサは、半身の体勢から直立不動の姿勢になり、ゆったりとした動作で服の乱れを整えた。




「放浪永礼流二代目当主の私からすれば、あまりに未熟。いつになったら、三代目当主に相応しい実力となる? もっとも、私としては武術に励むよりは、商人として賢く生きる道を選んでもらいたいものだがね。我が父のように武人として生きて死ぬなど、時代遅れのナンセンスだ」




「か、勝手に決めるんじゃねえ。俺の道は俺が決めるもんだ。あんたやジジイを超える戦士となって、永礼の息子としてではなく、ヒューリとして生きるために」




 イワサは、冷ややかな瞳で息子を射抜いた。




「高校を卒業したというのに、ガキみたいなことを言うな。大人になれ。……まあいい。お前に割く時間はない。小鞠君、早速だが……小鞠君?」


 


 小鞠は、無表情のままイワサを見つめ返している。遠目で見れば、美しい人形のようだが、激しい感情が瞳の奥でくすぶっていた。




「……イワサ氏、あなた方親子の問題に、私が首を突っ込む資格はないでしょう。しかし、無礼を承知で申し上げますが、あまりヒューリを舐めないでください。彼はいずれ、あなたを超える偉大な男になります」




「小鞠……」




「ほう、大層な自信だ」




「自信ではなく、確定事項です。ともかく、いくらイワサ氏といえど、乱暴狼藉は控えてください。ここは私のオフィスであり、彼は私の社員です」




「フム……確かに、それはそうだ。この年にもなって社会人にあるまじき行動をしてしまった。申し訳ない」




 イワサは、深く頭を下げた。


 


 小鞠からすれば、相手は格上の存在。これがこうもあっさり頭を下げたことに、彼女はギョッとした態度を隠せないでいた。




「そ、そこまでの謝罪は不要ですよ」




「いや、必要だとも。悪いことをしたら謝る。これは、誰でも知っている常識だが、意外と難しいもの。特に立場ある存在になるとなおさら。




だが、だからこそきちんと頭を下げることは大切なのだ。覚えておきたまえ小鞠君。部下は君の背中を見てついて行くかどうか決める。君が部下を評価するように、部下もまた君を評価しているのだ。当たり前のことさえできぬ者に、ついていく部下はいないのだよ」




「……肝に銘じておきます」




「ウム、とあまり時間もなくなってきたな。早速だが、本題に入らせてもらう」




 イワサは、護に支えられて立ち上がったヒューリをチラリと見た。だが、すぐに視線を外し、淡々とした口調で話し始める。




「君たちは無事に実力でオールワールドフェスティバル出場を決めた。これは、実に喜ばしいことだ。出場した、というだけで君たちの成功は約束されたようなものだ。




 しかし、それはそれとして……今回のオールワールドフェスティバルは、少しキナ臭くてね」




「キナ臭いとは?」




「小鞠君、大勢の人と接する機会がある君ならば分かるだろうが、人が集まると時に良からぬことが起きるものだ。全世界の重鎮や民衆が集まるオールワールドフェスティバルは、そもそも毎度キナ臭いことが起こりがちなのだよ。




 例えば、バルアとファーの秘密会合、ソウリア王の暗殺計画など、大会の陰でそういったやり取りが交わされていたこともある。ま、私が暴いて未然に防いでやったが」




「マジかよ」




「ちょ、ちょっと。ヒューリさんのお父さんが言ってること目茶苦茶っすよ」




 ヒューリと護が、驚いた様子で囁き合う。それは無理からぬ反応だ。この話がメディアにでも漏れれば、世界規模の混乱が起きる可能性だってある。




 断じて、朝食の話をするような感覚で話すようなものではないのだ。




 ヒューリは、パンと手を叩き、イワサに指を差した。




「つまり、そのキナ臭いのを解消するために、俺たちをこき使おうってか?」




「早とちりするな。話は最後まで聞け。そのキナ臭いは、私が対応する」




「ハア? じゃあだったら」




「うるさい、黙れ、残念息子」




「んだと、喧嘩売ってんのか! あ、放せ護」




「ウウン! 失礼、小鞠君。君らにお願いしたいのは別のキナ臭いの対応だ」




「そうはどういう?」




「最近、この街つがい街で民間軍事会社同士のイザコザが起こっているのを知っているかね?」




 あ、と護は口を開けた。




「今朝のニュースでもやってましたよ。仲の悪い軍事会社が、街中で軍用のギアを使って喧嘩する寸前までいったって話。まったく、そんな元気があるなら、次元決闘者にでもなればいいのに。あ、でも、うちじゃ雇えないっすね。もう乱暴者はすでにいるので」




「んだと、こら!」


 


 暴れるヒューリ。しかし、護の羽交い絞めは、鉄のように硬く緩む様子がない。




 イワサは眼鏡の位置を直し、僅かに微笑む。




「君は、護君だったよね。愚息が世話になっている。……現在進行形でね」




「いやー、それほどでも。あ、フン!」




「ぐえぇ!」




「良い働きだ。今度、しっかりとお礼を言わせて欲しい。




 と、話の続きだ。民間軍事会社。元々日本にはいなかったが、次元が繋がって以降、幾度の法改正を経て登場した。現在では、五十社ほど日本にはいるらしい」




「ええ、知っています。表向きは、異世界に赴く際の護衛需要増大に基づいて設立・増加した、とされていますよね」




 小鞠の言葉に、イワサは満足げに頷き、人差し指で眼鏡の位置を調整した。




「そうだ、小鞠君。実際には、いずれ起きるかもしれない異世界同士の戦争、その備えとして国が裏で資金を提供し作ったらしいがね。それで治安が悪くなるなど、馬鹿げている。




 で、ここからが本題だ。実は、この街、つがい街にいる民間軍事会社に、ラーラ・キューレ社が接触しているらしい」




 小鞠は、小首を傾げた。




「そんなに珍しいことですか。ラーラは元々、次元決闘より軍事系の商売に強い会社ですよね」




「まあ、そうだ。単に通常火器やマジックアイテムを販売するくらいなら、別段珍しくもない。だが、何度も接触しているのが気になる。今月だけで二十回も、ラーラの者が民間軍会社とコンタクトしている、と報告が上がっている。




 つがい街は、我が社とそして君らのホームといえる街だ。その街で、我が社と君らの会社を敵視しているラーラの動きがおかしい。これは、くさいだろう」




「……確かに、良からぬ気配がします」




「だろう。だから、ラーラ社の動きを探ってほしい。本来、闘技プロデュース社に頼むことではないのだがね。どこに敵が潜んでいるかわからん。信頼できる君らに頼みたいのだ。どうだ? もちろん、それなりの報酬は用意する」


 


 小鞠は、僅かな沈黙ののち、力強く「はい」と言った。




「……分かりました、お引き受けいたします。私としても、我が社に敗れ出場をできなくなったラーラの動向が気になります。あの女、シルビアは手段を問わずに行動する節がありますから」




 小鞠は、両手で二の腕をさすり、不安そうに目を曇らせる。




 遠くの空で、小鳥が空気を読まず軽やかに鳴いた。



よろしければ、ブクマ、評価お願いいたします。作者の励みになります。

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