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第三章 蠢く影が表に出る時①

 どこまでも飛んでいけそうなほど澄んだ蒼穹には、雲一つない。ベンチに腰掛け空を眺めるヒューリの前髪を風が揺らす。その風は肌寒かった。




「うう、さっむ」




 ぼやいて手に持ったホットコーヒーの缶を傾ける。




 秋の半ばに差し掛かる今日この頃、エンチャント・ボイス本社の敷地内に佇む数本の木々は、紅葉に色づいている。




 風に揺れ惑う枝は、ヒラヒラと葉っぱを地に落とし、季節の移り変わりを見る者に伝えていた。




 ヒューリは、いつものブラックスーツ姿で、カタカタと体を震わせている。




――ジャケット・コート類はまだ要らないだろう。




朝の決断は過ちであったと風が通り過ぎるたびに思う。




 ヒューリは、少しでも暖を取ろうとコーヒー缶を傾けるが、いくら待てども温かな液体は流れてこない。




「チィ、もう飲んじまったか。あー、そろそろ事務所に戻るかな。資料整理、トイレ掃除っと」




 今日は雑務ばかりである。ヒューリは、どのような仕事も卒なくこなせはするが、とにかく雑務が嫌いだ。




 敵を睨むような心境で、背後に控える二階建ての建物を睨む。




 エンチャント・ボイスの本社は、オーソドックスな見た目をしている。遊びを極限まで落とした真四角の鉄筋コンクリート造は、異世界が繋がった世界において「そんな事実は存じません」と、マイペースに自己を主張している。




 建物の周囲は、クリーム色の壁が囲み、兎にも角にも息苦しいとヒューリは思う。




 休憩室に籠もろうか、とそんな欲望が、ふと頭をよぎる。暖かな室内は、極上の住み家となるだろう。……だが、間違いなく眠ってしまう。さすがに、そこまで堂々と仕事をサボるのは憚れた。




「……ん、もう五分だけここで座ってよう。寒さなぞ知るか」




ヒューリは、空き缶をゴミ箱に投げ入れ、鉄の意思を心に宿す。




「何をぶつぶつ独り言、言ってますの?」




 ベンチに誰かが腰掛けるような感覚。左を見れば、いつものゴスロリ風メイド服を着たマリアがいた。




「別に寒くなってきたなって思ってよ。お前、その恰好寒くねーの?」




「寒くありませんわ。超最高級品のシルク羊の羊毛を、我がキング・ゴールド家に代々伝わる特殊技法で編み上げたこの服ならば、どのシーズンでも乗り越えられますわ」




 ヒューリは、欠伸を噛み殺す。あいにくとブランド物やら、王族ゆかりの品などには縁もなければ、かける情熱さえない。我関せず、といった具合に間の抜けた声が飛び出た。




「フーン、高そう。……なあ、お前、どこぞの王族の姫なんだよな?」




「異世界【キング・ゴールド】のキング・ゴールド国出身ですわ」




 言いづらそうだが、苦も無く言い終えるマリア。ヒューリは、彼女の姿を見て頷いた。




「前から思ってたけど、やっぱ似合わねえな」




「な! ワタクシの格好にケチつけますの」




「いや、ケチっつーかよ。お前王族のくせに、メイド服って変だろ」




 だいたい、メイド服着てても偉そうだしな、という言葉は飲み込む。




「変じゃありませんわ。ワタクシは小鞠社長に仕える者。あの方の美しく気高い女王と呼ぶにふさわしい生きざまに惚れ込んでいますの」




 恐らく、本人に言えば「女王じゃありません。過分に過ぎます」と返ってくるだろう。




 セリフはともかく、ヒューリは納得した。マリアは、王族の身でありながら、小鞠に憧れてアースに渡り、次元決闘者になった子だ。




(メイド服は、忠誠と尊敬の表れってところか)




「何、頷いていますの?」




「腑に落ちたからさ」




「?」




 器用に左右の眉を違った形に歪ませるマリア。顔が美形なだけに、妙な表情をすればそれは際立つばかりだ。




ヒューリはゲラゲラと笑った。が、マリアの目が冷ややかになったのを見てピタリと止めた。




「……ん、で、何か用か?」




「十四時からミーティングですわ。オールワールドフェスティバルが中止になってしまいましたから、今後の方針を決めねば」




 ああ、とヒューリはため息を吐く。




 今回のオールワールドフェスティバルは、まさに波乱の事態となっている。パンプアップドリンクの流行。それにより、数多くの次元決闘者たちが摘発、敗退している。




 大会運営委員会は、事態の収拾と麻薬の調査を行うため、大会の中止を発表した。




「小鞠社長は、アイドル業にお忙しくミーティングには参加いたしませんわ。どこかの誰かが乱神を派手に壊したから修理費を稼ぎませんと」




「う、いや、まあ、そうだけど」




「冗談ですわ。あなたがバリアを壊したおかげで助かったのですから、感謝してますわよ。小鞠社長も、もちろんワタクシも」




 晴れやかにマリアは笑う。普段の彼女は、自覚があるのかないのか、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべることが多い。ゆえにその清い表情は、魔性の性質を帯びる。




 ヒューリはギョッとした顔で、頬を僅かに赤らめた。




「あら、赤くなった。どうやら、ワタクシの魅力にタジタジですわ」




「ちっげーし。お前のアホ面が面白すぎてびっくりしただけだし」




「子供みたいなことを……」




「うっせ。……ああ、そういや」




 ヒューリは、指で肩から脇腹をなぞる。すっかり痛みはなくなったが、二か月前の出来事は治った傷のように忘れることはできない。




「ほら、二回戦の時、俺が乱神でバリアぶっ壊したろ?」




「何ですの藪から棒に」




「や、そのあとお前ら勝ったって聞いたけど、詳しい話は聞いてないなって」




 ああ、とマリアは頷いた。




「別に詳しく話してもおもしろくありませんわよ。……そうですわね。要約すると、護があの巨大兵器で相手を叩きのめし、カルフレアが風と雷のエンチャント魔法を付与したガトリングガンとグリフォンの風魔法で追い打ち。そして、ワタクシの上級魔法でフィニッシュですわ」




「おわ、かわいそう。ああー、護の奴あの馬鹿げた兵器を使ったのか」




「そう。あの、ですわ」




 マリアと目を合わせ頷く。




 護は、棺桶に似た鋼鉄の追加アーマーを所有している。否、追加アーマーとは名ばかりだ。どちらかといえば、機体に乗ると形容するほうが正しい。そのアーマーは巨大だ。装着すれば、全長二十メートルもの巨人となる。乱神が十六メートルほどと考えれば、いかに大きいか分かるだろう。




 あれに襲われれば、まぁ、ロクな抵抗はできんわな、とヒューリは呆れたようにため息を吐く。




「ヒューリ、今何時ですの?」




「あ? やっべ、そろそろミーティングじゃねえか。ほら、行こうぜ」




「え、ええ。そうなんですけど……」




「? 歯切れ悪いな」




「実はカルフレアにミーティングのこと、まだ伝えてませんの。さっきから電話したり探したりしているのですが、全然捕まらなくて」




「へえ? あいつなら事務の女の子をナンパしているか、グリフォンの前でうるさく喋ってるかの二択じゃねえか」




 と、そう口にしつつ、ヒューリは自らの言葉通りには考えていなかった。




 あのカルフレアが仕事中にいないのは妙だ。仕事そのものはマイペースにこなすが、無遅刻無欠席(二日酔いで出勤はするが)が彼の取り柄である。無断でいなくなるとは考えにくい。




(まさか、トラブルか?)




 内心の呟きに笑ってしまう。




 彼がトラブル、それも女性絡みのトラブルはしょっちゅう起こしている。いまさら心配する筋合いはないのだ。




「……ま、あいつには後で知らせりゃいいじゃん。俺達だけでやっとこうぜ」




 ヒューリはそう言ってベンチから重い腰をようやく持ち上げた。

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