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第二章 奮闘⑦

 ヒューリは、呆然とした面持ちで画面を睨みつけた。


 観客たちの悲鳴、怒号。剥き出しの恐怖が波紋のように伝播し、混乱がより大きな混乱へと発展する。


 大変なことになった。これは大会どころではない。


 護が、カルフレアが、マリアが死力を尽くして観客を守っている。


 エゴ社の闘技者は、わざと観客たちを攻撃し、護たちの動きを封殺。そのうえでいたぶるように攻撃を加えていた。


「う、ううう~。皆……」


 泣き声が聞こえる。小鞠が泣いているのだ。画面の向こうで傷ついていく仲間たちの痛みが、彼女の心を抉っている。


 ふざけんな、誰が、誰がこいつを泣かせてやがる。


 ヒューリは、心の叫びに突き動かされるように拳を握りしめた。


「どうにか、しないと。まずは観客をどうにかしなきゃ。……マリア、防御系の上級魔法を広域展開して。カルフレアと護はマリアが詠唱を終えるまでカバー。何ですって? ……うん、分かった。カルフレア、マリアの援護を。護はバダとシルベを少しの間抑えて」


 小鞠は、涙を拭い凛とした佇まいで淀みなく言葉を紡ぐ。彼女の顔は蒼白で、長く綺麗な指は震えている。それでもなお勇ましい。


 ヒューリは、眩しそうに目を細め「頼もしい奴」と呟いた。


「なに?」


「いや。……おい、このままじゃジリ貧だってわかってるだろ?」


 小鞠は、苦虫を噛み潰したような表情になった。


「分かってるわヒューリ。会場の防護フィールドは、人間が破壊できるものじゃない。私たちにできることは、イワサさんが救出の手はずを整えるまで、観客を守ることだけよ」


「……いや、まだできることはあるぜ」


 ヒューリは、ニヤリと笑った。


「何を? ……待って、分かった。嫌だけど分かってしまったわ。許可、しないわよ?」


「許可してくれ。なあ、考えてもみろ。今回の騒動、連中が個人的にやってるだけだと思うか?」


「まさか、個人的ではないっていうの?」


 小鞠の頬が引きつった。


 ヒューリはベッドから呻くように降りると、服を着替え始める。パッと小鞠は後ろを向く。


「考えたくはねえがな。でも、大会の厳しいチェックをくぐり抜けて麻薬を持ち込んだり、バリアを都合よく張り替えたり……これってよ、誰かが親父を欺いて糸引かねえと無理じゃねえか?」


「……そうね、そう考えるのが自然だわ。問題は誰が? いえ、それは後にしましょう」


「そうだ。どっちにしろ、早く状況を打開しなきゃならない。だから、俺は行くよ。乱神でバリアを破壊する。そうすりゃ、護の追加武装とカルフレアのグリフォンを届けられるし、運営委員直属の部隊も侵入できる」


 小鞠は静かに首を振った。


「無理よ。乱神といえどバリアを破壊できる保証はないし、あなたの怪我じゃギアの操縦は難しいわ」


「小鞠、これしかない。シックは、魔力ブースト系の麻薬と言ってただろう。それってつもりよ、大火力の魔法をガンガン打ち放題ってことだろ? あいつら、死んじまうぞ。親父が間に合う保証はない。俺は嫌だぜ」


 ヒューリは、ネクタイをきつく締めた。


「足掻きもしないで、駄目でしたって、んなの納得できねえよ。お前、さっき言ってくれたよな。俺は壁を叩ける人だって。


だったら、叩くよ。無理だろうがとにかく壁を叩く。そして、邪魔な壁はぶっ壊して、開けた道を歩く。俺は死なない。俺は、放浪永礼流を極めて、一流の次元決闘者になるんだから。頼むよ小鞠。不可能を可能にするチャンスを俺にくれ」


「……でも、死ぬかもしれないわよ?」


「死なない。皆救ってハッピーに解決だ。俺は、そんなに信用できないか?」


 小鞠は千切れんばかりの勢いで首を振った。


「そんな、わけない。いつだって信じてる。でも、でも……」


 声が震えている。心配してくれているのだ。ありがとう、ごめん。そんな言葉が心に満ちた。


彼女の後ろ姿は、いつもより少し頼りなさげに見えた。そんな姿に、ギュッと胸が締めつけられて……たまらず後ろから抱きしめる。暖かくて柔らかい感触。それと甘く軽やかな匂いがした。


「ヒューリ?」 


「すまん。でも、感謝してる。お前のおかげで俺はどうにかなってるよ」


「……うん」


「行ってくる」


 パッと体を離した。


 小鞠は、鼻をすすり振り返る。流れる青い髪が、やけに印象に残った。


「分かった、覚悟を決めたわ。でもね、ヒューリ? ここのドア、医者の許可が下りないと開かないから」


「げ! そうだった」


「でも、私が外に出るって言えば開くわ。ドアから出たら、外の警備員が止めにくるかもしれないけど、どうにか振り切って」


「……へ、怒られちまうな」


「どうにかするわ。それより、皆と一緒に帰ってきて。他は望まない」


「了解。任せろ」


 小鞠は、優しさを滲ませた笑顔で見送ってくれた。ヒューリは、名残惜しそうに視線を外すと、ドアへと向かう。

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