一方通行な信用
毬山が撮った写真を順番に見ていく。
まずは、こないだ撮った写真。
そこには先日毬山が俺に送ってきた3枚の写真と同じような、桜の全体像が映っているバランスのいい写真が何枚かあった。
その後、急に亀の写真が出てくる。ここから今日の写真だな。
やっぱり亀怖いんだが。
亀の写真はさっさと飛ばし、桜の写真が出てくる。
今日撮った写真は、アップで撮られたものばかり。
中でもさっき撮ったしだれ桜の写真は桜の花びらが写真のスペースのほとんどを独占している。
先日のよりも、今日撮ったものの方が毬山らしい。
同時にそっちの方がいい写真だとも思った。
「この写真とか、あの3枚よりもいいと思うんだが」
花びらがアップで映るしだれ桜の写真を毬山に見せた。
「え、どうしてですか?」
「いや、こっちの方がお前らしいと思ってな。俺の主観だが」
その言葉を聞いて、毬山はキョトンと呆けた。
あれ、なんか変な事言ったか俺。
そんな不安を感じていると、毬山の表情が動いてそれは微笑みに変わった。
「ありがとうございます。でも、実は……写真部の課題として出す写真はあの3枚から選ぼうと思うんです。今日撮ったのは、あくまで個人的なものとして保存するだけにしようかと……」
毬山はバツが悪そうに俺と目を合わせないようにしていた。
「毬山はなんであの3枚にこだわるんだ? お前のカメラ見たけど、あの3枚の撮った日は他の写真も同じような構図だったよな、桜の木全体が映ってるやつ。今日の撮り方とは明らかに違うが、なんであの撮り方にこだわる?」
俺の質問に毬山はうんともすんとも答えずに俯く。
やがて深呼吸をした後、毬山が掠れた声を放った。
「『自分らしい』って、なんでしょうね」
質問で返されてしまった。
しかも曖昧な返事で意図が読み取れない。
どういう意味だ?
そう聞きたかったが、それは阻まれた。
毬山はいつもしない険しい表情をしていたからだ、まるで俺を威嚇しているみたいに。
そんな俺の知らない一面を見せられてしまうと、毬山についてはまだまだ知らないことが多いと思い知らされる。
『お前らしい』だとか、分かったような口を聞いてしまったのが少し恥ずかしくなる。
このことは触れてほしくない話題なのだろう。
だからそれ以上は聞けなかったし、毬山の機嫌を損ねてまで聞き出そうとも思わなかった。
しかし、やはり勿体ない。
今日撮った桜の写真の方がいい写真だと思うから。
「……さて! 細谷さん、そろそろ行きましょうか」
気まずくなった雰囲気を飛ばすためか、わざとらしく大きな声でそう言った。
「ん、ああ」
俺もそれに便乗して重い腰を上げる。
✳︎✳︎✳︎
春休みが終わり学校が再開すると、写真部はさっそく部室に召集された。
机をいくつかくっ付けて長方形を作り、それを囲むようにして総勢8名の部員は席に着く。
今日は部活勧誘や新入生歓迎会についての会議と、春休み課題の桜の写真についての評論会を行う。
評論会と言っても、そんなに堅苦しいものにはしないらしい。
ただ感想を言い合うだけだ。部長曰く。
「こうやって集まるのは久しぶりだね」
部長の三崎先輩が部員たちを見渡して嬉しそうにそう言った。
「さて、それじゃあまずは評論会から始めようか」
評論会は今年からの新しい試みだ。
今までは各自で撮って展示するくらいしかやってこなかったから、意見交換の場としては有効なのかもしれない。
「誰から行く?」
三崎先輩がそう言うと、部員は全員黙りこくる。
まあ、誰しも『最初』はやりたがらないよな。
「まずは部長からお手本ってことで、よろしくお願いします」
部員の1人がそう言うと、周りのみんなも頷き始めた。
当然、俺も頷いた。
「そうか、じゃあ僕から……」
こうして評論会は幕を開ける。
やがて毬山が写真を見せる番が来た。
「それでは、よろしくお願いします」
毬山は丁寧にお辞儀をする。
落ち着いた綺麗な声を俺たちに向ける。
テーブルの真ん中にプリントした写真を出され、全員の視線がそこに注目した。
心のどこかで期待していた。
あの時一緒に撮りに行った写真を提出するんじゃないかと。
だが、やはり宣言通りの毬山らしくない写真を提出した。
それを見て、部員たちが次々に感想を述べていく。
「綺麗な写真だな」
そりゃ桜の写真なんだから綺麗だろ。
「背景の青空がいいよね」
なんの変哲もない青空なのに?
「やっぱり、人によって個性が出るよね」
どこがだ。
この写真に毬山の個性が出ているのか?
俺にはとてもそうは思えない。
「細谷くんはどうかな?」
「別に何も」
言った後に冷静になった。
自分でも驚くほどイラついた声色で発言してしまった。
みんなが俺に怪訝な眼差しを向けてくる。
いかん、何をムキになってるんだ俺は。
ゴホン、と咳ばらいをして気持ちを切り替える。
「あ、いや……何も思いつかなくて、すみません」
「ああ……そうか。うん、大丈夫だよ」
三崎先輩はすぐに俺の次の人に感想を求めて場を流す。
評論会が終わるまでずっと俺はモヤモヤと嫌な感覚を胸に抱き続けた。
気に入らないな。
✳︎✳︎✳︎
俺があの時イラついたのは、きっと俺の思う『毬山らしさ』を否定されたからだろう。
周りのみんなにとっては、あの大人しい写真が『毬山らしさ』を表しているものなのだろうか。
腹が立つ。
しかし、だからと言って俺が毬山のことを理解できているなんていうのは傲慢だろう。
あの時公園で見せた、毬山の険しい表情の内にあるものを俺は知らないし、分からないのだから。
だったら結局、俺が思う『毬山らしさ』も俺の独りよがりで、本人からすれば的外れなのかもしれない。
ますます腹が立つ。
ああ、もう! 一体どうしたんだ俺は!
怒らない性格というわけではないが、こんな嫌なイラつきを感じるのは初めてだ。
もういい、別の事考えて忘れよう。
そうだな……。
今日のご飯はハンバーグ~♪
あとは~えっと~フライドポテトとか~♪
「細谷さーん」
もう、忘れようとしてたのに!
毬山が後ろから走ってくる。
追いつくまでその場で留まる。
「細谷さん、駅まで一緒に帰りましょう」
「ああ」
俺たちはいつも一緒に帰る中ではないが、帰り道で会ったらいつも一緒に帰っている。
思えば、その程度の仲だ。
特別な関係というわけでもない。
なのに写真1つでムキになって。
何様のつもりって話だ。
「あ、ネコさんですよ」
電柱に傍でうずくまっている黒猫に目を輝かせて駆け寄っていく。
まったく、もう夕方なのに元気だな。
「ネコさ~ん」
猫なで声とはまさにこのこと。
やっぱり、ああいう元気な姿の毬山の方がいい。
第一印象は大人しい人だ。出会ったばかりの頃は確かに俺もそういう人だと思った。
事実、今日の部活では一度も活発な姿は見せなかった。
元気にはしゃぐ姿も、好奇心旺盛な様も、一度も見せない。
今までは特に気にしていなかった。
大人しいのも活発なのも、毬山の一面なんだと思っていた。
だが今は大人しい毬山に違和感を感じるし、それを疑問にも思わない周りを不愉快にすら思う。
大人しい毬山と、活発な毬山。
一体どちらが本性なのだろう。
あるいはどちらも本性なのか?
「かわいいですね! 細谷さん!」
キラキラした目で俺を見つめる。
しかし大声を出したからか、黒猫は退散してしまった。
毬山の眉毛は八の字に曲がる。
俺は人に見られるのが嫌いだ。
人の視線が怖いからだ。
特に大勢の前で失敗したあの時なんかは、骨に髄まで凍り付くような思いをした。
なのにどうして。
どうしてお前の視線はそんなにも。
「毬山、あの写真今度送ってくれよ」
「え、今日の評論会のですか?」
「違う、一緒に撮りに行った時のしだれ桜だ」
それを聞いて毬山の表情は陰りを見せた。
公園で俺が勧めた写真を出さなかったことを気にしているのだろうか。
「あ、いや……特別な理由はない」
嘘じゃない。
俺自身にもなんであの写真を欲しがっているのか分からない。
ただ、自然と口をついて出ただけだ。
「……分かりました。後で送りますね」
毬山は俺に微笑みを向けた。
その微笑みにはどんな意味があるんだ?
その微笑みはお前の本性なのか?
毬山のことを考えれば考えるほど、毬山のことが分からなくなって。
寂しくて、苦しい気持ちになった。
でも、分からないからこそ『信じる』という行動が必要なのだろう。
だから周りがなんと言おうと、毬山本人がなんと言おうと。
あの素敵な笑顔を、あの輝く瞳を。
真実だと信じ続けよう。
この信用が一方通行でも。
はい、臥龍でございます。
裏で書いてる小説の息抜きにチョコチョコ書いてたら話が溜まったので投稿しました。
とりあえずキリのいいところまではあまり間隔空けずに投稿しようかと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
※追記(7/19)
すみません、間隔空いてしまいそうです。




