らしさ
学校から結構歩いたところに大きな公園がある。
大通りに沿う坂道の歩道と隣接していて、最下部から最上部まで歩いて行こうとすると坂道と階段をかなりの距離歩くことになる。
その行き来を楽にするために数年前、小さな無料のモノレールが出来た。
毬山との待ち合わせ場所に向かうべく、観覧車の一室程度の広さのモノレールに乗りながら外を眺めている。
そこにはなんの面白味もない大通りに車が走っているだけだが、この中ではそれくらいしかやることがない。
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モノレールを降りると、いきなり声をかけられた。
「おはようございます、細谷さん」
モノレール用のベンチの近くに小さな少女が立っていた。
ちょうどよい涼しさの春風に長い黒髪が吹かれるが、風が止むと髪の一本一本は乱れることなく定位置に戻っていく。
「お、おお、毬山。おはよう」
同級生の女子と私服姿で会うというのは不思議な高ぶりを感じてしまい、緊張気味の挨拶となった。
毬山はまさに春といった恰好をしている。
淡いピンクのワンピースの上に白のカーディガンを羽織っていた。
ワンピースにあしらわれた花柄は、いつぞやの夏祭りを俺に思い出させ、俺は毬山を直視しづらくなってしまう。
そして、その服装に不釣り合いな大きくて無骨なカメラを首から下げている。
「えっと、じゃあ行くか」
「はい」
とりあえず公園内をぐるりと回りながら撮ることにした。
早朝なので人は少なく、ご年配の方々が広場で太極拳をしているくらいで他は閑散としている。
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この公園は色んな施設がある。
遊具が置いてある遊び場、それなりの規模の博物館、色とりどりの花が植えてある庭園。
それら繋ぐ通路を俺たちは歩いていた。
道の両脇には桜の木が連続して並んでいてなんとも壮観だ。
この公園は地域住民には人気があり、桜が咲くこの時期は公園内は一層賑わう。
早朝の今は空いているが昼は花見やら子連れだかで混む可能性が高い。
昼までには撮影を終わらせるつもりで俺たちは行動していた。
「あ、見てください! 亀ですよ!」
「へー、亀……。亀っ!?」
目を輝かせる毬山の指先には、確かに亀がノロノロと動いていた。
「なんでこんなところに……」
「かわいいです!」
毬山は亀の側で大きな一眼レフのカメラを向けた。
よくあんなに近づけるよな。俺普通に怖いんだが、あの亀。
シャッター音を浴びる亀がこっちを向いてきた。
見るなよ、怖いって。
ひとしきり撮影すると満足したのか俺の方に戻ってきた。
「楽しそうだな、どんなのが撮れたんだ?」
「はい」
カメラを少し操作した後、画面が見えるようにカメラを俺に寄せてくる。
どれどれ……。
かがんでカメラを覗き込むと、そこには亀の御顔が映っていた。ドアップで。
やっぱ怖いんだが、怪獣みたいだし。
「細谷さんは亀苦手ですか?」
俺が苦い表情をしていたのか、毬山はそう質問してくる。
「亀に限らず動物は苦手な方だな。近づくとこっち睨んでくるから」
「そうなんですか……」
ここで会話は終了し、俺たちはまた歩き出す。
時々立ち止まって撮影していると、毬山はまた声を上げた。
「あ、しだれ桜ですね」
視線の先にあるのは桜の木だが、道中で見たものとは違い枝がしなっていてカーテンのように垂れ下がっている。
だから、花が結構低い位置にも咲いていた。
毬山は小走りでしだれ桜に近づきチョコチョコ動き回りながらカメラのシャッターを切る。
元気なやつだな。あの小さな身体で大きなカメラを振り回して、よく疲れないものだ。
毬山はすごく楽しそうだ。亀の時よりも目をキラキラと輝かせている。
あの目は、俺があの時みたものと同じだ。
夏祭りの時に見たあの瞳と同じ。
俺の視線は吸い込まれるように毬山の瞳を注視する。
そして、心臓の鼓動と共に全身に熱が広まった。
あの時と同じ感覚。
何故なのだろうか。
活発な女の子だったら、毬山以外にも何人か知ってる。でも、こんな気持ちになるのは毬山だけだ。
他の人と何が違うのだろうか。
結論は出ずに思考はそこで止まる。
いつもこうなる。いくら考えても分からない。
気がつくと俺の腕はカメラを持ち上げていて、しだれ桜を撮影する毬山を捉えていた。
シャッターボタンに指が降りて接触する。
だが、それ以上指を下に降ろせない。
目が大きくて、色白で、髪の毛がとても綺麗で。
見れば見るほど俺の身体は硬直する。
燃えるように熱くなる。
呼吸を忘れて苦しくなる。
「細谷さん!」
ズームで映していた毬山の瞳がこちらを向いてくる。
「う、おお!? なんだ!?」
カメラから目を離し、慌ててカメラのレンズを毬山から逸らす。
いや、俺動揺し過ぎだし。
「そろそろ休憩しませんか? 私、疲れてしまって」
「ああ、結構歩いたからな。休憩するか」
俺たちは疲労した足で広場に向かった。
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広場に着くと、早朝に太極拳をしていたご年配の方々は座り込んで談笑していた。
ベンチに腰をかけて2人同時にため息をつく。そのことに毬山はクスクスを微笑を浮かべていたが、俺が特に反応を示す必要もないだろう。
足の疲れを取りながら、俺は頭の中を整理することにした。
俺が毬山を桜の撮影に誘ったのは、先日見せて来た『毬山が撮った桜の写真』に違和感を覚えたからだ。
毬山にしては大人し過ぎる構成の写真。
毬山だったら、なんと言えばいいのか……もっとはしゃぎながら写真を撮るんじゃないか?
その俺の考えの正誤を確かめるために、俺は毬山が実際に写真を撮る様子を観察した。
まあ、観察した限りは俺の考えは正しいと思う。
亀や桜にあんなに目を輝かせていたのだから。
それに、毬山必ず対象に駆け寄ってシャッター切っている。
だったら桜の花がドアップで映っているような写真の方が自然で、桜の木全体が映るような写真にはならないはずだ。
では、何故先日の桜の写真はああなったんだ?
桜の木の全体像が映っていて、その後ろの背景とバランスよく共存している写真。
やはり、毬山らしくない。不自然だ。
俺はあの写真を撮った時の毬山の状況を知らない。
なら、その理由は本人に聞いてみるしかないか。
「なあ毬山、カメラの写真を……お前、もう飯食ってるのか」
俺が考え込んでいる間、毬山は風呂敷を膝の上に広げて顎を動かしていた。
撮影は早朝から開始したから、今はまだ昼飯には早い。
素早く食べ物を咀嚼して飲み込むと、毬山は大きく息を吸ってから口を開いた。
「あの、小腹が空いてしまって……」
毬山は頬を桜色に染めて目を伏せた。
「ん、まあ、結構歩いたからな。小腹空くよな」
これでフォローになってるのだろうか。
「それより、カメラの写真見てもいいか?」
「あっ、はい」
毬山は弁当を食うために脇にどかしておいた無骨なカメラを俺に手渡した。
「どうぞ」
「ああ。お前がこないだに撮った桜から見てもいいか?」
「はい、どうぞ」
「ああ」
そして、カメラの写真に目を通し始めた。




