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違和感

『夜分失礼いたします。細谷(ほそたに)さんに相談があるのですが、お時間よろしいですか?』


 同級生に送る文面とは思えない礼儀正しい文章が俺のスマホの通知画面に現れた。

 文章から、毬山(まりやま)からの連絡だという事はすぐに分かる。

 毬山の文章通り、時計は午後10時を指し示していた。


 もうこんな時間か。


 春休みで明日も休みだから、時間をすっかり忘れてプラモ作りに興じていた手を止めてスマホの通知画面を指で叩く。

 連絡アプリの画面を開いて返信の文章を入力して送信した。


『いいぞ』


『ありがとうございます』


 即座に返信が返ってきて、ちょっとビックリする。

 そうだった、毬山は文字入力がとんでもなく速いんだった。


『写真部の春休みの課題についてなのですが』


 そこで一端文章が途切れる。

 春休みの課題というのは1人1枚、『桜』の写真を撮って提出するというものだ。

 

『この3枚の中ならどれがいいと思いますか?』


 その後、画像ファイルが3つ転送されてきた。

 なるほど、どの写真を提出しようか悩んだ末に俺に選んでもらおうと考えたわけか。

 転送された3つの画像ファイルを開いて、それぞれを見比べてみる。


 うーん、3つとも大して変わらん気がする。


 正直な感想だ。写真部所属といっても、俺の腕前や感性は素人に毛が生えた程度のもので、3つの写真の違いがよく分からない。


 ただ共通点は分かる。桜の木の全体像が映っていて、桜の木と空などの背景がバランスよく写真の中で共存していることだ。

 そして、これは見る人によって考えが変わるだろうが、俺から見るとこの写真は3つとも違和感を感じずにはいられなかった。

 その理由はハッキリとは浮かんでこない。非常に漠然としている。


『どうですか?』


 違和感の正体に思案を巡らせていると、毬山が催促するように連絡してきた。


『3つとも大して変わらんと思う。どれでもいいんじゃないか?』


 この意見は毬山の相談にとっていい意見ではないが、嘘を付くのも気が引けたので正直にそう返信する。

 また即座に毬山から返信が来る。


 驚愕するこけしのスタンプだった。


 毬山()()()奇妙なスタンプだな……。


 その時、俺の脳に電流が走る感覚がした。

 そうだ分かったぞ。写真の違和感の正体が。


 恐らく、なんの前振りもなくこの写真を見せられていたら、俺はなんの違和感も感じなかっただろう。

 だが、毬山はこれを『写真部の課題の写真』として提示した。つまり、『毬山が撮った写真』なのは明白だ。

 だから俺はこう思ったんだ。毬山()()()()()写真だと。


 バランスよく桜の木と背景が映る写真。俺には毬山が撮った写真にしてはお利口さん過ぎると感じたんだ。

 好奇心旺盛な毬山は、撮影対象を見つけたらもっとはしゃいでカメラを向けるんじゃないか?


 なのに、こんな大人しい写真になった。


 考えられる可能性は2つ。


『ところで、お前って桜好きか?』


『とても好きですよ。家族で花見もしました』


 1つは『毬山が桜に興味がない』という可能性。興味がないものに好奇心は働かないだろう。

 だが即座に返ってきた返信を見るに、それは違うようだ。


 だとすると2つ目の可能性。

 それは、ただの俺の勘違い。

 『毬山唯子(まりやまゆいこ)は好奇心旺盛で活発な人間である』という俺の考えが間違っているという可能性。

 毬山とは1年間でそれなりに親しくなったが、だからといってそいつの人間性を間違いなく把握しているなんて自信を持って言えるわけもない。


 だが、2つ目の可能性を認めるのは癪に障る。

 だってそれは、毬山が去年の夏祭りの時に俺に見せたあの活発な笑顔を否定することになる。

 人を撮らないことを信条とする俺が、唯一撮りたいと願った『人』。

 それが嘘であってほしくない、そう思った。


 かといって、他の可能性は思いつかない。

 ならば、毬山のあの笑顔を真実と信じるためには2つ目の可能性を否定するしかない。


 スマホに表示されたキーボードに指を滑らせる。


『その3枚がしっくりこないなら、いっそのこと新しい桜の写真を撮りに行くのはどうだ?』


『なるほど。いいかもしれません』


 相変わらず返信が早い。俺の言う事を予知しているのかこいつは。


『なら、俺と一緒に行かないか? 実はまだ桜の写真撮ってないんだ』


 毬山が実際に写真を撮るところを見る。

 

 あの3枚の写真を撮った場面を俺は当然知らない。

 だとしたら、毬山の好奇心を阻害するような何かがそこにあったかのかもしれない。

 お利口さんな写真を撮らざるを得ない何かが起きたのかもしれない。

 それ確かめるためだ。

 

 ……とはいえ冷静に考えると、女子に『一緒に出かけませんか』と誘うのはどうなんだろうか。

 今更ながらその事実に気付き、俺の顔は熱を帯び始めた。


 というか、即座に返信が来ない!


 やらかしたか!? 引かれてしまったか!?


 しかし、その心配は杞憂だった。

 『OK』と親指を立てるこけしのスタンプが送られてきた。


 こけしから腕が伸びてるんですが……。


 その後、互いの予定を確認して、2人きりの写真撮影の日程が定められた。


 不覚にもこういうのドキドキしてしまう。


 いや、馬鹿かよ俺。


 そう思いながら、先週撮った桜の写真を削除した。

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