輝く瞳
高校に入ってから写真部に入り約1年。
俺には写真を撮る時の信条がある。
それは、人を撮らないこと。
カメラ目線の人間の写真を見ると、なんだか見つめられているみたいで気味が悪い。
横顔とかでも、写真内の人の目線がこっちに向くんじゃないかという非現実的な恐怖心に駆られる。
そんな理由で、俺は人を撮らないことにしているのだが……。
去年の夏にその信条は揺るがされてしまった。
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『明日、夏祭りに行きませんか?』
扇風機の風を独占していた俺に、電話がかかってきた。
同級生で写真部の毬山唯子。
彼女の声は耳から耳に突き抜けていくような澄んだ声で、耳元のスマホから送られる音声が妙にくすぐったい。
『ん、いいけど。他には誰か来るのか』
『え、あ、ええっと……他の方は用事があるそうで、私と細谷さんの……2人きり、ですよ?』
『ああ、そうなの』
みんな忙しいんだな。俺と違って。
『夏祭りって、あの学校の近くの神社のやつか?』
『あ、いいえ。ちょっと遠くの所なんですが、ダメ……でしょうか』
『そうなのか。まあ大丈夫だ、国境を越えなければ』
『ふふふ、そんなに遠くじゃありませんよ。学校の最寄り駅から電車で30分程度です』
『ああ、それなら全然問題ない』
『ありがとうございます。祭りの詳しい情報は後でそちらに送りますね』
『おう、じゃあ切るぞ』
『はい』
そう言って、すぐに通話を切った。
仕事とかのマナーで相手が電話を切るまで待つとかいうのを聞いたことがあるので、以前毬山と電話をした時にやったのだが、あいつ1分以上切らずに待ってたからな。
その後送られてきた祭りの情報に適当に目を通して、眠りについた。
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20分前くらいから、駅前でヌボーっとしていた。
うえ、暑い。
日が沈みかけて、空が赤くなっている。
なのに、暑いったらもう暑い。
うちわとか持ってくればよかった。
「細谷さ~ん!」
おお、この透き通るような声は。
毬山が到着なされたようだ。
挨拶するべく、身体を声の方向に向ける。
そして、声が出なくなった。
「すみません、着付けに時間がかかってしまって……」
毬山は浴衣姿で俺の前に現れた。
薄い桃色を基調としていて、濃淡のある赤い花が咲き誇っている。
毬山は日本人形のように綺麗な黒髪を持っていて、その浴衣姿はとても様になっていた。
いつもは伸ばしている黒髪は、かんざしで後ろにまとめられている。
髪がまとめられているから、いつもは見えない色白な首筋が見えて、目のやり場に戸惑ってしまう。
「あの、どうでしょうか……?」
身長差のある俺の顔を見るために首を傾ける。
夕陽のせいか毬山の頬が赤く焼けて見えた。
汗が吹き出しそうなほど、俺の身体は芯から熱くなっていく。
夏の暑さのせいだ、きっと。
「あ、ああ……その、似合ってるぞ、うん」
普通に言おうとしたのに、すごくキョドってしまった。
毬山は俺の言葉に対して、まばゆい笑顔を見せてくれた。
彼女の第一印象は『大人しい』が適当だろうか。今日の浴衣姿はそれを特に引き立てている。
しかし、それはあくまで第一印象。
大人しさとはギャップのある活発な笑顔に、俺はこう思ってしまった。
カメラ持ってくればよかった、と。
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「細谷さん、綿飴ですよ! あ、りんご飴もあります!」
「あんまりはしゃぐなよ。目立つから」
毬山は小さい身体に似合わぬ俊足で、祭りの屋台を見て回る。
聞いちゃいないし、この人。
やがて毬山の足が止まり、ある屋台の前で立ち尽くしていた。
「ん、どうした?」
毬山に追いついて、その視線の先に俺も照準を合わせる。
「ああ、射的な」
欲しい賞品に直接撃つやつだな。
「見てください、こけしが置いてますよ!」
こけしを欲しがる女子高生を初めて見た。
「私、やります!」
やるんだ。
毬山は店主に500円を手渡す。
3発で500円か、高っ。それでもやってしまうのが祭りの魔力……。
「ダメでした……」
3発とも、こけしどころか他のものにも当たらなかった。
「ま、そんなもんだろ」
「はあ……こけしさん……」
何故そんなにこけしにこだわるのか。これが分からない。
もしかして最近の流行なのか。俺が流行遅れなのか。
「せっかくだし、俺もやるか」
店主に500円を渡した。
やばい、さっき高いと思ったのにいとも簡単に支払ってしまった。これが祭りの魔力……。
「細谷さんはどれが欲しいんですか?」
「いや、特には」
じゃあこけしでいいか。
こけしに照準を合わせる。
微笑むこけしと目が合った。
なんか、ゴメン。こけしさん。
引き金を引くと、コルク球が飛んで行く。
うわ、思ったより反動ある。
そのことにビックリしつつ弾道を目で追うと、コルク球がこけしさんの脳天にクリーンヒットした。
「お見事!」
店主が俺を褒め称えてくれて、倒れたこけしさんを俺に手渡した。
こけしさんは俺に微笑みかける。
いや、本当にゴメンなさい。
「ほら」
そんなこけしさんを、毬山に預けた。
「え、くれるんですか」
「ああ」
「こけしですよ!? 本当にいいんですか!?」
「いや、こけし要らんし」
「そうですか……では、ありがたく頂戴しますね!」
毬山はこけしを大事に抱き抱えた。
……なんか自分が手に入れたものを毬山が抱いてると思うと、こう、来るものがある。
こけしを愛する子供のように抱きしめると、それは胸の中央に沈んでいき、左右の山を浮き立たせた。
大きいんだな……結構。
いや、馬鹿か俺。
その後は手が震えてしまい、残りの2発は見事に外した。
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色々屋台を回ってたら、時間の流れをすっかり忘れてしまい、不意にそれは訪れた。
空にゆらゆらと光線が立ち昇る。
そして、それは空高くで四散して光の花を作り出した。
「あ、もう花火の時間ですね」
「そうだな」
屋台が並び人混みが多い中で、花火を見る絶好のスポットでは決してないが、やはり夜空に花火は映えるな。
横では、毬山が背伸びして空にスマホを突き出していた。
あ、撮るんだ。
人混みが多いから俺は撮る気になれない。だからカメラを持って来なかった。
「細谷さん!」
「ん、どうし……」
シャッター音が俺の耳を貫いた。
「いや、俺を撮らなくても……」
「ダメですか?」
「まあ、いいけど」
「はい、もう1枚」
まだ撮るのか。
俺に向かってスマホを向ける。
スマホ越しに毬山の瞳が見えた。
俺は人に見られるのが苦手だ。
なんか気分が悪い。だから目立つこともしたくない。
だけど、その毬山の瞳からの視線は。
俺の胸の奥を熱くさせた。
その瞳を、俺は撮りたい。
『人を撮らない』という俺の信条に、例外が出来てしまった瞬間だ。