3.特攻と魔法
「また、ここか」
同じ部屋だ。
ひんやりと、じめじめとした空気が本当に心地いい。
さっきの地獄のような空間には二度といたくなかった。
だが、今のこの部屋もしばらく経てば酸素が薄くなるのは間違いない。
ドアが壊れてから空気が入ってきたことを考えると、このドアは開き具合によらず、部屋を密閉する役割があるらしい。
窒息を免れたければ外に出るか、ドアを壊すかしかなさそうだ。
「大丈夫、まだ時間はあるはず」
さっきは、体感で十数時間ほどたってから息苦しさを感じた。
タイムリミットはそこまで。
それまでにどれだけ強くなれるか、なのかもしれない。
机の上に目をむけるが、今回は新しいメモはなさそうだ。
「あぁそうだ、レベルはどうなってんだ」
死んだせいでリセットされていたらどうしようか。
とりあえずステータスを確認しよう。
『
レベル 12
魔素 0 / 0
筋力値 86
耐久値 28
敏捷値 15
』
なんだこれ。
レベルが下がるどころか大幅に数値が上がっていた。
死ぬ直前に何か聞こえたような気がしたが、レベルが上がった通知だったのだろうか。
一気に8レベルも上がった心当たりなど怪物の腹を殴ったことくらいしかない。
何時間もの筋トレよりあいつの腹一回殴った方がめっちゃ上がるってどういうことだよ。
相手が自分にとって強敵であればあるほど獲得する経験値が高くなるのだろうか。
倒さずとも、戦って攻撃するだけでレベルが上がるとしたら?
閉じこもって筋トレして窒息で死ぬくらいなら、外に出て戦って死んでレベルを上げる……か。
外に立っているはずの怪物をドア越しに見つめる。
破壊された面影などどこにもない白いドア。ロウソクが生み出す机の影が怪しげに揺れていた。
今まであいつの拳で即死していたため痛みを感じることはなかった。
目の前に黒い拳が迫ったと思えば、この部屋で目覚める。
それでも恐怖心は薄れない。あの黒い肌とおぞましい顔を思い出すだけで嫌な汗がでる。
中途半端に耐久値が上がって、即死じゃなくなったらどうなるのか。
ぐちゃぐちゃに潰れた自分の顔を想像すると、悪寒と共に吐き気が襲ってきた。
「それでも……この状況から抜け出すならあいつを倒して外にでるしかない」
それにはまだレベルが足りない。ステータスが足りない。
筋トレでレベルを上げるのには限界があった。窒息までの十数時間では1レベルも上がるか怪しい。
「戦うしか、ないよな」
そういえば、ステータスの数値が上がってどれくらい強くなったのだろうか。
立ち上がってみると、妙に体が軽かった。
宙に向かって拳を突き出すと、ヴォンッ、と風を切る音と共に前にあったロウソクが大きく揺れる。
机に近づき、ロウソクとメモを地面にどかしてから机に拳を振り下ろしてみる。
振り下ろされた拳を中心に、机が砕け散った。
「まじか」
そんなボロい机ではないはずだ。
見た目や触った感じでは結構しっかりとした作りをしていた。柔らかかったり腐食していたりするわけでもない。
純粋に力だけで砕けたと考えていいだろう。筋力値の上昇はしっかりと反映されている。
今なら片手でリンゴ潰せそうだ。
ふと下に視線を移すと、机が砕けた勢いでロウソクが倒れてしまっていた。
火の部分が、机の破片に当たっている。
「あ、やべ」
ロウソクの火が強すぎるのか、机が燃えやすい材質なのか。
一瞬で燃え移る炎。
急いで消火しようとしたが諦めた。
今から怪物相手に死ににいくというのに消火する意味などないだろう。
————
燃え盛る机の残骸を横目に、白いドアの前に立つ。
昂り出す感情を必死に抑え、息をゆっくりと吐いた。
あの怪物は殴ってくる時に大きな隙が生まれる。
ゆっくりと腕を振り上げるため攻撃のタイミングも測りやすい。
恐怖で動けない、なんてことにならなければ攻撃も躱せるんじゃないか。
俺は左手にロウソク、右手にとある武器を持っていた。
燃えてしまう前に救出した机の足部分。力任せに端を折ったため断面は歪に尖っていた。
これであれば、十分武器としての役割を果たしてくれるだろう。
そして俺には一つ策があった。
死ぬ前提の捨身の策。苦痛にまみれて死ぬ覚悟はもうできた。ずっと一人で理解不能な状況にいるからか感情や死への感覚が狂ってきてるのかもしれない。
この策、通用せずに自分だけ苦しむことになるかもしれないがやる価値はあるはずだ。
脳内シミュレーションを終えた俺は、ドアを勢いよく開けた。
こちらを見つめる怪物。
ゆっくりと、近づいてくる。
俺は初めて、外に足を踏み出した。
予想通り怪物は腕を大きく振り上げた。
それと同時に走り込み、間合いを詰めて黒い腹に机の足を突き刺す。
勢いはそのまま、怪物の横を通り過ぎるように後ろへと走り抜ける。
一瞬奥に見えた通路に気を取られるが、すぐに振り返って怪物を睨み付けた。
やはり皮膚が硬くなかなか傷つけられない。
怪物にとっては思わぬ反撃だったようで、振り返ったそいつは歪んだ顔をさらに歪ませていた。
黒い腹からわずかに赤い血が見える。
俺は机の足の断面にロウソクで火をつけた。
尖った部分が燃えてしまう前にブッ刺してやる。
再び腕を振り上げて近づいてくる化け物。
黒い腹、血が見える箇所に燃え盛る足の断面を力任せにたたき込んだ。
『グゥウッ!』
怪物の声が響く。
俺は怪物の腹に密着し、自分の服に火をつけた。
やはりこのロウソクの火力は高い。服全体に一瞬で燃え広がっていく。
「熱っっ!!」
全身を針で刺されているような激痛。
肌が焼け、耐えがたい熱さが身を包む。
だがそれはこいつも同じのようだ。
『グァァアッ!』
少なからず効いているみたいで、後悔せずにすんだ。
必死に俺の体を引き離そうとしてくるがそう簡単に離れてやるわけにはいかない。
激痛の中で、それでも怪物に引っ付いて離さずにいられたのは耐久値が上がっていたからだろうか。
怪物の苦悶の声を聞きながら。徐々に意識が激痛に刈り取られていった。
【初級魔法(火)を獲得しました】
【レベル54になりました】
————
俺は目覚めると同時に、ステータスを確認する。
『
レベル 54
魔素 3 / 3
筋力値 246
耐久値 274
敏捷値 86
—魔法—
初級魔法(火)
』
「魔法?」
耐久値の上がり具合がエグいとか、一気にレベル上がりすぎだとか色々注目する点はあるが……なによりも獲得した魔法が気になる。
魔素という記載はもとからあったため魔法みたいなものが存在することは察していた。
ただ、なぜ急に魔法を獲得したのか。
「いや急じゃないか。火で特攻したもんな」
火で攻撃したおかげで火の魔法が手に入ったのだろうか。
それともあのロウソクの火が特殊だったから獲得できたのか。
まぁ理由なんてどうでもいい。
初めて手に入った魔法、使い物になるか存分に検証してやろう。