7話 凶襲
「ジャン!!」
ラフィット達が急いで家を飛び出すと、そこには目を覆いたくなる惨状が広がっていた。
「ポール! 目を覚ましてよ! ポールってば!」
悲痛な叫びをあげるジャンの腕には、血に塗れた弟が抱かれていた。瞳孔は開き、体はピクリとも動かない。手入れの行き届いていた畑も、見る影も無い程ぐちゃぐちゃに荒らされていた。
「ポール!」
ゴルチェは子どもたちのもとに駆け寄り、二人をまとめて抱きしめた。だが、それでもポールは何の反応も示さない。
「ポール! ポール! 一体何が……クッソぉおお!!」
「ひどい……」
ユリスはそれ以上何も言えなかった。誰が、何のために、そんな考えが頭を駆け巡っていた。
「ユリス」
「……」
「ユリス!」
「は、はい!」
「さっきみたいに薬を作って、外傷の治療はできるか?」
「え?」
「あの子の怪我が治せるかと聞いているんだ」
混乱している様子のユリスに、ラフィットは低く落ち着いたトーンで質問を投げる。しかし、ユリスはラフィットの言葉をうまく頭の中で処理できずにいた。
「えっと、えーっと……」
「見たところ、あの子は大きな槍のようなもので腹を抉られている。息があるかはわからないが、放っておけば間違いなく死んでしまう」
「で、でも」
「しっかりしろ! あの子を救えるのはお前しかいないんだぞ!」
ラフィットの檄を受け、ようやくユリスの頭は現状を把握するために働き始めた。
ポールの容体は、どう見ても手遅れに見える。だが、だからといって見捨てて良いわけがない。
ラフィットはユリスを叱咤しながらも、その目は親子とは別の方向を真っすぐに見つめていた。そしてその視線の先に何者かの姿があることを、ユリスもようやく認知した。
「ラフィット、あれは……」
「あれは俺が仕留める。あの子のこと、頼んだぞ」
「ちょっと、ラフィット!」
ラフィットはそのまま人影の方へと向かっていく。ユリスはそれを追いかけることができなかった。ポールの治療を任されたからというのもあるが、それ以上に恐怖で体が動かなかったのだ。
「しっかりしなきゃ」
自分の両頬を平手で叩き、突然の出来事への対処を考える。今自分にできることが何なのか、どう動くのが最善なのか。
(大丈夫。私はやれる。だって私は、天才錬金術師のユリス・ナルダーニャなんだから)
頭の中で自分にそう言い聞かせると、ユリスはジャンたちのもとへと駆け寄っていった。
一方、ラフィットは先ほど視界に捉えた人物と対峙していた。それは2mを超えた巨体の大男。いたるところに刺青が彫られ、無数のピアスが開けられた顔面は、悪魔の形相と言われれば腑に落ちるほど凶悪なものであった。
「おいおいおいおい。いるじゃねぇかよ、鎧手がよぉ! こりゃあ運が良いぜぇ!」
ラフィットの義手に気づくなり、男は喚き始めた。
「探す手間が省けたなぁ。やっぱり日ごろの行いが良いと良いことあるぜ。てめぇもそう思わねぇか? なぁ、鎧手ぇ!」
「……これは、お前がやったって事で良いんだな?」
「ぁあん? あのガキのことか? あぁ、そうさ。俺だよ。このベッキオ様がやった。こいつらがよぉ、ガキから金巻き上げんのにしくじったなんて言うからよぉ、しょうがねぇだろ? なぁ、そんなこと言われたらよぉ、ムカついてガキなんざブっ殺したくなっちまうだろぉ? なぁなぁなぁ!」
ベッキオと名乗った男は、絡みつくような口調で、大袈裟なジェスチャーを交えながら自らの考えを主張する。そして、両手に掴んでいた巨大な何かを、ラフィットの前にドサッと投げつけてきた。
その何かは緩慢に蠢きながら、ラフィットにすがるように近寄ってくる。
「あ、あぁあ……す、すまねぇ、鎧手の旦那……まさか、こんなことになっちまうなんて……」
投げつけられたのは、ゴンズ兄弟だった。ポールほど重篤ではないが、体中に抉られたような傷があり出血の量は尋常ではない。ダインはかろうじて会話ができる状態だったが、カルネは完全に気を失っている。
「俺はさぁ、親切に教えてやったんだぜぇ? ゴルチェんとこのガキは、薬を買うために金をたんまり持ってるってよぉ。いくらクソ雑魚のダインとカルネでも、ガキ相手ならどうにでもなるって思うだろぉ? それなのによぉ、こいつらしくじりやがったんだ。理由を聞いたら『鎧手にやられた』なんて言うだろぉ?」
ベッキオは不機嫌そうに気を失ったカルネの腹部を蹴り飛ばした。小さな呻き声が漏れ聞こえてくる。
「鎧手の噂は聞いてたからよぉ、こいつらがやられちまうのは仕方ねぇと思ったさ。勝てるわけがねぇからな。だからお手本を見せてやろうと思ったのさ。クソ雑魚のこいつらでも上手くやれる方法をなぁ。ガキなんざ、騒がれる前にとっとと抉っちまえば楽勝なんだってよぉ! キャッハハハハハ! しかも鎧手にまで会えるなんてツイてるぜぇ! こちとらてめぇに仲間を潰されて、ハラワタ煮えくり返ってたんだからよぉ!」
「すまねぇ……こいつが、こんなにイカレた野郎だとは……知らなかったんだ」
「さっきから五月蠅ぇんだよてめぇ!」
瞬間的に激高し、ダインに向かって足を振り上げたその時、ベッキオの視界に銀色の腕が飛び込んできた。
「ぅガハッ!」
文字通りの「鉄拳」がベッキオの眉間を貫くと、その身体は遥か後方へと吹き飛んでいく。
「聞いてもいないことをベラベラと。五月蠅いのはお前の方だ」