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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第三章 それぞれの覚悟
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62話 自慢の逸品

「随分ノリノリだったね。ウォルターさん」


「そう言うな。あの場で仲間に疑われるような発言はできんのだ。己に課された役割は全うせねばならん」


 公開処刑が行われた翌日、ジェーンの私邸を訪れたウォルターに対するユリスの態度は、明らかに冷たかった。


「お前が自分で見に行きたいと言ったんだろう。八つ当たりはよせ」


 それをラフィットが咎める。


「だって……」


 彼女が機嫌を損ねている理由は、凄惨な処刑現場を目の当たりにしたからに他ならない。以前にもビッケルがベッキオを殺害した現場に立ち会ってはいるが、その時はあまりにも非現実的な光景であったため、彼女の中で実感が湧いていなかった。それに比べて、今回はとてもわかりやすかった(・・・・・・・・)のだ。


 処刑台まではかなりの距離があった。それでも、血飛沫を上げながら斬り落とされる頭部は、ユリスの脳裏にこびりついて離れなかった。


「ウォルターを責めるのは筋違いだ。そもそも、罪人なら俺の方がよっぽど……」


「いや、かまわんさ」


 ユリスを(たしな)めようとするラフィットを、ウォルターが制す。


「ワシもラフィットも、誰かが死ぬことに、殺すことに慣れ過ぎている。戦いになれば躊躇(ためら)いは命取りになるが、それは人として正しいことではない。ユリスの抱いた嫌悪感は、本来忘れてはならないものだ」


 ラフィットは私掠命人(しりゃくめいにん)の称号を持つ死刑執行人として、ウォルターは救国の英雄として、多くの命を奪ってきた。己の使命に従い、それが正しいと信じたからこその行いではあるが、相手を殺害したという事実は変わらない。


「誰かの命を奪うということを、当たり前だと思ってはならん。それは傲慢というものだからな。だから、そなたはそのままで良いのだよ」


「……うん」


 ユリスはそれ以上ウォルターを責めることはしなかった。彼女も、昨日のウォルターの言動が本意でないことは理解しているのだ。


(このままで良い、か……)


 だがユリスは、本当は叱ってもらいたかった。覚悟を決めろと、そんな甘い考えは捨てろと、そう言って欲しかった。


(ズルいなぁ、私って)


 そんな風に考えてしまう自分を、ユリスは自嘲して笑った。ラフィットはその笑顔を見て、ただ安堵した。


「さて、目下の課題はデススパイダーの討伐なわけだが。準備は進んでいるか?」


「あぁ、それなら問題無いさ」


 ラフィットは右腕に装着した銀色の義手を掲げる。それを見て、ユリスは目を光らせた。


「剣も新調したし、ユリスの体調も安定している」


「ほう。その義手、よくあの状態から復元したものだ」


 ウォルターの言葉通り、先日の戦闘で(ひしゃ)げた義手は、傷一つない物へと変わっていた。そしてユリスは先ほどとは違う不敵な笑みを浮かべなら、声高に話し始めた。


「ふっふっふ。見る目が無いね、ウォルター殿」


(ウォルター殿()?)


「これは前の義手を復元したものじゃないんだよ。この天才美少女錬金術師であるユリスちゃんが……」


「久しぶりに聞いたな、それ」


「ラフィットうるさい! とにかく、これは天才であるこの私が丹精込めて錬成した、最新(モデル)なのです!」


 茶々を入れるラフィットを黙らせると、ユリスは誇らしげに胸を張った。


「最新型とな。ふむふむ、見た目は以前と変わらないようだが」


 ラフィットが掲げた義手をまじまじと見つめ、ウォルターはわざとらしくユリスに視線をやった。


「知りたい? どこが変わったか知りたい?」


「おぉ、是非教えてくれ! このままでは気になって夜も眠れん!」


 無駄にノリの良いウォルター。


「それでは説明しよう。ほら助手! 新製品をよく見せてあげなさい!」


「誰が助手だ誰が」


 ラフィットは愚痴を言いながらも、ユリスの指示に従った。何故ラフィットが従順な態度を見せたのか。それはひとえに、彼もこの新しい義手の性能に感服しているからだ。


「まずは外殻! 以前の物は鋼に特殊な加工をしていたけれど、今回は素材に超硬結晶(ウルツァイト)を使用しました。それによって強度が大幅にアーップ! もうウォルターさんでも簡単には壊せません! でもね、それだけだと重くなりすぎちゃうのがネックだったんだ。そこで私は考えました。そして閃いたのです。ピラゾールと酸化メチレンを超硬結晶(ウルツァイト)に混ぜればイケるんじゃないかと……その発想はまさに神がかり的! 強度はそのままに、大幅な軽量化に成功! ついでに何故か耐熱性も当社比7割向上ゥ! うーん、さすが天才! これぞ匠の技!」


「何が匠の技だい。まったく、思い付きで錬金術をやるんじゃないよ」


「あ、おばあちゃん。お帰りなさい」


 水を得た魚状態だったユリスを止めたのは、買い物から戻ってきたジェーンだった。台車に乗せた荷物をテーブルに乗せると、ずかずかとユリスに詰め寄っていく。


「大体、お前さんの使った超硬結晶(ウルツァイト)がいくらしたと思ってるんだい! 失敗したら大損こくところだったよ!」


「ま、まぁまぁ。落ち着いてよおばあちゃん。それに、成功したんだから別に良いでしょ?」


「良いわけあるかい! はぁ……前の義手を見た時は大した物を作るもんだと感心したが、ありゃアタイの早合点だったね。お前さん、今度アタイが基礎からみっちり錬金術を叩きこんでやるからね!」


「ご、ごめんなさい……」


 ジェーンの剣幕に、調子づいていたユリスがしょぼくれる。ラフィットは以前に自分が同じような目にあったことを思い出していた。


「ミズ・ジェーン、その辺にしてやってくれ。ユリスに悪気はなかったんだろう?」


「悪気が無い方が余計に性質(タチ)が悪いんだけどねぇ……」


「がっはっは! まぁ、次からはそんなことが無いようにミズ・ジェーンが監督すればよかろう。それよりユリスよ、その新しい義手はただ頑丈になっただけなのか?」


 意気消沈していたユリスであったが、ウォルターのその言葉にピクリと反応した。


「そんなに気になる?」


「応とも! 気になって気になって、このままでは飯も喉を通らん!」


 ユリスの瞳が、見る見るうちに輝きを取り戻していく。


「もぉ~、しょうがないなぁ! もちろん強度が上がっただけじゃないよ。ここをこうすると……」


 その後、ユリスは得意満面で新しい義手の機能を捲し立てた。ウォルターは柔和な笑顔でうんうんと相槌を打ち、ラフィットは渋々ながらもデモンストレーションに付き合い、ジェーンは呆れ顔でそれを見守っていた。


 ユリスは、錬金術が好きだった。心の底から好きだった。それは彼女の本物(オリジナル)のものではなく、今のユリスの純粋な思い。


 ラフィットもウォルターも、そのことに気づいていたのだ。

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