表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第三章 それぞれの覚悟
51/184

51話 ひとつじゃない

「アンベルスの6人と戦うなら、鍵となるのはマリナだ」


 ウォルターは厳しい表情で語る。


 ユリスの体が馴染むまでの間、ラフィットとユリスのふたりはジェーンの私邸で過ごすことを決めていた。街の中心から外れた森の中は身を隠すのに都合がよかったし、ウォルターとの接触もしやすかったからだ。

 そしてこの日、先日の会食で互いの過去を曝け出し信頼を高めた面々は、本来の目的である勇者打倒のために情報交換をしていた。


「マリナ? アンベルスの6人の中で、一番強いのはドーリスなんでしょ?」


「そうさな、一対一でまともに戦えば、ドーリスに勝てる者などこの世にいないさ。ワシらの中でも、あやつの実力は頭ひとつ以上抜けていた」


「あっさりと認めるんだな。あんただって武に生きた人だろうに」


「なに、大事を為すのにいらぬ見栄を張っても仕方なかろう。第一ドーリスの強さは、ワシの求めるものとは些か方向性が違うでな」


「よくわかんないけど……じゃあ、ウォルターさんはアンベルスの6人の中では何番目に強いの?」


 邪気の無いユリスの質問が、少しだけウォルターの自尊心を傷つけた。


「驚くでないぞ? ワシの強さは……」


「強さは……?」


「6番目だ」


「アンベルスの6人の中で6番目……って、それビリじゃん!」


「がっはっは! そうとも。ワシはアンベルスの6人の中で最弱。まともにぶつかれば、誰にも勝てん」


 豪快に笑うウォルターの前で、ラフィットとユリスは顔を見合わせた。


「まさかとは思っていたが、本当にそうなのか……」


 ウォルターは身体強化魔術(マスキュルス)の使い手で、その鋼の肉体から繰り出される打撃は一撃必殺。いかに最強の勇者と言えど、当たりさえすれば無事では済まない。そう、当たりさえすれば(・・・・・・・・)


「最初からワシが最弱だと思っていたのか。そなた、なかなか酷いことを言うな」


「相手の戦力を分析するのは当然のことだろう。俺がアンベルスの6人との仮想戦闘をどれだけ繰り返したと思ってるんだ。近距離以外の攻撃手段を持たないあんたが、支援なしで他の5人の懐に潜り込むのは至難の業だからな」


 ウォルターの肉体は、並の武器や魔術では傷ひとつ付けれられないと言われている。だが、相手は伝説の勇者たちだ。その力が並であるはずがない。距離を取って一方的に攻撃されれば、ウォルターの勝ち目は皆無と言えるだろう。


「まぁ、そうだな」


(あれ、ちょっと怒ってる?)


 先ほどまでの豪快な笑いに陰りが出たことを、ユリスは見逃さなかった。いくら自分でも認めていることとはいえ、武の探究者たるウォルターが面と向かって「弱い」と言われていい気分でいられないのは無理もないことだろう。


(なんだかちょっと可愛いかも)


 伝説に刻まれるほどの豪傑でも、やはりひとりの人間なのである。


「話を戻そう。確かにワシはアンベルスの6人の中で一番弱い。だが、もしも最初にマリナを無力化することに成功すれば、その序列はひっくり返る」


「ウォルターさんが最強になるってこと?」


「そうとも。ま、それでもドーリスには確実に勝てる保証は無いが……少なくとも、アンやダルク兄弟に後れを取ることは無くなるさ」


 ウォルターは胸を張ってそう言った。その姿には確固たる根拠があることを感じさせる。


「……マリナはやはり瞳力(ドゥリ)の使い手なのか?」


「何だ、そなた気付いておったのか」


 ふたりの会話を聞いて、ユリスは以前ラフィットが語った推論を思い出していた。


『伝記の中では、アンベルスの6人の瞳力(ドゥリ)について触れられていないが、マリナが他者の魔術の力を極限まで引き上げる瞳力(ドゥリ)を持っていたとすれば説明がつく』


(本当に、ずっと前からこの時が来ることを想定してたんだなぁ……)


 あの時は特に思うところもなかったが、ユリスは改めてラフィットの執念に恐れを抱いた。王命が下る前から、こうなる保証は何も無かったにも関わらず、ラフィットはこの時のことを考え続けていたのだと。

 だが、この後にウォルターが語った内容は、彼にとっても想定外であった。


「マリナの瞳力(ドゥリ)は、『清らかなる慈悲ゲーベン・ブレッシング』と『浄業の玻璃トゥルース・リフレクター』の2つ。前者は6人までを対象に、魔力を極限まで高めることが……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「ちょっと待って!」


 ラフィットとユリスが同時に声を上げる。驚愕の表情を見せるふたりとは対照的に、ウォルターはポカンとした顔をしていた。


「どうした、ふたりとも」


「どうしたって……!」


「……ウォルター。あんた今、マリナは瞳力(ドゥリ)2種類持っている(・・・・・・・)と言ったのか?」


「そうだが……あぁ、そうか。そなたらは知らんのだな」


 自分にとって当たり前の知識でも、他者にとってもそうとは限らない。今回のケースもそれに当てはまる。


「至極珍しいことではあるが、瞳力(ドゥリ)を2種類持つ者が存在するのだ。瞳力(ドゥリ)とは瞳に宿る力。両の瞳に1つずつ、異なる能力が発現してもおかしくはなかろう?」


「言われてみればそう……なのかな?」


 ラフィットもユリスも、瞳力(ドゥリ)はひとりにつき1つだと、そう先入観を持っていた。過去に2つの能力を持つ者など出会ったことが無かったからだ。だが、それはなんの確証もない思い込みであった。


瞳力(ドゥリ)が2つ……それじゃあ、俺たちも別の能力を得られる可能性があるってことか」


瞳力(ドゥリ)は謎の多い力。ワシは学者ではないから、そなたが新たな力を得られるかどうかは肯定も否定もできん。だが、マリナが2つの瞳力(ドゥリ)を持っていることは紛れもない事実だ。魔王討伐の旅をしていた時にも、ワシが知る限りでふたり、2つの瞳力(ドゥリ)を持つ者に会ったことがあるしな」


「……」


「ユリス、どうかしたか?」


「ううん、何でもない」


「また話が逸れてしまったな」


 ウォルターは再度、話を仕切り直した。


「さて、先ほども言ったように、マリナの瞳力(ドゥリ)は2種類ある。戦闘の上で重要なのは、対象の魔力を超強化する『清らかなる慈悲ゲーベン・ブレッシング』だ。ワシらが魔王を倒せたのは、この瞳力(ドゥリ)のおかげだからな。伝記の中では神から授かった力とされているヤツだ」


「つまり、マリナの瞳力(ドゥリ)を無力化すれば、アンベルスの6人も並の人間に戻るってこと?」


「慢心できるほどではないにしろ、大幅に弱体化することは間違いない。特に魔術での戦闘に長けたダルク兄弟は顕著だろうよ」


 アンベルスの6人の弱体化。これはつまり、味方となったウォルターの弱体化も意味している。だが、ラフィットは身をもって体験していた。身体強化魔術(マスキュルス)を使わずとも、鋼鉄の腕を(ひしゃ)げさせたウォルターの怪力を。故に、ウォルターの自信にも納得がいく。


「マリナを無力化する利点はもう1つある。仮にドーリスたちを倒せなかったとしても、彼らの計画が破綻するからだ」


「どういうこと?」


「マリナの2つ目の瞳力(ドゥリ)である『浄業の玻璃トゥルース・リフレクター』はな、言葉の真贋を看破することができるのだよ」


「そういうことか……疑問が解けたよ」


 ラフィットは納得した様子だったが、ユリスの頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


「言葉の真贋を看破……って、嘘を見抜けるってことだよね。その瞳力(ドゥリ)が無くなると、何で計画がダメになるの? 強さには関係ないじゃん」


「お前そんなこともわからないのか?」


 呆れたように肩をすくめるラフィットに、ユリスは頬を膨らませて抗議する。ウォルターは微笑ましいものを見るような顔で、そのやり取りを眺めていた。


「むぅ、じゃあラフィットが説明してよ!」


「仕方ない……いいか、ドーリスたちがやろうとしているのは全ての悪人の断罪だ。それを実現するにあたって、一番重要なことは何だと思う」


「えーっと……沢山の悪人を捕まえなきゃいけないから、正義感と腕っぷしの強い人を集めることじゃない? あの教会に集まっていた人たちみたいな」


「それも必要なことだが、正解じゃない。一番重要なのは、冤罪を起こさないこと(・・・・・・・・・・)さ」


 その通りだと言わんばかりに、ウォルターは大きく頷いた。


「悪を殺し尽くす。つまり、ドーリスたちは悪人を全員処刑すると言っているわけだ。それなのに、処刑した相手が濡れ衣だったらどうなる?」


「あ、なるほど! 間違えて無実の人を殺しちゃったら大変だもんね」


「その通り。そんなことをしたらそれこそ悪だろう? 正義を振りかざす者として、絶対にあってはならないことだ。だからと言って、証拠を揃えながら一件一件裁判なんかしていたら、時間がいくらあっても足りやしない」


 勇者たちが目指すのは、悪が根絶した平和な世界。虐殺ではないのだから、裁きの対象は慎重に見極める必要がある。だが、マリナがいればそれも容易いと言う訳だ。


「そっか。それじゃあマリナの瞳力(ドゥリ)を無力化すれば、他のアンベルスの6人も弱体化できるし、悪人を見極めることもできなくなる。一石二鳥ってわけだね! で、どうやって無力化するの?」


 瞳力(ドゥリ)を無力化する手段は2つ。相手の瞳を潰すか、殺害するか。つまり、どうあっても戦闘は避けられない。だからと言って正面からぶつかれば、ウォルターと3人がかりでも勝機は薄いだろう。


「ワシに考えがある。色々と下準備が必要だが、何より……」


 表情を引き締め直して、ウォルターはラフィットとユリスに向き合った。


「そなたたち、目的のために悪となる覚悟はあるか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ