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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第一章 処刑人と錬金術師
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5話 名誉返上

「うぅ……お腹空いたよぅ」


「お前がジャンの家に行くって言い出したんだろうが。文句を言うな」


「だって~」


「ごめんねお姉ちゃん。もう少しで家に着くから……ほら! あそこに見える三角屋根が僕の家だよ!」


 ゴンズ兄弟を追い払った路地裏から1時間ほど歩いた町はずれに、ジャンの家族が住む家はあった。


「やっと着いた! ねぇ、家に何か食べ物ある? 私もうお腹ペコペコで」


「えっと、パンとチーズなら少しくらいは……」


「押しかけておいて我儘言うな。やってることがゴンズ兄弟と大差ないぞ」


「ちょっと、あんなむさ苦しいのと一緒にしないでよ!」


 ジャンの家の周りには小さい畑があり、そこは雑草も無くきちんと手入れがされている。家自体も、郊外にあるとはいえ、凝った装飾の玄関を構えた立派な建物だ。ジャンが高価な薬を買えるだけあって、もともとは裕福な家庭なのだろう。


「ジャンのお父さんは何のお仕事をしてる人なの?」


「父さんはねぇ、宝石加工職人なんだ。王様にも商品を卸したことがあるんだって! すごいでしょ?」


「そりゃ大したもんだな」


 家に入る手前で、ジャンよりも一層幼い子どもの声が聞こえてきた。


「兄ちゃんお帰り!」


 畑で作業をしていた小さな男の子が、ジャンに気づいて大きく手を振っている。


「ただいま、ポール」


「あれ、その人たちは?」


「この人たちは、僕が町で悪いヤツに絡まれてるところを助けてくれたんだ。すっごく強くてかっこ良かったんだぞ! しかも父さんの薬を作ってくれるんだって!」


「薬を!? おじさんたちは薬師さんなの?」


「俺はおじさんじゃ……」


「ふっふっふ、薬師なんかよりもっとすごいよ! 何せ私は超天才錬金術師なんだから!」


「れんきんじゅつし……って、悪いことしてる人じゃないの?」


「何そのイメージ!?」


「実は僕もよく知らないんだ」


「ジャンまで! 嘘でしょ~。今城下で一番ホットな術なのに」


 ユリスは膝をついて愕然とした。


 この世界での特殊な「術」といえば、魔術と召喚術が一般的に広く知られている。魔術は民間人にも使役可能な者が多く、普段の生活にも根差しているメジャーなものだ。召喚術は元々の認知度は低かったが、アンベルスの6人のひとり「光の巫女 マリナ」が得意としていたことで認知度が一気に高まった。


 それらに比べると、錬金術は使用者の少なさや内容の不透明さ、そして何より過去の著名な錬金術師の悪行から「胡散臭いもの」または「悪行を為すもの」としてのイメージが強い。子どもであれば、錬金術師が漠然と「悪いことをしている人」であるとイメージしたとしても無理はないだろう。

 無論、ユリスの言う「城下一ホットな術」などという認識は誰も持っていない。


「よくわかんないけど、お姉ちゃんはそのれんきんじゅつ? で薬も作れるんでしょう?」


「ん~、はいはい。そうですよ。君たちが普段使ってる薬とは違うと思いますけどね」


「おい、押しかけといてヤル気を失くすんじゃない」


 ユリスは先ほどまでとは打って変わって無気力になっていた。よほど錬金術に対するイメージの悪さが受け入れられないらしい。


「錬金術が胡散臭いと思われてることは、お前だって知ってただろう」


「話では聞いてたけど、ここまでとは……って感じ。はぁ、錬金術、とっても素敵なものなのに」


「そう思うなら、ここでそれを証明すればいいだろう。首尾よくジャンの父親を治せたなら、世間の見る目も多少は変わるだろうさ」


 過去には自らの研究に傾倒するあまり、非人道的な人体実験を行って捕まった錬金術師もいる。そのため、行動を共にするラフィットでさえ錬金術師に対して良い印象は持っていない。

 だが、ユリスはラフィットが噂で聞いていた錬金術師のイメージとはかけ離れていた。あまりにも俗っぽく、それでいて無垢な存在に見えたのだ。


 だからこそ、ラフィットはユリスが人助けを申し出た本当の理由を知りたかった。それが打算的なものなのか、純粋な善意なのか。


「……そうだね。人助けをする良い錬金術師もいるってことを、このユリスちゃんが証明してみせるよ! よっしゃ! ジャン、早くお父さんのところに案内して!」


「うん!」


 鼻息を荒くして三角屋根の建物へと入っていくユリス。それを先導するジャンの表情は期待に満ちていた。このよくわからない自称天才錬金術師が、自分の父親を救ってくれると完璧に信じているのだ。


「ここが父さんの部屋だよ」


 小さな手が扉を開くと、窓を板で塞いだ部屋の中、布で目元をグルグル巻きにした男性がベッドに横たわっていた。ジャンの父親だ。

 不全瞳力(ドゥリ)閉塞症の患者は光が目に入ると激痛を感じるため、このような処置をしていることが一般的である。


「ジャンか……おかえり。おや……誰か一緒にいるのか?」


 力無く体を起こし、父親は息子に声を掛けた。ジャンはベッドに駆け寄って、その痩せた手を取る。


「父さん! 今日はすごい人たちを連れてきたんだ。父さんの病気を治してくれるって!」


「病気を、治す……? ど、どなたか存じませんが、そんなことができるのですか? 前に診てもらった医者からは、自然に委ねる他無いと言われましたが……」


 その口ぶりは、にわかには信じられないと思いながらも、藁にも縋るような気持であることが十分に伝わってくるものだった。

 彼が患った「不全瞳力(ドゥリ)閉塞症」という病は、治療法が無いとされているからであろう。


 瞳力(ドゥリ)とは、その名が示す通り、瞳に宿る力のこと。何らかの理由によって先天的または後天的に備わる力で、それによって様々な特殊能力が発揮される。

 ラフィットがハイデマリーからロザリオを譲渡された時、ヴェロニクの語った加護の術式について全幅の信頼を寄せていたのは、単にふたりの信頼関係が強固であることだけが要因ではない。ヴェロニクは、他者の特殊能力を看破する「無欠の鑑定(シースルー・オール)」の瞳力(ドゥリ)の持ち主だったからだ。


 だが、稀に瞳力(ドゥリ)の力が上手く開放されず、体内に逆流して悪影響を及ぼすことがある。これが不全瞳力(ドゥリ)閉塞症だ。

 通常この病に侵された者は、力が自然に開放されるのを待つか、逆流した力に体が耐え切れずに死ぬか、いずれかを待つしか術がない。薬は治療のためではなく、苦痛を和らげるための対症療法でしかないのだ。


「任せておいて! 私はユリス! 超天才美少女錬金術師の私が来たからには……」


 城でラフィットと対面した時と同じように、ユリスは横向きのピースサインを口元に当て、腰を突き出したポーズを取って名乗りを上げようとした。しかし、それは父親の驚きの声によって阻まれた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 錬金術師だって!?」


 一筋の希望を見出したはずの父親は、錬金術師と聞いてその顔を一気に青くする。


「そうだけど」


「あんた、一体何をする気なんだ!」


 どうやらジャン兄弟ほど錬金術師に対して無知ではないらしい。その強い語気からは、錬金術師という職業に対する深い猜疑心が感じられた。


「何って……改造?」


 そんな父親の不安を敢えて無視するように、ユリスは無邪気な笑顔で答える。その隣で、ラフィットは顔を左手で覆っていた。


「か、かか、改造だって!?」


「うん。だって、今の身体のままじゃ不全瞳力(ドゥリ)閉塞症は治せないもん。ってゆーか、二週間経っても体が瞳力(ドゥリ)に馴染まないってことは、それはもう治らないってことだから。このままだと間違いなく死んじゃうよ? 大丈夫大丈夫。痛くしないから安心して。後遺症も……残らないよ。多分」


「多分!?」


 ジャンの父親は恐れおののいていた。改造という不穏な単語に後遺症の可能性、それらを聞かされれば、当然の反応と言えるのかもしれないが。


「父さん……」


 狼狽する父親の姿を見て、ジャンも不安そうな表情を浮かべていた。ユリスは、そんなジャンの目線に合わせるように体を屈ませ、力強く言葉を掛けた。


「死にたくないでしょ? 私を信じて!」


 脅しともとれる言葉で信頼を強要するユリス。その自信の根拠がどこにあるのか、ラフィットには理解できなかったが、ジャンはそうは思わなかったようだ。


「……うん! 僕、お姉ちゃんを信じるよ! 父さんも、ね!」


「ジャン……」


 子どもにそう言われては、父親としていつまでも怯えた姿を見せるわけにはいかないだろう。だが、なかなか決意を固められない様子だった。


「不安だとは思いますが、もしこいつが何か変なことをしようとしたらすぐに取り押さえますので、ご安心ください」


「ちょっと、変なことなんてしないってば」


「……あなたは?」


「申し遅れました。私はラフィット・シモンズ。王に仕える騎士(ナイト)です」


 かしこまって挨拶をするラフィットに、ユリスは怪訝な顔を見せる。それは自分(ユリス)に対する口調との違いに向けたものであろうが、彼は単に礼節を弁えているだけだ。


 ラフィットは自身が死刑執行人であることを敢えて伏せた。これ以上父親を不安にさせたくなかったのだ。そのうえで公的な立場の人間であることを示し、安心感を抱かせようと思っていた。


「騎士様がこんなところまで! それはご足労をおかけしました」


「いえいえ、お気になさらず」


「ねぇ、私の時と態度違い過ぎない? 病気を治すのは私なんですけど」


 これが騎士と錬金術師の信頼の差である。とはいえ、もしラフィットが死刑執行人であると名乗っていれば結果は違ったであろうが。


「このおじ……お兄さん(・・・・)はすっごく強いんだよ! 街で悪いヤツに絡まれてた僕を助けてくれたんだ。かっこ良かったなぁ」


「そ、そんなことが! あぁ、一体なんとお礼を申し上げれば良いやら」


「市民を守るのは騎士の務めですから。それより、治療を進めさせていただいて良いですか?」


「え? あ、あぁ。はい、騎士様がそうおっしゃるなら……私はゴルチェと申します。よろしくお願いします」


「それじゃあユリス、あとは任せたぞ」


 ラフィットにお膳立てされたことが不満なのか、ユリスは不貞腐れたような顔をしていた。


「なんか釈然としない」


「そう言うな。錬金術師の汚名挽回のチャンスじゃないか」


「……まぁいいか。そうだね、私がんばるよ! ……って、ん? 汚名挽回?」

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