41話 おいしい料理
ジェーンが用意した夕食のメニューは、ジャガイモとひよこ豆がゴロゴロと入ったシチューに塩漬けにした豚肉のロースト、オートミールのペーストにふわふわの小麦のパンだ。林檎のジャムも置かれている。これまで硬いライ麦のパンやよくわからない野菜のスープ(と呼ぶほどまともに調理されていない何か)しか出てこなかったことを考えれば、十分豪勢と言える内容だろう。
「おぉ、美味そうじゃないか」
食卓の椅子を引きながら、ウォルターは喉を鳴らした。
「本当だ、美味しそう。これラフィットも手伝ったんでしょ?」
ラフィットに肩を借りながら、ユリスも椅子に腰かける。眼前の食事から立ち上がる芳しい香りに、その食欲は大いに刺激されていた。
「手伝ったと言っても、芋の皮を剥いただけだどな」
先刻まで身に付きていたド派手なエプロンを脱ぎ捨て、ラフィットも席に着いた。
「ラフィットが料理って、なんか変な感じする」
「悪態がつけるなら上々だ」
「ひっひっひ。ま、とにかく食べとくれ。ただしお嬢ちゃん、お前さんは慌てずにゆっくり食べるんだ。最初は驚くだろうが、とにかくゆっくりとね」
ジェーンは今にも料理にがっつきそうなユリスに、優しくそう忠告した。
「そうだな。3日ぶりの食事だ。慌てて食べては体が驚いてしまう」
「むぅ、わかってるよ。そんくらい」
ラフィットもユリスも、ジェーンの忠告が「新しい胃が馴染むまではがっつくな」という意味だと受け取った。だが、ジェーンの意図はそれとは異なっていた。
「では、さっそくいただこう!」
「いただきます」
ウォルターの声を皮切りに、全員が食事を始める。
「うーん、美味い! やはりミズ・ジェーンの手料理は最高だな!」
「ひっひっひ。そうだろう。腕によりをかけたからねぇ」
一口目から大絶賛のウォルターを横目に、ラフィットも料理を口に運んだ。
(美味いは美味いが、そんなに絶賛するほどか……?)
テーブルに並んだ料理は、そのどれもが可もなく不可もなく普通の味だった。特筆するほど美味くはないが、不味くもない。もちろん、わざわざそんな波風立てるようなことを口には出さなかったが。
そしてこの時、ラフィットは思い出した。ウォルターが大して味の良くない安酒を、美味いから飲めと勧めてきたことを。要するに、ウォルターはよほどのことが無い限り何でも美味いと感じられるバカ舌なのだ。
(ジェーンは自信満々だったが、その原因はこいつか……ん?)
「どうした、ユリス」
ラフィットの視界に入ったのは、シチューを一口食べて固まっているユリスだった。
「えっと、この料理って……」
気まずそうな表情でラフィットを見つめるユリス。
「やっぱりまだ食べるのはきついか? ミルク粥とかの方が食べやすかったかもしれないな」
「いや、そうじゃなくて……」
「ひっひっひ。はっきり言いなね。お前さん、初めて感じる味に戸惑ってるんだろう? だからゆっくり食べろと言ったんだ」
「初めての味……?」
ラフィットはジェーンの言葉の意味が分からなかった。ジェーンの料理は特別美味くはないが、特殊な味付けがされているわけではない。何の変哲もない、少しだけ豪勢な家庭料理だ。
「……」
ジェーンの言葉に俯くユリス。
「ミズ・ジェーン、どういうことか説明してくれないか」
豚肉のローストにかぶりつきながら、ウォルターが尋ねた。
「なぁに、すぐにわかるさ」
ジェーンはグラスに注がれた葡萄酒を飲みながら、ユリスに目配せをする。それに気づいたユリスは一度顔を上げたものの、すぐにまた俯いてしまった。
「どうしたんだ。体調が悪いなら、まだ寝ていてもいいんだぞ」
「ううん。違うの。ありがとう。やっぱり、今日のラフィットは優しいね」
ラフィットはその言葉を否定しなかった。優しいと言われるのは本意では無かったが、あの一件以来ユリスへの対応を改めようと考えていたのは事実だからだ。
「おばあちゃん。私の体について、どのくらいわかってるの?」
「さぁね。アタイだってお前さんみたいなのは初めて見たよ。ただ、お前さんの体が普通じゃないってことはわかる。アタイが今までどれだけの人間を改造してきたと思ってるんだい」
ラフィットもウォルターも、ふたりの会話を黙って聞いていた。普通の体ではない。そんな不穏な言葉が飛び出してきても、それを受け止めるだけの覚悟が、すでにふたりにはできていたのだ。
「これが本当のご飯の味かぁ……」
そう呟くと、ユリスは突然大粒の涙を流し始めた。
「ど、どうした?」
「……私、今までご飯の味がわかってなかったんだって、初めて気づいたの。甘いとかしょっぱいとか、そういうの知ってたはずなのに……」
泣きながら、パンを齧り、シチューを啜る。大切な思い出を噛み締めるように、一口一口ゆっくりと。
「これが、美味しいってことなんだ……あぁ、美味しいってすごい! これがしょっぱい味で、これが甘い味で、こっちは少し苦い味……そっか、だから私はご飯を食べることがあんなに大好きだったんだ」
「今まで味がわかっていなかったって、お前……」
「その娘はね、味を感じる味蕾って器官がほとんど無かったんだよ。何でかは知らないけどね。だから改造のついでに、そこもいじってやったのさ」
これまでの道中で、ラフィットは何度かユリスと食事を共にしている。いつだってユリスは美味しそうに、ラフィットが呆れるほどの大食いっぷりを見せていた。だから、味を感じていないだなんて夢にも思わなかった。
「……どうして、そのことを今まで黙ってたんだ?」
ラフィットが質問すると、ユリスは恥ずかしそうに笑って答えた。
「あはは。ごめんね。騙そうとしてたわけじゃないんだよ。料理の味って、こういうものなのかなって思ってたんだ」
「まぁ、確かに最初から味覚が無ければそれもわからないか……」
「味覚が無かったというのは難儀なものだな……だが、それも改善したというならなによりだ。味気ない食事ほど悲しいものは無いからな! さすがミズ・ジェーン!」
ウォルターは豪快に笑いながら、グラスに注がれた麦酒を飲み干す。そして、話を切り出した。
「さて、それでは本題に入ろうか」




