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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第二章 勇者たちの思惑
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31話 超人ウォルター

「雨が降って来たな。少し急ぐぞ」


「……そうだね」


 勇者ドーリスによる正義執行の布達。その内容は、「この世全ての悪を殺しきる」ことであった。

 あの場所に集まった人々の熱気と敵意。それを一身に浴びたふたりであったが、特にユリスの消耗は激しかった。しとしとと降り始めた雨は、それをさらに深刻にしていく。


「馬車が調達出来たら、まずは城へ報告だ。アンベルスの6人はこちらと対話する意思が無いうえ、賛同者の数もこれからもっと増えていくだろう。さすがに俺たちふたりだけで対処できる内容じゃない。王に応援を要請して……おい、聞いてるのか」


(改心しても犯した罪が消えるわけじゃない、か……そうだよね)


「おい、ユリス」


(一度間違えてしまったら、もう何をしてもどうにもならないのかな。私は、無意味なことをしているのかな)


「ユリス! 聞いているのか!」


「わ! ご、ごめん。なんの話だっけ。王様を応援?」


 ユリスの意識は完全に上の空。ラフィットにとってドーリスの話は予測の範囲内であったため、内容自体に驚きは無かった。だが、ユリスにとっては違った様だ。


「……どうした。さっきから様子がおかしいぞ」


「……」


「ユリ……」


「ねぇ、ラフィットは前に言ったよね。『お前は本気であいつらが善人になれると思ってるのか』って。ほら、あの何とか兄弟を私が助けたとき」


 そう問いかけたユリスの顔は、雨に濡れてぐしゃぐしゃになっていた。瞳に溜まった涙が紛れるほどに。


「私はそう信じてる。どんな悪人だって、心を入れ替えることができるって。でもさ、それって都合の良い考えなのかな……被害を受けた人からすれば、どうしたって許せないものなのかな……」


 俯き、頼りない小さな声で話すユリス。本降りになった雨の音が。言葉の陰に隠れた嗚咽を掻き消していく。


「私は……私は……」


「……そうだな。俺はそう思う。罪人が悔い改めたところで、奪われたモノは返らない。被害者の無念が晴れることは無いって」


「そう……だよね」


「あぁ、だが……」


 ラフィットが何かを言いかけたその時、突如ふたりの頭上から黒く大きな物体が降ってきた(・・・・・)。その物体は、ドーンッ! という轟音と共に地面に着弾し、土煙を巻き上げる。


「な、何!?」


「下がれ、ユリス!」


 ラフィットは咄嗟にユリスの前に立ち、腰に下げた剣を抜く。


「随分と無防備じゃないか。空から直接頭を狙えば、それだけで終わっていたぞ」


 響く低音の男声。土煙が雨に流され、その中から何者かの人影が現れた。


「……お前は!」


 露になったその姿は、教会で見た屈強な壮年の男。隆起した筋肉に当たる雨が、バチバチと固い音を立てている。


「我が名はウォルター・ペンドレイク。そなたらはラフィットとユリスと言ったか。先ほどは言葉を交わすことが叶わず残念だったぞ」


 アンベルスの6人がひとり。超人ウォルター。


 普段は温厚で柔和な表情の男だが、今は鋭い眼差しでラフィットとユリスを見据えている。全てを受け止めると言わんばかりの仁王立ちは、まさに威風堂々。降り注ぐ雨ですら、鍛え抜かれた彼の肉体を称賛するように弾んでいた。


(どうしてこいつがここに……ッ!)


 ラフィットは低く構え、最大限の警戒態勢に入る。


「ふむ。隙の少ない構えだ。悪くない。しかし王国騎士団の型とは異なる様だが……そなた、ひょっとして傭兵あがりではないか?」


「……」


 ラフィットは答えない。何故ウォルターがここに来たのかは分からなかったが、この男が自分たちを始末しに来たのだろうことは容易に予測ができたからだ。


(くそ、教会で勇者が言っていたことはデタラメか! 結局は力づくで目的を果たすつもりじゃないか!)


 勇者が勇者であるために、あの場(教会)で戦闘になることは無いとラフィットは考えていた。そうでなければ、勇者の目指す「新しい秩序」に疑問を持つ者が必ず現れる。正義を執行する勇者としての求心力が揺らいでしまう、と。


 だが、それはラフィットの希望的観測だったのかもしれない。心のどこかで、今この瞬間のことは想定していたにもかかわらず、考えないようにしていたのかもしれない。

 何故なら、この状況があまりにも絶望的であるから。こうなってしまっては、王命の遂行も、自らの目的も果たすことが限りなく不可能に近くなるからだ。


「答えてはくれんのか。それならば……」


 ウォルターは膝を曲げて腰を落とし、どっしりと構えた。


「そなたの肉体(からだ)に聞くまでだ」


「ユリス、お前は逃げろ!」


 ラフィットが叫ぶと同時に、ウォルターが凄まじい速度で突っ込んでくる。


「むぅん!」


 突進の勢いそのままに、ウォルターは右の拳でパンチを放った。


(避け……否!)


「くッ!」


 ラフィットはかろうじて義手と剣でパンチを受け止めた。辺りに巨大な鐘を鳴らしたような音が響き渡る。直撃は防いだものの、ラフィットはその勢いを殺しきれずに後ろへと弾き飛ばされてしまった。


「きゃあ!」


 吹き飛んだ体に、後ろに隠れていたユリスが巻き込まれた。ふたりは雨で泥だらけになった道をごろごろと転がっていく。


「く……そ……」


 ラフィットはすぐに立ち上がったが、ユリスは今の一撃で気を失ってしまった。しかし、それを起こしている余裕は無い。


「よく防いだと言っておこうか。その銀の腕、なかなかの逸品だな。我が拳を受けてなお、原形を留めているとは驚嘆に値するぞ」


 淡々と語るウォルターに対し、ラフィットは声を振り絞った。


「超人ウォルター! お前はどうしてここに来た! お前たちの言う正義とは結局、力での支配と言うわけか!」


 ウォルターは一層顔を険しくして、その問いに答える。


「……そうさな。だったらどうする。それを知ったところで、そなたに何ができると言うのだ。こんなロートルに遅れを取るようなそなたに」


「俺は、お前たちを否定する……! 先ほどの一撃でわかったぞ。お前になら、俺は勝てる!」


 挑発するようなその言葉に、ウォルターの眉がピクリと反応した。


「言うではないか。中々に面白い。だが、先ほどの一撃がワシの本気だなどと思ってくれるなよ」


 ウォルターが取った構えは先ほどと同じもの。だが、今度はその鋼のような肉体を赤い光が包み込んでいく。


「次はもっと迅くする。後ろを気にして躊躇っている暇は無いぞ」


身体強化魔術(マスキュルス)! くそ、やっぱりさっきのは単純なパンチだったってことか!)


 先ほどの攻撃、純粋な徒手空拳であるにも関わらず、その威力はベッキオの「尖ってこそ我が人生(ヘヴィメタル・パイル)」を遥かに凌駕していた。その証拠に、パンチを受け止めた鋼鉄の義手が大きく歪んでいる。

 だが、伝記「アンベルスの6人」にはこう書かれていた。身体強化魔術(マスキュルス)を極めたウォルターの拳は、世界一の硬度を誇る超硬結晶(ウルツァイト)さえも打ち砕く、と。


(ワシが本気を出せば、あの銀の腕では受けられぬ。だが、避ければ後ろの娘が無防備になってしまう。そのことは分かっていよう。さぁ青年よ、どう対処する?)


「覚悟は決まったか」


 ウォルターは深く息を吸い込んだ。赤い光を帯びた体は、舞い落ちた雨の雫を容易く蒸発させていく。


「……こい」


 先ほどよりもさらに低く構え、ラフィットは右腕から義手を外した。ガチャリと地面に鋼鉄の腕が落ちる。


「ほぅ」


 ウォルターはその様子を興味深そうに眺めていた。


(防御は不可能と判断して重さを捨てたか? いや、それだけにしては瞳に希望を宿しすぎている。何かよほどの秘策(とっておき)があると見える)


 その時、ウォルターの脳内にアンからの忠告がよぎった。


『油断するなよ、ウォルター。()れの強さに疑問は無いが、(から)め手は不得手だろう』


 それを思い出し、思わず口角が上がる。実のところ、彼は搦め手が不得手なわけではない。自らを打ち破る可能性のあるものに興味があるだけなのだ。それゆえ、どのような策に対しても正面からぶつかってしまうという悪癖を持っていた。それは今回も例外ではない。


(魔術か、それとも錬金術の秘具か……面白い)


 絶対の自信を持つが故の悪癖。油断とも言えよう。だが、それでもウォルターは常勝を続けてきた。


 やがてウォルターを包む赤い光がさらに色濃くなってゆく。それに比例して膨れ上がっていく強大な力を、ラフィットは肌で感じ取っていた。


(くそ、なんてプレッシャーだ! しかし、奴は先ほどと同じ構え。それならば……!)


「我が拳打、打ち破れるか!」


 叫びと共にウォルターが大地を蹴る。爆発音のような轟音を発し、抉った大地を後方に吹き飛ばしながらの突進。極限まで鍛え抜かれた肉体を魔術でさらに強化したその速度は、先ほどまでとは比べるべくも無い。


 だが、それでも見えないわけではなかった。ラフィットもまた、極限まで集中力を研ぎ澄ませていた。圧倒的な実力差を前に、残された唯一の勝機を手繰り寄せるために。


 そして、ウォルターが右拳を握り込んだ瞬間。


虚ろな略奪者フェイク・リジェネレイション!)


 ラフィットの瞳が薄紫に妖しく光る。それは2秒間だけ相手の右腕を奪う、ラフィットの瞳力(ドゥリ)。極限まで強化されたウォルターの右腕ならば、その鋼の肉体をも砕くことができる!


 ―――――――――――――――はずだった。

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