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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第一章 処刑人と錬金術師
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3話 王家のロザリオ

「私はユリス。多分17歳の美少女天才錬金術師だよ!」


 太い三つ編みにした銀髪は腰まで伸び、丸縁の眼鏡をかけた娘は、美少女と自負するには些かおこがましいと言えるかもしれないが、それなりに整った見目をしていた。しかし身長は158センチと平均的でありながら、戦場に立てるとは到底思えない貧相な体躯に、陰気臭い片目を隠すほど伸びた前髪は、ラフィットに十分すぎるほどの不安を抱かせた。


「それはもう聞いた。陛下、先ほどおっしゃっていた『優秀な人材』はどこにいるのでしょうか。この様な時に遅刻するとは、あまり感心しませんが……」


「だ・か・ら! 私がその『優秀な人材』だって! もう、わかっててとぼけてるでしょ?」


 ラフィットは理解している。目の前に現れたこの頓珍漢な貧弱娘こそ、王の呼び出した「ユリス」という人物であるということを。

 だが、頭で理解できても問わねばならない事象と言うものはあるのだ。


「陛下」


「だから……」


「もうよい。よいのだ、ユリスよ」


 王は頭を抱え、目を伏せたままそう呟いた。先ほどまでの威厳はどこへやら。消え入りそうな弱々しい声で。

 あれだけざわついていた貴族たちも、今は完全に言葉を失っている。つい先刻まで何の話をしていたのだったか、それが思い出せないといった様子だ。


「彼女はユリス・ナルダーニャ。我が国が秘密裏に雇い入れていた錬金術師である」


「えっへん!」


 国王からの正式な紹介を受け、ユリスは誇らしげに胸を張る。


「秘密裏に雇っていた……? なぜ王国が錬金術師などという怪しげな輩を招き入れる必要があったのでしょうか」


「む、怪しげとは何よ。見た目の胡散臭さならあなたの方がよっぽどだと思うんですけど」


「壊滅的な被害を受けた国を復興させるには、通常のやり方では追いつかぬ。ユリスの錬金術は一流だ。復興に役立つ様々な物を作り上げてくれたのだからな。現にラフィットよ、そなたの右腕、それを作り出したのも彼女なのだぞ」


「なッ……!!」


 ラフィットには(にわ)かに信じられなかった。彼が身に付ける鋼鉄の義手には様々な仕掛けが施され、日常生活や戦闘時においても大いに役立っている。頑強さに対して異常なほど軽量な作りに感心していたが、それを年端も行かぬ小娘が鋳造したとなれば疑うのも道理だろう。


「だが、錬金術はそなたの言う様に怪しげなものと煙たがられている。治安も安定しない現在において、おおっぴらに国が錬金術師の力を借りているとは言えんのだよ」


「まったくね、錬金術は立派な学問だって言うのに」


「貴様! 陛下に対してその軽口、無礼だぞ!」


 まるで親しい友人と話すかのように振舞うユリスに対し、遂に貴族の一人が口を挟んだ。中年貴族の肥満体は、復興に励み清貧を良しとする国の中で、私腹を肥やしていることを十分に物語る醜悪さであった。だが、ユリスの態度は世が世なら不敬罪と断頭台に立たされても文句は言えぬのだから無理もない。


「よい。今はそのような些事に拘っている時ではないのだ」


「しかし……」


「よいと言っている」


「……はっ」


 王が貴族を退けると、あろうことかユリスは、不満げな肥満貴族に対してあかんべえをして見せたのだ。


「この……!」


 侮辱された肥満貴族が激高しかけたその時、別の貴族が立ちはだかり、すっと左手を広げてそれを制す。肥満体の男とは打って変わって、細身で金髪の美しい顔をした美丈夫だ。


「ニクロ閣下、今は抑えて」


「ぐぬぬぬ……」


「ここは私の顔を立てると思って。お願いいたします」


「……そなたがそこまで言うならば仕方ない。おい女! ヴェロニク卿に感謝することだな!」


 美丈夫の名はヴェロニク・フランク。爵位は男爵(バロン)で、先の肥満貴族である伯爵(アール)のニクロより下位に当たる。

 より上位の爵位を持つニクロがヴェロニクの顔を立てたのは、彼が特別視される存在であるからだ。ヴェロニクはとある特殊能力の持ち主で、更には王の娘であるハイデマリーの婚約者なのだ。


「うんうん。やっぱり美丈夫(イケメン)は話が早くていいわー」


 ユリスはわかりやすく調子に乗っていた。


騎士(サー)ラフィット、君も陛下の用意した人材に不満を漏らすなんて不敬だよ。それは陛下を信頼していないと言うことと同義だからね」


 (たお)やかな口調でヴェロニクは言った。ラフィットからすれば不満と言うより不安があっただけなのだが。しかし、彼もまたヴェロニクには恩があったため、ここは素直に従おうと決めた。


「失礼いたしました、陛下。ヴェロニク卿も、ありがとうございます」


 その落ち着いた様子から、ラフィットはヴェロニクがこの胡散臭い錬金術師のことを以前から知っていたのだろうと推察する。

 ヴェロニクは男爵でありながら、その聡明さと人徳故にラフィットとは違う方向で王からの絶大な信頼を得ていた。その信頼は、男の子宝に恵まれなかった王が唯一の娘の婚約者にと推したことからも容易に想像ができるだろう。


「うむ。では本日よりラフィットとユリスは共に行動するように。アンベルスの6人の動向を注視し、動きがあれば追って指示を出そう」


「仰せのままに」


「オッケー」


 ユリスは最後まで軽い口調のまま、ラフィットと共に謁見の間を後にした。破壊された扉を修繕させられる不幸者は誰なのか、ラフィットはそのことが少しだけ気がかりだった。


「はぁ、私ああいう堅苦しい場って苦手なんだよね。肩凝っちゃった」


 両手の指を組んで背伸びをしながらラフィットに語り掛けるユリス。その発言にラフィットは呆れかえる。


「お前、あれのどこに肩が凝る要素があったんだ」


「えー、だって皆変な目で私を見るしさ。太っちょは偉そうだし。なーにが『感謝することだな!』よ、って感じ。王様もいつになくピリピリしてるし。そりゃ肩ぐらい凝るよ」


「お前……」


「あと、ちゃんと名前で呼んでよね。私にはユリスっていう可愛い可愛い名前があるんだから。親しみを込めてユリちゃんでいいよ」


「そうか。まぁ、何にしてもこれからは行動を共にするんだ。よろしく頼むぞ、ユリス」


「あれ、ラフィットって人の話聞かない系?」


「それにしても、同行者が女と言うのは少し厄介だな。宿を取るにもひと手間増える」


「もしもーし。聞こえてますかー? もしもーし」


 謁見の間から続く城の階段を降りると、そこには一人の女性が二人を待っていた。その腰まで伸びたプラチナブロンドの髪は、朝日を浴びた小川の様に輝いている。それだけではない。吸い込まれそうな大きな瞳、程よい厚みがありながらも小鳥のくちばしの様に愛らしい唇、無垢なガラスの様に透き通る白い肌、形作るすべての要素が神に愛された結果だと言わんばかりの美しさ。絶世の美女とは、まさに彼女のためにあるような言葉だ。


 その人物こそジェンベール王国唯一の王位継承権所持者、次期女王となるハイデマリー王女、その人である。


「殿下! なぜこのような所に!」


「うわ、あれが王女様か~。むむ、私よりちょっとだけ可愛いかも……いや、そんなことは……」


 ユリスの戯言を受け流しながら、優雅な微笑みでハイデマリーはラフィット達との距離を詰める。そして、鈴が鳴るような澄んだ声で語り掛けた。


「父から話は聞いています。どうか、旅立ちの(とも)にこれをお持ちください」


「これは……」


 ハイデマリーの細く小さな手に握られていたのは小ぶりなロザリオ。銀製の一見シンプルな物に見えるが、よく見ると細かな紋様が彫られていて非常に手が込んでいる。十字の中央に取り付けられた小さな蒼玉も、おそらく貴重な宝石なのだろう。


「これは母の形見です。ジェンベールの国を守るようにと祈りが込められ、代々受け継がれてきた物。きっとあなたたちの旅路にも、大いなる祝福をもたらしてくれるでしょう」


「そんな、受け取れません! そのような大切な物」


「ラフィ、是非持って行ってくれ。これは私からのお願いでもあるんだ」


 ラフィットをあだ名で呼びながら、後ろから声を掛けてきたのはヴェロニクだった。その姿を見て、ハイデマリーは親しげに笑みを湛えた。


()()()()()()()()、そのロザリオに複雑で強力な加護の術式が組み込まれていることは確かだ。災厄に対して絶大な効果が保証できる。今回の王命の危険度はこれまでとは比べ物にならないからね。私は友人を失いたくないのだよ。それとも、私の目利きでは信用できないかな?」


「ニッ……ヴェロニク卿。何をおっしゃいますか。他でもないあなたがそう言うのであれば、そのロザリオの効果を疑うものなどおりません」


「はっはっは。昔の様にニックと気安く呼んでくれ。敬語も不要だ。他の貴族もいないのに、卿などと呼ばれるのは気持ちの良いものではないからね」


「他の貴族もって……殿下の前だぞ」


「よいのです。ヴェロニクの友人であるあなたは、(わらわ)にとっても友人ですから」


「へー、お姫様って案外話のわかる人なんだね。今度私にもこの人に負けないくらいの美丈夫(イケメン)を紹介して欲しいな。ねぇ、貴族の息子とかで良い人いないかな?」


「うふふ、ヴェロニク以上の美丈夫(イケメン)がこの国に何人いるかわかりませんが、善処させていただきましょう」


「やった! ありがとうお姫様!」


「おい、さすがに口の利き方が気安すぎるぞ」


 ハイデマリーは今年で16歳になる。年頃で言えばユリスと大差ないのだが、笑顔で語り合うその姿は随分年の離れた姉妹のようであった。無論、ユリスが妹側である。


「それにしても、本当によろしいのですか? これは母君の形見なのでしょう?」


「えぇ。愛する人の友人を守ってくれるのであれば、それに勝るものはありません。それに、あなた方が無事に戻ってきてくれさえすれば、その時に返してもらえるのですから」


「確かに、おっしゃる通りですね」


「城への門戸はいつでも入れるように手配しておく。何かあったらすぐに私たちを頼ってくれ。私たちは、いつでも君たちの味方だ」


 笑顔で手を振るヴェロニクとハイデマリー。その姿は高名な画家が残した傑作の様に、実に絵になる光景であった。


「さてと。ねぇ、これからどうするの?」


「無計画でついてきたのか? ……まぁいい。まずはお互い何ができるのかを確認しておく必要があるだろう。はっきり言って、俺は錬金術というものをほとんど知らない。おま……ユリスにできることがわからなければ、策の練り様が無いからな」


「お、錬金術に興味ある? 興味あるんだね? しょうがないなぁ。それじゃあユリス先生が特別レッスンしてあげるよ。報酬はお昼ご飯でね」


「さて、ここから一番近い食堂は……サンディの店かな」


「やっぱりラフィットって、人の話聞かない系だよね」

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