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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第二章 勇者たちの思惑
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23話 正義の心が軋む時

「あの強盗団は素人だ」


 ユリスとマーティンに作戦を伝える際、ラフィットは開口一番そう言った。


「素人?」


「あぁ。手慣れた奴らが馬車を襲うなら、まずは馬を狙って客車を倒す。中の人間に用があるなら、無理やり引き摺り出せばいい。わざわざ前に立ちはだかって、ご丁寧に『降りてこい』なんて言わないんだよ。一番手っ取り早い方法は、御者も乗客も全員殺して、後から荷物を奪うことだからな」


 金品を奪った相手に逃げられれば、確実に憲兵に通報されてしまう。貴族を襲った場合、その報復も苛烈なものになるだろう。そのため、強盗団にとって襲う相手を生かしておく理由は無い。相手に逃げられるのを防ぐためにも、足となる馬を最初に狙うのがセオリーなのだ。


「俺たちが降伏した素振りを見せれば、すぐに危害を加えてくることは無いだろう」


「でも、そんな情報だけで相手を素人だって決めつけちゃって良いの?」


「俺があいつらを一度だけ挑発する。その反応で最終判断だ。素人なら、なお脅迫を続けようとするだろう。そうでないなら、すぐに殺しにかかってくるさ」


「そんなのラフィット様が危険すぎます!」


 マーティンが興奮した様子で立ち上がる。


「声が大きい」


「す、すみません……」


「安心してくれ。相手に殺意があるかどうかくらいわかる。それとも、俺のことが信じられないか?」


 優しげな顔で問いかけるラフィットに、マーティンはぶんぶんと首を横に振って答える。


(ラフィットのこういう顔、わざとらしくてちょっと気持ち悪いな~)


 ユリスは頭の中で呟いた。


「でも、素人か玄人かなんて、判別してどうするの?」


「素人なら捕縛する。そうでないなら、私掠命人の権限を以って奴らを殺す。そのための判別だ」


 相手の命を奪うことに躊躇いが無いということは、すでに経験があるということ。そうであれば、処刑の対象になるということだ。


(……どうか相手が素人さんでありますように)


「俺が挑発した後、ユリスに合図を出す。そうしたら、煙玉を使ってくれ」


「うん、わかった。その後は?」


超即席瞬間接合材(インスタント・グルー)とかいう物があっただろう。あれを使って強盗どもの動きを封じる。その間にユリスは客車の下にでも隠れていろ。マーティン、君は少し距離を取って煙幕が晴れるまで敵の様子を探ってくれ」


「なるほど! ……って、煙幕の中じゃこっちからも相手が見えなくなっちゃうじゃん。それに、超即席瞬間接合材(インスタント・グルー)は今6つしか用意が無いよ。敵は8人いるのに」


「動ける相手がふたりだけなら何とかなるさ。視界に関しては、事前に相手の位置を把握しておけば問題無い。予想外の出来事が起きた時、人間ってのは一瞬硬直して動けなくなるものだからな」


 馬車の中でのやり取りを思い出しながら、曲刀を抜いたマーティンはラフィットの観察眼に驚きを禁じ得なかった。


(あの一瞬でここまで的確に状況を分析できるなんて、やっぱりラフィット様はすごい!)


 それと同時に、マーティンの心に強い使命感が燃え滾る。


(唯一の誤算は、相手がひとり多かったこと。少しでもラフィット様の負担を減らすために、ひとりは僕が仕留めなきゃ!)


「逃がすんじゃねぇ! 動ける奴はあいつらをとっ捕まえろ!」


 この期に及んで相手を「殺せ」と言わない強盗団の発言を受けて、客車の下に潜り込み様子をうかがっていたユリスは安堵していた。


(これは間違いなく素人さん! それなら、ラフィットも相手を殺そうとはしないよね)


「ガハッ! ……く……そ……」


「おい! どうした!」


 混乱の声が飛び交う合間を縫うように、鈍い音とともに誰かの悶絶する声が聞こえてくる。


(ラフィット様だ! この煙幕の中でも的確に相手を仕留めているのか。でも……)


 徐々に薄れていく煙幕の中、マーティンは超即席瞬間接合材(インスタント・グルー)を食らっていない男を視界の端に捉えた。


(ラフィット様は、僕が考えていたより甘い人だった)


 深呼吸をして、意識を集中させるマーティン。


(いかづち)よ、我が身を(はし)れ」


 そう呟くと同時に、パチッと微かな音を立てて体内を電流が駆け巡っていく。


「ぐわぁああッ!」


 ラフィットが2人目を倒し、すぐ傍にいた3人目を見据えたその時、10メートルほど離れた場所で曲刀を構えたマーティンと目が合った。それと同時に、ラフィットの背筋に強烈な悪寒が走る。


「まずいッ!」


「はぁああああッ!!」


 咆哮と共に、強盗に向かって突進するマーティン。10メートルもの距離を一足飛びで、そして凄まじい速度で一瞬のうちに詰めていく。


 ガキンッ!


 鳴り響く金属音。晴れていく煙幕。その時馬車の下に隠れていたユリスが見たものは、マーティンの二振りの曲刀を、ラフィットが剣と鋼鉄の義手で受け止めている光景だった。


(何でマーティン君とラフィットが!?)


「なぜ止めるんです! ラフィット様!」


「お前こそ、一体何をするつもりだった。言ったはずだぞ、相手が素人だとわかったら『捕縛』するんだと」


 ラフィットの額には汗が滲み、ユリスの目から見てもわかるほど余裕が失われていた。以前にベッキオと相対した時も、見せなかった焦りの表情だ。


「あ、あわわわわ……」


 剣を交えたふたりの横で、強盗団の男は腰を抜かしてへたり込んでいた。


「こいつらは強盗ですよ!? 悪なんだ! いずれ必ず人を殺すようになる! そんな相手を生かしておいてどうするんですか!」


 マーティンは先ほどまでの爽やかな印象から一変。犬歯を剥き出しにし、溢れ出る殺意を隠そうともしない。その姿は獣の様だった。


「それを決めるのはお前じゃない。ジェンベールの法だ。私掠命人の権限を持たないお前がそいつを殺せば、それはただの殺人になる」


 ラフィットは受け止めた曲刀を押し返しながら、諭すように語り掛ける。だが、それでおとなしく引き下がってくれる状況ではない。


(こいつは……なるほど、勇者たちが誘いをかける人物の基準がわかってきたぞ)


「そこをどいてください! そいつは、今この場で始末しなければ駄目なんだ!」


 バックステップで距離を取ったマーティンは、右手の曲刀をラフィットに向けた。


「どかなければどうする」


「あなたを倒してでも……」


「俺は、お前が裁きを下したいと思うような犯罪者か?」


「ッ! ……それは……」


 真っすぐに見据えたラフィットから、マーティンは一瞬だけ目を逸らす。その瞬間をラフィットは見逃さなかった。


「ふんッ!」


「ぐ……はぁ……」


 腰を抜かしていた男の顎に鉄拳一閃。男は白目を剥いて気を失った。


「あ……」


 呆けた声を出すマーティン。強盗を倒したラフィットは、振り返ってゆっくりと彼に近づいた。そして肩に手を置いて、優しく語り掛けた。


「マーティン、君は俺によく似ている。悪を許せないと思う気持ち、生かしておいても仕方ないという考え、どちらにも共感するよ。俺だって、本心ではそう思っている」


「ならどうして……」


「気持ちはわかる。だが、君がその思いのままに犯罪者を殺してしまえば、今度は君が犯罪者になってしまう。それがジェンベール王国の法だ。俺は君を殺したいとは思わないが、殺人を犯した人物とあれば、私掠命人としてそうせざるを得なくなる」


「……」


 マーティンは反論しなかった。そしてラフィットは、あえてマーティンに過去を尋ねることはしなかった。


『過去に人を殺したことがあるか』


 マーティンがこの問いにイエスと答えた場合、ラフィットは彼と戦わなければならない。それを避けたいという言葉は、心からの本音だ。それは、彼に共感したからという理由ではなかったが。


「君の正義感は否定しない。だけど、それはとても危ういものであるということも自覚してくれ。些細なきっかけで、君の正義感は人を恐怖に陥れるかもしれないんだ」


「……すみません、感情が昂ってしまいました」


(何かよくわかんないけど、とりあえず一安心ってことでいいのかな?)


 ユリスが恐る恐る客車の下から這い出して来る。それを横目に見たラフィットは、マーティンに背を向けて指示を出した。


「ユリス! 強盗どもを縛りあげるぞ! お前も手伝え!」


「う、うん! わかった」


 ラフィットによって気絶させられた者はユリスが、超即席瞬間接合材(インスタント・グルー)によって身動きが取れなくなった者はラフィットが、それぞれ縄で拘束していく。先ほどのラフィットとマーティンのやり取りを見ていたからか、意識のある強盗たちも抵抗することはなかった。


 その様子を、マーティンは気落ちした様子でただ眺めていた。


「これでよし……と」


「あの……」


 9人全員の拘束を終えると、マーティンの方から声を掛けてきた。


「ラフィット様」


「何だ?」


「ここまで相乗りさせていただきありがとうございました。ここからは、僕ひとりでアンベルスへと向かいたいと思います。もうメイゼルの街まで歩いてすぐの場所ですし、そこで改めて馬車を探しますので」


「……そうか」


「勝手を言って申し訳ありません……」


(まぁ、気まずくもなるよな)


 マーティンは元々、徒歩でアンベルスへと向かおうとしていた。ラフィットたちの馬車に相乗りしたのは偶然である。メイゼルの街で馬車を探すくらいなら、自分の住む街からそうすれば良かったはずだ。

 つまり、彼はこれ以上ラフィットたちと一緒にはいたくないと、そう言っているのだ。


「え、マーティン君ひとりで行っちゃうの!? 目的地は同じなんだからさ、一緒に行こうよ!」


「ユリスさん……」


「ユリス、彼には彼の考えがあるんだ。我儘を言って困らせるんじゃない」


「……はぁい」


 マーティンはバツの悪そうな笑顔を残し、頭を下げてその場から立ち去った。


 ユリスからすれば、同年代の友人になり得たかもしれない相手。だが、彼の意見を尊重することを拒みはしなかった。直接剣を交えた者同士にしかわからないことがあると、彼女なりに理解していたのだ。


 去り行く青年を見送りながら、ユリスはそっと呟く。


「行っちゃったね」


「寂しいのか?」


「そりゃまぁ、少しは」


「情が移る前に別れられたのは幸いだったな」


「またそういうこと言うんだから」


「……事実を言ったまでだ。あいつの強さは本物だ。敵になるなら、情けをかけている余裕なんて無い」


「え、そんなに?」


 ほんの僅かな時間ではあるが、ラフィットはマーティンと対峙し、その実力を肌で感じ取っていた。攻撃を受け止めた腕は、今も痺れが収まらない。


「何らかの魔術を使っていたようだが……身体強化魔術(マスキュルス)か? それにしては効果が瞬間的すぎる気がするが……」


「魔術使いの剣士……勇者と同じだね。アンベルスの6人以外にもそんな手ごわい相手が敵に回ったら……」


「まったく、厄介極まりない。まぁ、あんな奴がそう何人もいるとは思えないがな」


「ねぇ、この件ってお城に報告入れておいた方がいいよね」


「そうだな。頼むぞ、ユリス」


「任せといて」


 ユリスはマーティンという青年のこと、そして馬車を襲撃してきた強盗を捕縛していることを手紙にしたためた。強盗どもの後処理を憲兵に依頼することも忘れずに。


「おいで、ジル!」


 ユリスが指を伸ばすと、空間の隙間からハイデマリーの召喚獣である燕のジルが飛び出す。その脚に手紙を結び付けると、ジルは軽やかに飛び立ち、あっという間に見えなくなってしまった。


 思いがけない強者との邂逅。それはラフィットたちの旅路に、暗い影を落とすことになるのであろうか。

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