21話 好青年は旅の道ずれ
馬車はアンベルスへ向かって進み始めた。人の脚では2日かかる道のりも、馬車であれば1日で辿り着くことができる。
「お客さんたち、アンベルスに行くのは初めてかい?」
馬車にユリスが突き刺さった少し後、落ち着きを取り戻した御者がラフィット達に語り掛けた。
「俺は初めてだな。ユリスは……あるわけないか」
「む、それどういう意味?」
「普段は引き篭もってるんだろう?」
「酷い偏見! 錬金術師は素材を探すためにアクティブに外出しまくるんですけど。研究と探索、この二つをしっかりと両立してこそ、一流の錬金術師なのです」
「おい! 錬金術師だってことは……」
「あ、やば」
国が錬金術師に依頼していることは大っぴらにできない。それを知っているはずなのに、ユリスは嬉々として自らが何者かを話してしまった。
「あはははは! なかなか愉快なお嬢ちゃんだ。あっしも長いことこの仕事をやってますがねぇ、錬金術師ってのを乗せるのは初めてなんですよ。いやぁ、もっと陰湿な連中かと思ってやしたがね」
だが、御者は錬金術師という存在にそこまで悪い先入観を抱いていないようだった。これはふたりにとって幸いだったと言えよう。
「本当、何でみんな揃いも揃ってそう言うんだろう」
「……文句なら先駆者たちに言うんだな。で、ユリスはアンベルスに行ったことはあるのか」
「無いけど」
「一流の錬金術師様とあろうものが、情けないな」
「ラフィットだって行ったことないんでしょうが!」
二人のやりとりに笑いながら、御者は話を続けた。
「アンベルスに行くんなら定番の大鐘楼も良いが、ルクト広場は行っておいた方がいいですぜ。勇者たちの功績を讃えて作られた『ドーリス像』や『マリナの噴水』は最高の職人の手による傑作だ。高台から見えるシェルデ川の景観も最高ですしね。あとは広場の近くで売っている、名物のアンベルセ・ハンチェ! 手の形をした奇妙な菓子なんですがね、こいつが美味いのなんのって!」
アンベルスは元々農業を主体とした素朴な町であったが、今では勇者生誕の聖地として人気の観光スポットになっている。その中でも特に人気が高いのが、荘厳な建築様式が見事なゲント大鐘楼と、美しい景観を持つルクト広場だ。
「俺たちは観光に行くわけじゃ……」
「行ってみたーい! お菓子も食べてみたいし、用事が終わったら一緒に行こうよ! ね、いいでしょ?」
「……そんな余裕があるとは思えないが」
「えー? そんなこと無いでしょ。って、あ」
ユリスのお腹が、ぐぅと音を立てた。
「お腹空いた……」
「起きるのが遅いから朝食を食べそこなうんだぞ」
「だからそれはラフィットが……! って、今さら言ってもしょうがないか。ねぇ御者さん、このあたりにご飯が食べれる場所は無いの?」
「もう少し進めばメイゼルの街に着きますぜ。そこなら食堂もたくさん……おや?」
前方に何かを発見し、御者は手綱を引いて馬を止めた。
「どうした」
「相乗り希望のお客さんがいるんですが、どうしやすか?」
ラフィットが客車の窓から顔を出すと、馬車の前方に若い男が手を上げて立っていた。ユリスに負けないほどの大荷物を抱えて、随分と疲れた顔をしている。
「……悪いが、この旅ではあまり他人と関わりたくないんだ。相乗りは断ってくれ」
「わかりやし……」
「ちょっと待って!」
御者が馬を走らせようとした直前、ユリスが割って入った。
「あの人、乗せてあげようよ。見たところ、なかなかの美丈夫みたいだしさ」
「お前なぁ……」
「別にいいじゃん。馬車の相乗りくらい。そうだ、相乗りの料金を貰えばいいんだよ! そうしたら私たちにも得があるでしょう?」
「そういう問題じゃないだろ。もう目的を忘れたのか? 俺たちの行動は、できるだけ知られない方が都合が良いんだよ」
「大丈夫だって。美丈夫に悪い奴はいない! ってね」
「何を言って……って、おい!」
ラフィットの言葉も聞かず、ユリスは馬車を飛び降りた。そして馬車の前に立っていた青年と何やら話しをしたかと思うと、そのまま客車まで連れてきてしまった。
「いやぁ、助かりました。僕もアンベルスに行く途中だったんですが、徒歩だとやはり遠くって。なかなか相乗りさせてくれる馬車もいなくて、参っていたんです」
挨拶をしたその若者は、絵に描いたような好青年であった。
ラフィットはまだ彼の乗車を許可したわけではなかった。だが、安堵の表情を浮かべる青年の相乗りを無碍に断ることもできない。なぜなら、ラフィット達がアンベルスに向かっている理由は機密事項だからだ。
王命で向かっていることを明かすことができれば、それを理由に一般人の乗車を拒否することもできるが、この場ではそうもいかない。国民の味方たる王国の騎士という立場も、ラフィットに強硬な態度を取らせることを許さなかった。
「……アンベルスへは観光で?」
「いえ、観光とは違うのですが……大事な用がありまして」
「その大事な用って言うのは……」
「彼、マーティンって言うんだって! 旅は道ずれって言うじゃない? 行き先が同じだなんて、これは運命ってやつじゃないのかな!」
「ユリス、お前には後で話がある。少し黙っていろ」
凄むラフィットを見て、マーティンは苦笑いを浮かべていた。
(うわぁ、これは明らかに歓迎されていないな……)
しかし、マーティンには多少の居心地の悪さを耐えてでも、一刻も早くアンベルスに辿り着きたい理由があった。それは彼にとって、他のどんなことよりも優先されるものだった。
「何でそんなに怒ってるの?」
「お前がその理由を理解していないからだ」
「もしかして美丈夫に嫉妬してる?」
ラフィットは無言で義手をボウガンに変形させ、猛毒の矢を番えた。
「ちょっと待って! それ洒落にならないやつ!」
「あ、あの!」
鬼気迫る状況の中、マーティンは恐る恐るふたりに語り掛けた。
「あなたは、もしかしてラフィット様ではありませんか?」
その言葉に、ラフィットは警戒を強めた。
「なぜ俺の名を知っている?」
ラフィットは王国の騎士ではあるが、個人の名前を公表しているわけではない。一般市民が知っているとしたら、『鎧手』の通り名だ。だが、それを知っているのは悪党連中のはずである。
「す、すみません! 不躾な質問をお許しください。ただ、僕にとって『鎧手のラフィット』は畏敬の対象なんです。憧れの存在を前にして、昂る気持ちが抑えられません!」
そう言って、マーティンはラフィットの鉄の右手を握る。番えた矢尻が掠りでもしたら大事に至る軽率な行動だ。だが、そんなことは気にする素振りも無い。目はらんらんと輝き、真っすぐにラフィットを見つめている。
予想外のマーティンの行動に、ラフィットも反応が遅れてしまった。
「ラフィットが憧れの存在?」
ユリスは自分よりもラフィットに対して憧憬の念を向けるマーティンに、少しばかりのやりきれなさを感じていた。この美丈夫を連れてきたのは自分なのに、と。
「ええ、そうですとも! 悪を断罪する鎧手のラフィット。勇者様と同じくらい、僕にとってその生き様は理想なんです!」
そう語るマーティンは、まるで正義の味方に憧れる少年のように純粋な瞳をしていた。だが、ラフィットはその言葉に苦々しい思いを感じていた。
「俺は……君のような将来ある若者に憧れられるような存在じゃないさ。ましてや勇者と比較されるなんて」
「いいえ、そんなことはありません。僕はあなたに共感しています。徹底的に悪を憎む姿勢、そのために汚れ役さえ厭わないという自己犠牲の心、それを実現するための強さ! あなたは正義の体現者だ。きっと勇者様も……」
そこまで言いかけて、マーティンはあることに気が付いた。
「もしかして、ラフィット様たちがアンベルスに向かうのも、勇者様に呼ばれたからではないですか?」




