20話 旅立ちの朝に
「起きろ。いつまで寝ているつもりだ」
「痛ったぁい!」
よく晴れた爽やかな朝。ユリスはベッドから蹴り落とされ、床に尻を打ち付けて悶絶した。
「起こし方! もうちょい他にあるでしょ!?」
「さっさと顔を洗って準備をしろ。言っておくが、朝飯を食う時間はもう無いからな」
「また人の話を……って、えぇぇええ! 朝ごはん抜きってどういうこと!?」
「俺はちゃんと起こしたぞ。さっさと起きないお前が悪い」
「起きれなかったのは昨晩ラフィットが寝かしてくれなかったからでしょ!?」
ユリスがそう叫んだのと同時に、部屋の扉が開かれた。そしてそこに立っていたのは、ヴェロニクであった。
「馬車が来たので知らせに来たんだが……邪魔をしてしまったかな?」
からかう様な笑顔で、ヴェロニクは二人に声をかけた。
「ヴェロニク卿、おはようございます。妙な勘繰りはよしていただきたい」
「はっはっは! 他に誰もいない時はニックで良いと言ったじゃないか。それに、パートナーと仲が良いのは悪いことだとは思わないけどね」
ユリスは二人が何を話しているのかいまいち理解できず、ポカンと口を開けていた。どう見ても言い争っているようにしか見えなかったはずなのに、どうして仲が良いと思ったのだろうか、と。
「やましいことが無いのなら、否定する必要もないだろう」
彼女が昨日眠れなかった理由は、錬金術についてラフィットに質問攻めにされたからだ。当初は張り切って質問に答えていたユリスであったが、夜更けを過ぎて小鳥がさえずる時間まで質問攻めが続くとは思っていなかった。
そのことに辟易こそすれ、やましい理由など何一つ存在しない。が、ようやくヴェロニクの言わんとしていることの意味を理解した。
「ちょ……」
「ニック、冗談でもそれ以上はやめてくれ」
ユリスが抗議するよりも先に、ラフィットが強い口調でヴェロニクを止めた
「あぁ、そうだね。すまなかった。冗談が過ぎたよ。君には……おっと、それより馬車が来ているのは本当だ。準備を急いだほうがいい」
ラフィットが窓から外を見ると、ヴェロニクの言う通り煌びやかな装飾のされた馬車がすでに到着していた。
(もっと地味で目立たないやつは無かったのか……)
目立つことを嫌うラフィットは頭の中で舌打ちをする。国王が直々に手配したと聞いているので、それを口には出さなかったが。
「行くぞ、ユリス」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
「何をしている。早く着替えろ」
「あんた達がいるから着替えられないんでしょうが!」
ベッドの枕を投げつけると、男二人はようやく部屋を出た。ユリスにも、一応人並みの羞恥心というものが備わっているのだ。
「まったく……」
しかし時間が無いのもまた事実。ユリスは大急ぎで着替えを済ませ、顔を洗った。朝食を食べていないため気力は不足していたが、最低限の準備を整え、扉を開ける。
「準備できたよ! さぁ、行こうか!」
しかし、勢いよく開いた扉の先にはヴェロニクしかいなかった。
「ラフィなら先に行ってしまったよ」
「あの野郎!」
大きな鞄を背負ったユリスがドタドタと階段を降りていく姿を、ヴェロニクは穏やかな笑顔で見送る。
「我が友の進む道程に、どうか神の祝福がありますように」
胸の前で十字を切り、祈りを捧げるヴェロニク。それを知らないユリスは、すでに走り始めた馬車を追いかけていた。
「そこの馬車―ッ! 止まって! 止まってってば! 止まれぇえーッ!! ってゆーか、マジで何なの!?」
ユリスの絶叫を耳にした御者が、車内のラフィットに尋ねる。
「お客さん、どうしやす?」
「かまわない。このまま走らせてくれ」
「しかし……」
御者が心配そうに後ろを振り返ると、そこには憤怒の化身となったユリスが今まさに客車へと飛び掛かろうとしている所だった。
「こんにゃろー!」
「うわッ!」
御者は思わず手綱を引き、馬が前足を上げて立ち上がる。そのタイミングで、ラフィットは客車の扉を開けた。
「へぶしッ!」
急ブレーキをかけるかたちになった客車の中に、ユリスは頭から突っ込んでいく。そして顔面を座席部分に強打した。
「思ったより速く走れるじゃないか。その荷物を担いでそれなら上出来だ」
「……わだじ、ラフィットがピンチになっても絶対助けないから」
最後にそう言い残し、ユリスは力尽きた。




