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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第六章 混ざり合うもの
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184話 溺れる者

 態度を軟化させたアイニスの様子を見て、ドーリスは安堵した表情を浮かべた。


「ありがとう。それじゃあ改めて話をさせていただきます」


 頷くラフィットとアイニス。


「ふたりとも、ウォルターさんの特異体質についてはご存知ですよね? 毒や呪いを一切受け付けない、天性の肉体について」


「あぁ」


 ジェーンによって、ウォルター自信も自覚していなかった瞳力(ドゥリ)によるものだと判明した特異体質。今はラフィットとアイニスもその力を受け継いでいる。


「さっきはウォルターさんが裏切ったと言ったけれど、正確には違います。僕の推測が正しければ、最初からウォルターさんだけは何者かの干渉を受けて(・・・・・・)いなかった(・・・・・)はずなんだ。だから彼だけが正気のまま、狂気に駆られた僕たちを止めるために奔走していたんだと思う」


「……それが証拠だと言うのですか? ただの憶測ではありませんか!」


 アイニスは納得できないという様子で勇者を睨みつける。


「……」


 勇者の話した内容は、証拠と言うには余りにも根拠が乏しい内容だった。だが、ラフィットは以前にジェーンの工房でウォルターからそのことを裏付けるような話を聞いていた。


『少なくとも、あそこまで融通の利かないことを言い出す男ではなかった。だから、ワシにもなぜドーリスが突然あんなことを言い出したのかはわからんのだが……』


 ウォルターはドーリスの豹変に困惑している様子だった。そして、その変化に予兆は無かったとも語っていたのだ。


「ひとつ、聞かせてくれ」


「何でしょうか」


「その『何者かによる干渉』ってのは、ウォルター以外のアンベルスの6人全員が受けていたものなのか?」


「それは……」


 ドーリスは言葉を詰まらせた。だが、何かを決意するように口を開いた。


「間違いありません」


「ふん、それもただの憶測でしょう。証拠などどこにもありはしないというのに」


 アイニスは皮肉を込めて突っかかった。だが、ドーリスは先ほどのように口ごもることなくすぐさま反論した。


「憶測じゃないさ。これは確信です。僕らの仲間の誰ひとりとして、裁定の剣を正義とは認めない。それは絶対に間違いないことなんだ。だからウォルターさんは命を賭してまで僕らを止めようとしたんだ。僕らが正しい道に戻れると信じてくれたから……」


「く……」


 そこでウォルターの名を出されてしまえば、アイニスは黙る他に無い。


「あなたはどう思いますか? 僕の発言は根拠の無い妄言だと?」


 先ほどとは逆に、今度はドーリスがラフィットに問いかける。その視線は真っ直ぐで、覚悟を問いかけているようにも見えた。


「……言ったはずだ。俺はお前を信用すると」


「ラフィット様!」


 大して悩む素振りも見せないラフィットに対して、アイニスはまだ納得がいかない様子だった。彼女とてドーリスの言っていることが理解できないわけではない。だがウォルターの死の原因である人物の言葉を、簡単には受け入れられなかったのだ。


「ありがとう。貴方ならそう言ってくれると思っていました」


 そこでドーリスはにこやかにラフィットに握手を求めた。だが、ラフィットは差し出されて手を払って拒否する。


「……勘違いするなよ」


「あの……」


「そう言えばまだ直接伝えてはいなかったな」


 戸惑うドーリスに対し、ラフィットは厳しい視線を向ける。


「俺の故郷はルガルトだ」


「…………ッ!」


 ドーリスは驚きの表情を見せた後、これまでの会話では決して見せなかった、自責の念に苛まれたような表情を浮かべた。実際、彼の心情としてはその表情の通りだったのだろう。


「そう……でしたか……」


「私掠命人としての立場から言えば、お前が大量殺人を犯した大罪人だって認識に変わりない。それに俺個人として言えば、お前は愛する家族を殺した(かたき)だ。だからどう転んだところで、俺がお前に心を許すことは無いんだよ」


「……」


 それまでは緊迫した場面でもどこか余裕を感じさせていたドーリスだったが、ラフィットの告白には押し黙る他無かった。


(……ウォルターの言っていたことは間違っていなかったみたいだな)


 その様子を見て、ラフィットは勇者たちがルガルトの災禍に対して深く負い目を感じていると語ったウォルターの言葉に確信を持った。

 勇者たちが自らの意志で実行した虐殺ではあるが、世界を救うため他に手段が無かったことも事実。そのことに対して当事者が負い目を感じているかどうかは、本人と直接言葉を交わすまでどうしても信じきれなかったのだ。


 ラフィットの中にある(わだかま)りが僅かに解けていく。だが、心の底から勇者たちを許すことはできない。憎しみの炎は今もなお燻り続けている。妻子の断末魔を忘れることなどできるはずもないのだから。


 それでも彼は冷静であれと自らに言い聞かせた。ここで勇者を責め立てたところで、今起きている事態の解決には何も結びつかないことを理解していた。


「……だが、今はお前の力が必要だ。俺にはユリ……マリナがどこへ行ってしまったのか見当もつかないが、お前は違うんだろ?」


 ドーリスは当初から「時間が無い」と口にするわりには悠長に話をしていた。もしマリナの行方に心当たりが無いのなら、飛び去って行くマリナを見かけた時点でなりふり構わず後を追うはずである。

 そうせずにラフィットたちとの対話を優先したということは、マリナの行く先がわかっているか、少なくとも心当たりがあるのだろうとラフィットは予想していた。


「……はい。あなたの言う通り、マリナの行方には心当たりがあります。本当なら、今すぐにでも迎えに行って彼女を抱きしめたい。でも……きっと僕だけじゃ今の彼女を慰められない。だからあなたたちに声を掛けさせていただきました」


「どうして……」


 ラフィットは思わず口走りそうになった言葉を呑み込んで、一度咳払いをした後にもう一度話し始める。


「どうしてそう思う」


「……ルガルトの災禍において、一番心を痛めていたのがマリナだったから。彼女は自らの手で人々を焼き殺したことをずっと後悔していたんですよ。毎晩悪夢にうなされて、悪夢だとわかっていながら『ごめんなさい』と謝り続けて、毎朝泣き腫らした顔で目覚めるほどには」


「……」


「もう二度と自分の手で誰かを傷つけたくない。悪夢を見るたび、それ以外の時だって、彼女は常々そう言っていたんだ。それなのに……僕は彼女にまた償い切れない罪を着せてしまった。だから僕の言葉だけじゃ、きっともう彼女の心を救えない……」


 例え何者かの干渉を受け、自らの意志とは反していたとしても、マリナが裁定の剣として罪人を私的に処刑し続けていたことは紛れもない事実。ただでさえルガルトの災禍に責任を感じていたマリナが、ドーリスと同じように「目覚めた」のだとしたら、彼女が抱える罪の意識は途方もないものになるだろう。


(だからと言って……)


 だが、そんなマリナに対してラフィットたちが何をできるわけでもないだろう。慰めの言葉も持ち合わせていない。ラフィットはそのことを言いかけて、引っ込めた。きっと、ドーリス自身そんなことはわかりきっているだろうから。そして、平静を装ってはいるが、藁をも掴む気持ちであることがわかったから。


「……わかった。とにかく、今はユ……マリナを見つけることが最優先だってことは俺たちも同じだ。居場所に心当たりがあるんなら、すぐに案内してくれ」


 今のマリナはユリスでもある。先のやり取りでも精神的に不安定であることは明らかだった。現状を少しでも良い方向へ進めるため、勇者との強力は必須。


 ラフィットは心の奥に少しの燻りを漢字ながらも、ドーリスの先導を促した。ドーリスもまた、安堵した表情で頷いた。


「それじゃあ、ふたりとも僕にしっかりとしがみついてください」


「しがみつく?」


「振り落とされれば、最悪死にますから」


 ドーリスはラフィットとアイニスふたりの手を掴むと、自分の体にその腕を巻き付けた。


「ちょ……一体何をするつもりなのです!?」


「お前、まさか……」


 戸惑うふたりを無視するかのように、ドーリスはふたりを抱えて軽くジャンプする。


迅雷風烈(レヴィン)!」


 次の瞬間、ドーリスたちの足元を雷が駆け抜ける。


「ッ……ッッー……ーッ!!!」


 経験したことの無い加速に声を上げることもできぬまま、三人を乗せた稲光は瞬く間に東の空へと消えていった。

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