182話 勇者の目覚め
「貴女の名前、アイニスさんと言いましたか」
宿を出てから暫くの間、無言のまま歩き続けていたドーリスの口から出たのは意外な問いだった。
「えぇ、私の名が何か」
相手を呪い殺しそうなほど鋭い目つきで、アイニスはドーリスを睨みつけながらぶっきらぼうに答える。ドーリスは苦笑いをしながら、しかし真剣な面持ちで問いを続けた。
「……ここに来る前、僕はウォルターさんとヴァンさんのお墓を見つけました。瀕死の重傷を負ったビッケルさんも。あそこで何があったのか、聞かせて欲しいんです」
ドーリスの声は微かに揺れていた。平静を装ってはいるが、突然突きつけられた仲間の死を受け入れることは簡単ではないはずだ。
「……どうしてそんなことを私に聞くのです?」
「だって、ウォルターさんとヴァンさんを丁重に埋葬してくれたのは貴女ですよね? ビッケルさんに応急処置を施してくれたのも」
アイニスの足が止まる。それはラフィットも知らない事実だった。
「申し訳ないけど、一度埋葬されていた場所を暴かせていただきました。あのふたりが死んだなんて、最初は信じられなくて……」
そう言って目を伏せたドーリスを、アイニスは責めなかった。
「ビッケルさんは裁定の剣の仲間たちが治療に当たっています。頸椎をはじめ全身の骨が折れていたので余談は許さないけど、どうにか一命を取り留められたのは貴女のおかげです。ありがとう」
ウォルターたちの決闘の後、アイニスは己の魔術でふたつの墓を掘った。ビッケルは意識不明の重体であったが、かろうじて脈があることが確認できたため、その場でできる限りの応急処置を施して開けた場所に放置した。裁定の剣の誰かか、親切な人間が見つけやすいように。
彼女が最愛の人の命を奪ったダルク兄弟まで手厚く扱ったのは、彼らがウォルターの大切な仲間だということを理解していたからだ。
ウォルターは仲間と戦うことを覚悟していた。だが、仲間の死を決して望んではいなかった。内心は焦がれるほどの憎しみに苛まれながらも、アイニスはウォルターの気持ちを汲んだのだ。
「だから何だと言うのです。それに、そのお三方を襲ったのが私めであるとは考えないのですか?」
「……そうですね。最初は僕らに恨みを持った何者かによる襲撃なのかとも考えました。でも、襲撃してくるような人間がわざわざ墓を作って殺した相手を弔ったりはしないでしょう?」
「……」
「そもそも、あの3人を相手に戦って勝てる人間がいるとは思えない。貴女も相当な魔術の使い手だということは一目見ればわかるけど、それでも僕らからすれば弱すぎる。だったら、ウォルターさんとヴァンさんたちが仲間割れをして、共倒れになったと考えるのが自然だと思いませんか?」
ドーリスの考察は当たっていた。だが、その時のドーリスの発言にラフィットは疑問を抱いた。
(信頼していた仲間同士が突然殺し合いを始めたと、どうしてそんなにすぐに納得できるんだ……? たとえその考察に辿り着いたとしても、簡単に受け入れられるはずがない。ウォルターは表向きは裁定の剣を裏切るような素振りは見せていないはずなんだから)
そんな疑問をよそに、ドーリスは言葉を続けた。
「そして、貴女がウォルターさんの姓を名乗っているということは……」
「お黙りくださいませ。それ以上その話を続けるとおっしゃるなら、今この場であなた様を殺害いたします。それとも、私め程度にはできないと軽んじておられるのですか?」
「……あぁ、すまない。今のはこちらの失言だ」
「ふん……」
「気分を害してしまったようだね。申し訳ありません。でも、落ち着いたら今の話をちゃんと聞かせて欲しいんだ。僕には知る義務があると思うから」
3人の間に不思議な空気が流れる。ラフィットとアイニスからすれば、今もなおドーリスは倒すべき、殺すべき相手だ。だがドーリスが全く敵意を表に出さないので、ふたりの警戒感すらどこか空回りしているようだった。
「……そろそろ聞かせてくれないか。お前が何のために俺たちの所に来たのか」
街外れをさらに過ぎ、辺りに人気が無くなったところで、ラフィットはドーリスに問う。今となってはラフィット達がドーリスに、そして裁定の剣に敵対していることは明らかだ。
正義の名の下に、仲間を害する者を殺しに来たというなら何も不思議はない。だがドーリスの様子は明らかに違う。
「確かに、そろそろいいですかね」
ドーリスは軽く周囲を見回して立ち止まった。
「僕が来た目的はもうお伝えしたはずです。話し合いがしたいと」
「その意図を聞いている。俺たちは敵同士だ。殺し合うことはあっても、今さら何を話すことがある」
そうだと言わんばかりに、アイニスは大きく首を縦に振る。
「……目が覚めたとか言っていたな」
宿での会話を振り返るラフィット。ドーリスはそれに頷いた。
「はい」
「どういう意味だ。いきなり裁定の剣の信念に嫌気が差したとでも言うのか? あれはお前が始めたものだろう」
「……」
ドーリスは暫し黙って俯いた。そして、決意した様子で口を開く。
「今からお話しすることは全て真実です。あなたたちが信じようと信じまいと。まずはそのことを理解して欲しい」
その発言に、アイニスは明らかに苛立った様子で食ってかかった。
「勇者だなどと持ち上げられて、脳みそをその辺の木の上にでも置き忘れてきたのですか? 真実か否かは私めたちが判断することです。よくもまぁぬけぬけと、自らの発言を無条件で信用しろなどと……」
「……いや、わかった。信じよう」
「はぁ!?」
発言を遮ったラフィットに対し、アイニスは首をぐりんと回して不満げな顔を近づけた。
「何をおっしゃってるんです! ラフィット様とて、つい先ほどまで『すべてを信じることはできない』などとのたまっていたではありませんか!」
「聞いてたのか。まぁいい。アイニス、お前の気持ちもわかるが、今はドーリスの話を信じないことには何も始まらないんだ。もしドーリスが俺たちを殺すつもりなら、こんな回りくどいやり方をする必要なんて無いんだから」
「それは……そうかもしれませんが……」
未だ納得はできていない様子だったが、アイニスは一旦自らの感情を引っ込めた。
「ありがとう」
ドーリスはふたりに頭を下げる。救国の英雄が、一介の処刑人と見ず知らずの少女に向かって何の躊躇いもなく。
「……仕方ありませんね。では、立ち話もなんですから」
そう言うと、アイニスは土魔術を駆使して土製の椅子とテーブルを作り上げた。
「すごいな、貴女の魔術は」
「嫌味ですか? あなた様に魔術を褒められても、見下されているようにしか感じないのですが」
「これは手厳しい」
アイニスは勇者が自らを「弱すぎる」と評価したことを根に持っていた。ドーリスは自分の発言を顧みて苦笑いを浮かべながら、用意された椅子に腰かけた。ラフィットとアイニスもそれに続く。
「さて、早速だけど本題に入らせてもらいます。おそらく、マリナの捜索は一刻を争う事態だと思いますから」
「……」
ラフィットは沈黙した。今のマリナは、ドーリスの知るマリナではない。マリナであり、ユリスでもある不安定な存在だ。事情を知らないドーリスに今そのことを伝えても、話がまとまらなくなるだけだと判断した。
「先刻伝えたように、僕は目が覚めた。そしておそらく、マリナにも同じことが起きていると思います」
「その『目覚めた』って言うのは、どういうことなんだ?」
「説明が難しいんだけど……目覚める前の自分は、自らの意志とは違う何かに突き動かされていたという感覚があるんです」
「何かに突き動かされていた……? 操られていたってことか?」
腕を組み、ドーリスはうむむと唸った。
「……自らの意志とは違うといっても、操られていたという訳ではないと思います。当時の記憶もハッキリしているし、自分で考え、自分で決断したという自覚もありますから」
アイニスは怪訝な表情を浮かべて首を捻った。
「お話しされている内容が理解しかねるのですが。自分の意志ではないのに、自分で考えたと言うのですか? 意味不明です」
「そうでしょうね……僕自身にも上手く説明できないので、仕方ないことだと思います。でも重要なのはそことは別の部分にあるんだ」
「勿体ぶらずに言ってくれ」
ラフィットは急かすように身を乗り出した。
「えぇ。重要なのは、僕には……いや、僕らにはこの『目覚めた』感覚に覚えがあるということ。そして以前に同じ感覚を覚えたのは、魔王を倒した時だっということです」




