18話 魂の在り方は私次第
錬金術について教えて欲しい。ラフィットの発言を受けて、ユリスは意気揚々と立ち上がった。
「知りたい? やっぱ知りたいよね、錬金術! そう、錬金術とは万能の学問であり、人類の英知の結晶とも呼ぶべき……」
「御託はいい、何ができるのか簡潔に話せ」
「はいダメー。もうヤル気失くしましたー。ユリスちゃん何にも教える気になりませーん」
ユリスは不貞腐れた顔でソファにダイブした。顔を埋め、脚をバタつかせ、子どもが駄々を捏ねるように不快感を表している。
「そうか。それならユリス、お前の役割は囮で決定だ」
「は? 囮?」
「何ができるかわからない、戦闘能力も無い、そんなパートナーは囮以外に使い道が無いだろう。せいぜい頑張って勇者たちの注意を惹きつけてくれ。あぁ、そういえば爆薬を使っていたな。あれを体に巻きつけて、自爆特攻という手も悪くないか」
「はいはいはい! ちゃんとご説明させてください! 私、もうちょっと役に立つと思います!」
背筋を伸ばし、手を上げて発言の許可を求めるユリス。
(ラフィットの場合、冗談抜きで自爆要員にされそうだからな~)
「よし、それじゃあ話してみろ」
「もうちょっとこう……まぁいいや。でも錬金術について話す前に、私がただの錬金術師じゃないってことを知っておいてね」
「……天才美少女錬金術師、だなんて言うつもりじゃないだろうな」
「なんだ、わかってるじゃん! ま、それはそうなんだけど、それとは違う意味でも普通じゃないの」
訝し気な表情を浮かべるラフィットをよそに、ユリスは席を立ってラフィットに指示を出した。
「私がいいって言うまで目を閉じてて」
「……わかった」
ラフィットは素直に応じながらも、これでくだらない物を見せられた場合は本当に自爆させてやろうと心の中で決意していた。そして瞼を閉じ、ユリスの合図を待つ。
「この辺で良いかな。うん、オッケー。もう目を開けて良いよ」
しかし、ラフィットが思っていたよりもユリスからの合図はずっと早かった。そんな一瞬で何が、と勘繰りながら瞼を開くと、そこにはユリスの姿が無かった。
「な……」
ラフィットは驚きながらも、この状況と似た出来事を思い出していた。昼間にゴンズ兄弟と遭遇した時のことだ。
(あの時も、ユリスはいつの間にか姿を消していたな。あの時と同じく、気配は近くに感じるが……)
そこまで思考して、ラフィットは部屋の異変に気が付いた。なぜこんな単純なことにすぐに気づかなかったのかと、自分自身を笑いたい気持ちを抑え、腰を下ろしていたベッドを降りて立ち上がる。そして、ふたつあるソファのうちのひとつに、改めて腰を下ろした。
「ぐぇえええ」
すると、腰かけたソファがぐにゃりと曲がり、苦悶の声が上がった。
「ちょっと! 気づいたんならそこどいて!」
「なんだ、変えられるのは見た目だけか」
ラフィットがソファから立ち上がると、みるみるうちにソファの形状が変化し、潰れたカエルの様にうつぶせになったユリスへと戻っていく。
「まったくもう……ラフィットはもうちょっと私に優しくするべきだと思うんですけど」
「今のはユリスの瞳力ってことでいいのか?」
「そうなんだけどさ。はぁ」
「何を気を落とす必要がある。体の形状を自在に変化させるんだろう? 大した能力じゃないか」
突っ伏していたユリスがもそもそと立ち上がると、その顔は既に自信を取り戻していた。
「わかる? すごいでしょ! これが私の瞳力、『魂の在り方は私次第』だよ!」
ふんぞり返って自らの瞳力を自慢するユリス。
「ただの錬金術師じゃないってのは、これのことか?」
「ん? そうだけど。瞳力も使える錬金術師! 世界で私ひとりじゃないかな~ふふふん」
「かもな」
瞳力の使い手は、能力の内容にこだわらなければ意外に少なくない。およそ30人にひとりの割合だ。それよりも、錬金術師という人種が圧倒的に希少である。
そのため、ユリスが世界で唯一の瞳力が使える錬金術師というのも、あながち間違いとは言い切れないだろう。
「で、その能力は何にでも変身できるのか? 変身できる時間はどのくらいだ?」
「ふふん、慌てない慌てない。まず何にでも、ってわけじゃないよ。変身するためにはいくつか条件があるの。はい、それではこれから講義の時間です」
ユリスは眼鏡をクイっと上げて、どこからともなく指示棒を取り出した。
「ラフィットくん、メモの用意はいいですか?」
「そんなものはいらん。一度聞けば忘れない」
「む、すごい自信だな……まぁいいでしょう。まず私が変身できるもの、それは私が実物を見たことがあるもの、そして触れたことのあるものでなければいけません」
「見て触りさえすれば、何にでも変身できるのか?」
「ラフィットくん、良い質問ですね。その答えはノーです。たとえ見て、触ったものでも変身できないものがあります。さて、それは何でしょう」
「知らん。いいからさっさと教えろ」
「まぁまぁ、ただ説明するだけじゃ眠くなるでしょ? そうだなぁ、それじゃあヒントをあげましょう」
ユリスはベッドに座るラフィットに近づいて、右手でその頬に触れた。
「おい、やめろ」
「照れない照れない」
その直後、ユリスの瞳は赤い光を帯び始める。そしてほんの数秒の間に、ラフィットの眼前にもうひとりのラフィットが現れた。
「……目の前に自分がもうひとりいるってのは、随分と気味が悪いもんだな」
「それは我慢して。で、何か気づくことない?」
「声は変えられないのか?」
「それは無理」
ラフィットは目の前の自分をまじまじと観察した。
「ちょっと、視線がいやらしいんですけど」
「自分の姿に欲情する変態がどこにいる」
顔の造型はもちろん、身に付けている衣服の模様から義手についた細かな傷まで再現されており、ユリスの変身は一見完璧に見えた。だが。
「体の大きさか」
「正解! さすがに気づくのが早いね」
ラフィットはすぐさまユリスの変身の欠点を見つけた。
「私の魂の在り方は私次第はね、変身しても体の体積は変えられないの。だから、極端に小さなものや大きなものには変身できない。正確には、変身しても大きさですぐにバレちゃうってわけ。例えば今日のゴンズ兄弟とかね」
ラフィットは脳内でゴンズ兄弟をユリスのサイズまで縮めてみる。ただでさえ弱かったゴンズ兄弟が、哀れなほど貧弱になる姿が浮かんできた。
「……まぁ、最初からそれがわかっていれば大した問題にはならないだろう」
ラフィットは滑稽なゴンズ兄弟のイメージをすぐさま振り払った。
「あとは変身できる時間だけど、これは私にもわからないんだ」
「わからない?」
「だって、そんなに長く変身してたこと無いんだもん。多分私の意識があるうちはずっと継続できるんじゃないかなぁ」
「そこはハッキリさせておかないとマズいだろう……わかった、今日はこの後、ずっとそのままでいろ」
「え!? 嫌だよそんなの!」
「どのくらい継続できるのか、眠っている間は効果が切れるのか、どちらも確認するにはちょうどいいだろう」
「そうじゃなくて! ラフィットの格好でいるのが嫌なの! 別の女の子とかでもいいでしょ? ほら、王女様とか」
「駄目だ。変身している途中でどこかに綻びが生じるかもしれない。その時、俺の姿でいてもらった方が気づきやすいからな。俺だって自分の生き写しが側にいるなんて気味が悪いんだ。我慢しろ」
「え、本気で言ってる?」
「当たり前だ。今日はその観察に使うぞ」
ラフィットが冗談でこんなことを言うわけが無い。そう思いながらも、一縷の望みをかけたユリスの問いは一瞬で蹴散らされた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何だ」
「…………たい」
「聞こえないぞ。はっきり言え」
「おしっこしたい! って言ったの! 言わせんなこの馬鹿!」
「何だ、そんなことか。トイレなら向こうの扉だ」
「は?」
「まだ何かあるのか」
「……この……」
「何だ、聞こえないぞ」
「出し方がわかんないんだってば! この無神経!」
その後もユリスは元の姿に戻ることを許されず、一晩中ラフィットの姿のまま過ごすことになった。




