148話 信頼できる仲間とは
「なるほど。伯爵を唆した裏の人物、か」
「まぁ、それはここで考えたところで確証を得られる話じゃないんだよ。そういう可能性があるということだけ、頭の片隅にでも入れといてくれればいいさ」
「あいわかった。だがまぁ、陛下の決定を鑑みれば黒幕の候補は絞られるというもの。そなたもトルステン侯爵かルイス子爵のいずれかだと踏んでおるのだろう?」
クリストバルの落命により、隣接する地域を統治していたトルステンとルイスは、結果的に領地を拡大することになった。つまり先の決闘で大きな利益を得たのがこのふたりだ。
第三夫人を処刑されたことで燻っていたクリストバルを焚きつけたとしたら、これを見越して両者のどちらかが動いたと見るのが妥当と言えよう。
「さすがウォルター様! 慧眼でいらっしゃる!」
アイニスが褒め称えるほど難解な考察ではない。
「おそらくその通りだ。だが証拠は何も無いし、仮に証拠があったとしても何ができるわけでもない。クリストバル伯爵と違って、向こうからすれば俺たちに手を出す理由も無いだろうしな」
「ひっひっひ。しがない一国民に領主様は興味を持たないってことかい」
「そういうことだ」
「何かそれはそれでムカつくんだけど」
ユリスは不服そうに頬を膨らませた。邪魔をされない方が望ましいのは間違いないが、軽んじられているというのも良い気分はしないものだ。
「それよりもウォルター」
脱線した話を戻すラフィット。今は貴族同士の小競り合いよりも考えなくてはならないことがある。
「あんた前に『錬金術で魔術を封じることができれば勝てる』みたいなことを言っていたが、本当なのか? ダルク兄弟には魔術封じが通じないんだろ? ドーリスも、あの聖剣がある限り……」
「ウォルター様があんな軟弱な魔術師に負けるわけがないでしょう! 何を言っているのです!」
「お前さんは黙ってな!」
ウォルターに対して少しでも否定的な発言をするとアイニスが激昂する。それをジェーンが窘めるのはもはや定番の光景となっていた。
「ダルク兄弟には一対一なら間違いなく勝てる。二対一だと多少厳しいかもしれんが」
「どうしてそう言い切れる? 魔術封じ無しの状態なら、お前はダルク兄弟に勝てないんだろう?」
またしても噴火しそうなアイニスの口をジェーンが塞いだ。
「ダルク兄弟は魔術封じを破ることができる。だが、全く効かないわけじゃないからさ。堰とて、水位が上がったらと言って即壊れるわけではなかろう?」
「時間がかかるってことか」
「その通り。魔術封じの使い手の力量によって打ち破るのにかかる時間は変わるが、刹那の間でも十分よ。その間に決着をつけてみせるさ」
それはウォルターだからこそ成し遂げられる方法と言えよう。瞬きの間に敵を完全に仕留めるなど、常人にできることではない。
「なるほど、わかった。でもドーリスはどうだ。剣士としても最高峰だが、あの聖剣に弱点はあるのか?」
「無い。無尽蔵の魔力供給というのも偽りではないし、斬れぬものが無いというのも本当だ。ワシが本気で身体強化魔術を使ったとて、防げるようなものではないのでな」
ウォルターの耐久力は尋常ではないが、無敵というわけではない。マルコの触手を遥かに上回る殺傷力を持つ聖剣の前では、その鋼の肉体も常人と大差なく斬り捨てられてしまうだろう。
「そんな……あ、じゃあ聖剣を隠しちゃうっていうのはどう? 海にポイってしちゃえばさ、そう簡単には見つけられないでしょ。ふふん、私ってばやはり天才……」
「それができれば良いんだが」
ユリスの提案に苦笑するウォルター。
「できない理由があるの?」
「重いんだよ。ワシにはあれを持ち上げることもできん」
「はい?」
聞き間違いかと思い、ユリスは聞き返した。誰よりも屈強な肉体を持つウォルターが持ち上げられない剣など、体型的にはラフィットとそう変わらないドーリスが扱えるはずが無いと。
「聖剣ラインディルは、剣そのものが意志を持って相応しい勇者を選ぶ。それ以外の人間にはとても扱える代物ではないのだ。ドーリスが持てば羽根のように軽いらしいんだがな」
「……まったく、見る目の無い聖剣ですね。あんな若造よりも、ウォルター様の方がよほど勇者に相応しいというのに」
「がっはっは! ワシが武術ではなく剣術を修めていれば、聖剣も少しはワシを認めてくれたのかもしれんな」
ラフィットは聖剣を持つウォルターを想像してみたが、妙に滑稽な姿が浮かんでしまった。
「何をにやけているのです」
「なんのことだ」
それを目ざとく指摘するアイニス。ラフィットはとぼけてシラを切った。
「でもそれじゃあどうやってドーリスと戦うの? 魔術を弱体化しても、聖剣を持ったドーリスに勝つのって無理じゃない?」
「無理ではないさ。斬れぬものが無い聖剣が相手と言えど、当たらねば良いのだ。ドーリスの剣戟を躱し、先にこちらの拳を叩き込む! それだけの話よ。がっはっは!」
「それだけって……ラフィットも言ってたけど、ドーリスって単純に剣士としてもすごく強いんでしょ? 攻撃を避けるのって、そんな簡単にできるの? それとも何か秘策が……」
「そこはまぁあれだ。どうにか頑張るしかなかろう」
「無策!?」
結局のところ、どんな策を弄したところでドーリスに勝てる確証は無いのだ。それは最初からわかっていたこと。マリナを先に無力化すると決めた時にも、ウォルターはドーリスに確実に勝てる保証は無いと言っていたのだから。
「何にしても、あの決闘を見て改めて思ったよ。あんたの立てた作戦以外に、裁定の剣に勝つ方法は無いって」
「そうだね。ドーリスだけじゃなくてダルク兄弟もとんでもない強さだったし。どこかの偽兄弟とは大違い。まずは魔術をどうにかしないと……」
そこまで言って、ユリスはあることを思いついた。
「ねぇねぇ。この前の魔術封じの使い手を仲間にするってのはどうかな? 魔術の弱体化のためにマリナと先に戦うにしてもさ、召喚術に魔術封じが効くのかはわかんないけど、少なくとも治癒魔術は封じられるわけでしょ?」
ユリスの言う通り、マリナと戦うにあたって回復手段を封じることができれば有利になるだろう。だが、その話を聞いたラフィットとウォルターは渋い表情で顔を見合わせた。
「そうさな、それはワシも考えたんだが……」
「やめておいた方がいいだろうな」
「え、何で?」
自らの妙案を却下され、ユリスは納得がいかなかった。ラフィットとウォルターの顔を交互に見ながら説明を促す。
「そいつが信用ならない奴だからだよ」
「会ったこともないのに、そんなのわからないじゃん」
「わかるさ。誰の差し金かは知らないが、その魔術封じの使い手はクリストバルをあっさりと見捨てたんだぞ? 伯爵はそいつの能力を信じたからこそ、勇者たちと戦うことを決めたんだろうに」
「あぁ、それに其奴は魔術封じが破られることも想定の範囲内だった様だしな。仮に魔術封じが完全に破られてから戦線を離脱したのなら、ドーリスたちから逃げられはせんかったはず。それにも関わらず、伯爵の軍は明らかに魔術封じが破られることを想定していなかっただろう?」
「えっと……つまり仲間にしても裏切られるかもしれないってこと?」
「あぁ。どんな事情があったとしても、三千人の人間を簡単に見捨てるような奴は信用できない」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんだ。万が一マリナとの戦闘中に裏切られてみろ。こっちの切り札のはずのアイニスが、ただの性悪な根暗女になり下がるぞ」
「誰が性悪ですか! 誰が根暗ですか! ラフィット様にだけは言われたくありませんね!」
すべて計画通りに進んだとて、ウォルターがマリナの召喚する灰狼ネブルに勝てる確証はない。土壇場でアイニスの存在が勝利の鍵になる可能性は高いだろう。その切り札を封じられる可能性は、極力排除しなければならない。
「がっはっは! 確かに随分明るくなったな、アイニスよ。表情から以前のような湿っぽさが無くなっている。うむ、その方がずっと良い。そなたの土魔術にも大いに期待しておるぞ!」
「ウォルター様が、私めに期待を……! はい、はい! 粉骨砕身、全身全霊でマリナを打ちのめして見せましょう!」
立ち上がりドンと胸を叩くアイニス。それを見たジェーンは、能天気に笑うウォルターを見てやれやれと首を振った。
「それじゃあ、マリナを誘き寄せる計画を固めていこうか」
ラフィットの言葉に、その場の全員が力強く頷く。信頼できる仲間とは、こういうものだ。




