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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第五章 人の心は変わりゆく
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130話 安息の地

 ジェーン・トゥイトゥイ。彼女は御年88歳の錬金術師。だが現在の姿は、瑞々しい20代にしか見えなかった。


「一体、これ(・・)のどこが90近い老婆だと言うのです! ユリス様、私めに嘘をつきましたね!?」


「う、嘘なんてついてないよ! 私だって驚いてるんだから!」


「こんな女狐がウォルター様と親しくしていたと言うのですか!? ひとつ屋根の下で!? うぐぐぐ……あんなの、あんなの……殿方ならその気になるに決まってるじゃないですか! 何なんですかあのふざけた胸は! 風船ですか!? 南瓜(かぼちゃ)でも詰めているのですか!」


 アイニスは半泣きになりながら、ジェーンの豊満なバストを指差して喚いていた。年老いた姿の時は目立たなかったが、張りのある若い姿となった今、それはあまりにも凶悪な武器となって顕現していた。

 比較対象にするには、アイニスの胸部装甲はあまりにも貧弱。残酷なまでの戦力差が浮き彫りになっている。


「うぅ……私めだって、土魔術(フムステラ)で盛ればあのくらい……」


「お、落ち着いてアイニスちゃん。それはあまりにも悲しすぎるよ」


「こんな……こんなことが……」


 話の流れはいまいち掴めていなかったが、ジェーンは取り敢えず勝ち誇った顔をしていた。


「誰なんだいこの子は」


「アイニスちゃんだけど……えっと、本当にジェーンおばあちゃんなの?」


「だからそうだって言ってるじゃないか。疑い深い子だよ」


「だってその見た目……あ、もしかして前にラフィットにあげたお面みたいなのを被ってるの? それの全身バージョンみたいなやつ」


「あんな臭いもん、誰が被るって言うんだい。冗談はよしとくれ」


 ラフィットにお面を被ることを半ば強要したことを棚に上げ、ジェーンは顔をしかめていた。


「それじゃあ……もしかして!」


「そうさ。お前さんも錬金術師ならピンとくるだろう?」


 そう言うと、ジェーンは懐から淡く白い光を放つ液体の入った小瓶を取り出した。


「若返りの秘薬!? 嘘でしょ!? 錬成に成功したの!?」


 完全人工生命体(ホムンクルス)と並び、錬金術師の究極の目的と言われているのが「死なない体」を作ることだ。その第一歩が老いの克服である。マルコは瞳力(ドゥリ)によってその力を得ていたが、錬金術で実現した者はユリスを含めて未だ世界にひとりもいない。


「ひっひっひ。そうとも。恐れ入ったかい? ……と、言いたいところなんだけどねぇ」


 ユリスは絶賛の準備をしていたが、肩透かしを食らう形になった。


「あれ、違うの?」


「こいつは未完成品でね。若返るのは見た目だけ。しかも効果は1日しか持たないときたもんだ。だからこの通り……あいたたたた……」


 ジェーンは突然、腰を押さえて呻き始めた。その仕草は老人そのもの。肉体年齢は実年齢のままというわけだ。


「最近、錬金術師を目の敵にした過激な奴らがいるってんで、こいつで化けて隠れていたのさ。まったく、人の家を派手に燃やしてくれたもんだよ。アタイがどれだけ貴重な素材を貯め込んでいたと思ってるのかねぇ」


 言葉とは裏腹に、その口調から未練は感じられない。家を焼く炎は、徐々にその勢いを弱めていく。


「で、お前さんは何しにここへ来たんだい?」


「私はおばあちゃんが心配だったからだけど……」


「あなたがジェーンで間違いないのですね」


 涙を拭ったアイニスは、ぐいっとその体をジェーンに寄せた。ジェーンは余裕の表情でそれを見下ろす。


「お前さん、アイニスと言ったかい。初対面のはずだけど、随分とアタイのことを嫌ってるみたいだねぇ」


「えぇ。私めはあなた様のことが大嫌いです。話を聞くだけでも虫酸が走りましたが、その姿を見て改めて確信いたしました。本当に、何という……」


「ちょっとアイニスちゃん!」


「ひっひっひ! 何だか知らないが、愉快な子だねぇ。アタイははっきりモノを言う人間は嫌いじゃないよ。だがなんだ、こんなところで立ち話ってわけにもいかないだろう。いつさっきの奴らみたいなのがやって来るかわからないからね」


 ジェーンは腰をさすりながらスタスタと馬車に乗り込んだ。


「なかなか良い馬車じゃないか」


「おう、わかるかい? マブい姉ちゃん」


「お前さんたち自体の趣味は最悪だがね。ほれ、何をボサッとしてるんだい! お前さんたちもさっさと乗って、早く宿にでも案内しなね!」


 ユリスは促されるままに馬車に乗り込む。アイニスはむくれた顔をしながらもユリスに続いた。


「ヒャッハー! 行くぜぇ!」


「やかましい! 静かに走らせないかい!」


「す、すまねぇ……」


 ジェーンに一喝されて以降、ゴンズ兄弟は宿につくまで終始しおらしいままだった。ジェーンの見た目は若いが、年寄りの説教というのはある層には異常なまでの効果を発揮するものなのである。


「部屋を3つ借りれますか?」


「えぇ、いくつか部屋の種類がございますが。どれにいたしましょう」


 以前にユリスがアンベルスに来た時とは異なり、宿はどこも空いていた。特別な催しが無ければこんなものだ。


「3人部屋ひとつでいいだろう。無駄遣いするもんじゃないよ」


「私はそれでもいいんだけど……」


 ユリスはジェーンとアイニスを同部屋にすることに不安があった。敵対心を隠そうともしないアイニスが、ジェーンの寝込みを襲わない保証が無いからだ。


「ユリス様、ご安心ください。私めとて、ウォルター様が懇意にする相手をむやみに傷つけるつもりはございませんので」


 そんな考えを見透かすように、アイニスはユリスにそう言った。


(本当かなぁ……)


 少しの不安を抱きながらも、ジェーンが笑って頷いていたので、ユリスはその言葉を信じることにした。


「それじゃあ、3人部屋をお願いします。できるだけ広いところがいいです」


「かしこまりました」


「お連れ様のお部屋はどういたしますか?」


「お連れ様?」


 ユリスが振り返ると、ゴンズ兄弟が気持ち悪い笑みを浮かべながらついて来ていた。


「馬車屋には専用の宿場があるんじゃなかったっけ」


「いやぁそうなんだが……」


「俺らはまだ組合に属してねぇんだよ。だから宿場は使えねぇんだ」


「組合に属してないって、お前さんたちモグリの馬車屋だったのかい」


 呆れ顔のジェーン。


「へへへ。手続きが面倒くさくてな」


「正規の馬車屋じゃないのですか? それなら客が寄り付かないのは当たり前じゃないですか。まったく、あなた様たちは本当に真面目に働く気があるのですか?」


 ゴンズ兄弟の見た目、悪趣味な馬車に加え、正規の手続きを踏んでいない闇馬車屋であることが判明。アイニスの言い分は(もっと)もで、これで客が寄り付かないと言っているのだから擁護のしようがない。


「おふたりは同部屋でかまいませんか? それとも個室にいたしますか?」


「……」


 受付の質問には答えず、ゴンズ兄弟はニヤニヤしながらユリスを見ていた。


「……何?」


「いやぁ……」


「俺たち、これまで仕事が無かったからよぉ」


「……もしかして、お金が無いの?」


 全力で頷くゴンズ兄弟。ユリスは大きな溜め息をついた。 


「しょうがないなぁ」


「へっへっへ。すまねぇな、姐さん。一番安い部屋で構わねぇからよ」


「当たり前でしょ! 何遠慮したみたいな空気出してんのよ」


「甘いですねぇユリス様は」


 ゴンズ兄弟の為に一番安い部屋を取ったユリスたちは、それぞれの部屋へと荷物を運んだ。ユリスたちの3人部屋は、余計な装飾が無く広々としている。ゴンズ兄弟の馬車の中とは対極にあるような、居心地の良い空間だった。


「どっこいしょっと」


 ジェーンはベッドに腰掛けると、自身の肩をトントンと叩いた。


「さて、と。何から話そうかね」

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