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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第五章 人の心は変わりゆく
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129話 魔女の家

「錬金術師だから殺す、ねぇ。おかしなことを言う奴がいたもんだ」


「まったくだぜ! (あね)さんは俺たちの恩人だって言うのによ。それにしても、メイドの嬢ちゃん随分強ぇんだな。あんな強ぇ奴を相手に無傷で勝っちまうなんて」


「あの殿方は強くなどありません。やられたあなた様たちが弱すぎるのです」


「あんだとぅ!?」


「前を見てください。ほら、木にぶつかりますよ」


「ぉおっと危ねえ!」


 錬金術師に危険な思想を持つ者がいる、もしくは過去にいたことは事実。だが、誰もがそうではない。ジェーンがアンベルスの復興に尽力した様に、ユリスがゴンズ兄弟やゴルチェ親子を救ったように。

 ゴンズ兄弟もアイニスも、深く踏み込んだ話はしなかった。ただ単純に、襲撃してきた者の短絡さを非難し、錬金術を積極的に肯定も否定もしない。その事はユリスにとって、とてもありがたいことだった。


(みんな私に気を遣ってくれてるのかな)


 だが実のところ、特段3人はユリスに気を遣っていたわけではない。ゴンズ兄弟はそこまで頭が回らないし、アイニスからすればそこまでユリスを庇う理由がない。

 ゴンズ兄弟はただユリスの人柄を慕っていた。アイニスは錬金術で得た力によって、ウォルターの危機を救うことができた。だから錬金術そのものを非難する気にはならなかった。ただそれだけのこと。


「ところで姐さん。アンベルスに行って、何をするつもりなんだ?」


「あれ、話してなかったっけ?」


「聞いてねえな。さっきみてえな奴ら、アンベルスに近づくほど増えるんじゃねえか? そんな危険を冒してまで行かなきゃならねえ用事なのかよ」


 馬車に乗った当初、アンベルスへ向かう理由は少なくともユリスにとっては緊急性の低いものだった。だが今は違う。


「うん。私の命を救ってくれた人に会いに行くの。その人も錬金術師だから、もしかしたら危ない目に合ってるかもしれない。もしそうなら、助けなきゃ」


「姐さんの命の恩人……ってこたぁ、俺たちにとっても恩人だな! それなら急がねえといけねえ!」


「うん、お願い」


 その会話を聞きながら、アイニスは頬杖をつく。


「ユリス様はジェーンという女に助けられたことがあるのですか?」


「そっか、アイニスちゃんにも話しておいた方が良いよね。ジェーンおばあちゃんはとっても厳しいけど、すごく優しい錬金術師なんだよ」


 揺れる馬車の中、ユリスはジェーンの家で過ごした一ヶ月の事を3人に伝えた。激成勁丸(げきせいけいがん)を服用するまでの経緯。その副作用に対処するため、ジェーンが尽力してくれたこと。新しいラフィットの義手を錬成するため、工房と素材を提供してくれたこと。ユリスに欠けていた味覚を取り戻してくれたこと。美味しい料理を作ってくれたこと。そして、それらを全て無償で行ってくれたこと。


「あぁ……なんだか田舎のお袋のことを思い出してきたぜ……元気でやってるかな……」


「俺もだ……仕事がひと段落したら、里帰りってのも悪くねぇかもな。まっとうな仕事を始めたって教えたら、きっと喜ぶだろうぜ」


 ゴンズ兄弟はなぜか涙ぐんでいた。


「そうですか。ユリス様も、中々に大変なご経験をなさっているのですね」


「ジェーンおばあちゃんが悪い人じゃないってわかってくれた?」


「えぇ。と言うより、私めは最初からジェーンが善人か悪人かなどどうでも良いのです」


「あははは……まぁ確かにそうだね」


 アイニスが気にすることはただひとつ。ジェーンが彼女にとっての恋敵になるのか否か、それだけである。


「そんなことよりユリス様」


「は、はい。なんでしょう」


 ユリスを見据えたアイニスの瞳は、静かに怒りを湛えていた。


「ウォルター様を蹴り飛ばしたというのは本当ですか……?」


「え、そこ!?」


「どうなんです!」


「えっと、いや、あの、その……あれは成り行きって言うか、()るか殺られるかの瀬戸際だったからと言うか……」


「お優しいウォルター様が本気で殺しにかかるはずがないでしょう! それをあなた様という人は……!」


「いや、今なら私もそう思うけどね!? あの時はそれどころじゃなかったんだから仕方ないでしょ!?」


 ユリスとアイニスはぎゃあぎゃあと言い合い、ゴンズ兄弟は笑っていた。車内は騒々しく、だがそれがユリスにとっては心地良かった。


 やがて赤く燃える夕日も沈み、とっぷりと夜の帳が降りた頃、馬車はアンベルスの街へと辿り着いた。


「本当に半日で着いちゃった」


「だから言ったろう? 白王と黒王はそこいらの馬なんかよりずっと速いんだよ」


「で、姐さん。そのジェーンとかいうババアの家はどこなんだ?」


「ババアって言わない! えっと、街はずれの林の中だよ。地図持ってきたから、これ見て」


 ユリスはランタンの光で地図を照らし、ゴンズ兄弟もそれを覗き込む。


「オーケーだ。だけどよ姐さん、もう日も暮れちまったし、行くのは明日に改めねえか? あんなことがあったばっかりだしよ。夜の林に入るってのは危ねえんじゃねえかな」


「それはそうかもしれないけど……」


「構いません。行ってください。ウォルター様のお知り合いということは、裁定の剣はジェーンを狙わないのでしょう? アンベルスの6人以外の有象無象など、私めがいれば問題ありません」


「あんまし油断しねえ方が良いと思うぜ。ま、姐さんがそれでいいってんなら俺らも従うが、どうする?」


「うん、私も行って欲しい。アイニスちゃん、もしまた襲われたりしたら悪いんだけど……」


「えぇ。あなた様もウォルター様のご友人(・・・)の様ですから。私めが同行していながらお怪我をさせたとあれば、ウォルター様に申し訳が立ちませんし」


 アイニスは「友人」という単語をことさらに強調してそう言った。


「あ、あははは……心強いよ」


 ゴンズ兄弟は戦力としてまったくあてにならないが、アイニスの強さは本物だ。護衛としてこれ以上の存在はいないだろう。


「了解だ。白王、黒王、もう少し頑張ってくれ。今日の仕事が終わったら、上手い人参をたらふく食わせてやるからな」


 ブルルルッと鼻を鳴らし、白王と黒王は再び力強く歩き始めた。長旅を続けてきたというのに、その速度だけでなく持久力も並の馬の比ではない。


(こんな良い馬、ゴンズ兄弟はどこで手に入れたんだろう)


「……おい、なんだありゃ」


 ジェーンの私邸へと進む道中、ダインが何かを見つけた。


「どうしたの? 何かあった?」


「人だよ」


「人?」


「あぁ。こんな夜中の街はずれに、一体何だってあんなに人が集まってんだ」


 ユリスが客車の窓から顔を出すと、確かに20人ほどの男女が集まっていた。酒を飲んでいるようで、歌ったり踊ったり、随分と浮かれた様子だ。


 ユリスたちの馬車がその脇を通り抜けようとすると、酔っぱらった男のひとりが親し気にカルネに声を掛けてきた。


「よぉ兄ちゃん! 随分気合いの入った馬車だねぇ!」


「おぅ、わかるか! 中々見る目があるじゃねぇか」


「でもよ、ちぃっとばかし来るのが遅かったな。祭りならもう終わっちまったよ」


「祭り? 何のことだ」


「とぼけんなよ。兄ちゃんたちも魔女の家を焼きに行くつもりだったんだろ? そんな派手派手な馬車までこさえてさ。ま、祭りのメインイベントは終わっちまったが、成功を祝してみんなで飲もうぜ! あっはっはっは!」


 男の言葉にユリスの顔が青ざめる。


「魔女の家って、もしかして……」


 この先の林に、家は一軒しかないからだ。


「お、若い女もいるじゃねえか! あっはっは! 嬢ちゃん達も一緒に飲もうぜ!」


「姐さん、こいつは……」


「早く行って! 急いで!」


「お、おう!」


 ダインとカルネは鞭を打ち、馬車を一気に加速させた。轢かれそうになった男たちが何かを叫んでいたが、そんなことを気にしている暇はない。


 ユリスの心臓が早鐘を打つ。


(ジェーンおばあちゃん!)


 林に入ってすぐ、ユリスたちは気付いた。夜になったというのに、林の中が妙に明るいことに。そして、木を焼くパチパチという音にも。


(嘘でしょ! 嘘、でしょ……!)


 ユリスは必死に頭に浮かぶイメージを否定しようとした。だが、嫌な予感は当たってしまった。


「そんな……」


 ジェーンの私邸が燃えていた。轟々と音を立てて、ユリスたちも一ヶ月を過ごした家が焼け落ちていく。


「ジェーンおばあちゃん! ジェーンおばあちゃんッ!!」


「姐さん、危ねえ!」


 馬車を飛び出し、燃え盛る家の中へ飛び込もうとしたユリスをダインが止める。


「離して!」


「馬鹿言うんじゃねえ! 死ぬつもりかよ!?」


「だっておばあちゃんが……ジェーンおばあちゃんが……ッ!」


 ダインの腕の中で暴れるユリス。流石のアイニスも言葉を失っていた。

 その時、騒ぎを聞き付けたのかひとつの人影がその場に現れた。


「おやおや、誰かと思えばユリスじゃないか。お前さん、こんなところで何をしてるんだい」


 ユリスの耳に届いたのは、聞き馴染みのある口調の女の声。だがユリスの知っている声の主に比べると、その声はあまりにも若々しかった。


「え……?」


 慌てて振り返ったユリスは、その声の主を目にして固まってしまった。


「アタイの名前をそんな風に叫ぶんじゃないよ。誰かに聞かれたら、お前さんも何をされるかわからないからね」


「ジェーンおばあちゃん……なの?」


 茂みの向こうから現れたのは、どう見ても20代の美しい女性。グラマラスな体型にボリュームのあるクリーム色の髪の毛が合わさって、妖艶な雰囲気を醸し出している。


「そうとも。どうだい? 見違えたろう」


「見違えたとかそういうレベルじゃ……」


 驚きと安堵と困惑と、様々な感情が生まれる中、ユリスが最も強く感じ取ったのは恐怖であった。その要因たる人物が、俯きながら拳に力を込めていたからだ。


「ユリス様……」


「あ、アイニスちゃん、どうしたの……?」


「どうしたもこうしたもありますか! あなた様、ジェーンは老婆だと言っていましたよね!? なのに何ですか、このイケイケ淫魔(サキュバス)系巨乳美女はッ!!」


「私だって知らないよーッ!!」


 ジェーンの無事を喜ぶ暇もなく、ユリスは自らの命の危機を感じていた。

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