12話 刑罰執行
「ラフィット、何を言ってるの……?」
「あいつは17人を殺したと言っていた。だから、17回死ぬ程の苦痛を与えて殺す。ユリス、さっきの回復飲料はまだあるか?」
「……」
ユリスは答えなかった。なぜこれから人を殺そうとするラフィットが薬を求めたのか、「虐殺」という単語を使ったことから想像できたからだ。
「まぁいい。途中で死なれるのも不本意だから、適度に回復させてやれると良かったんだがな」
やはり、とユリスは思った。相手を痛めつける過程で死なれては困る。ラフィットはそう言っているのだ。絶対に、確実に、罪人に苦痛を与えるのだという強い意志が感じられる。
「ラフィット……ねぇラフィット! 本気で言ってるの? あいつ、気を失っているじゃん。それなら、殺すにしても今のうちに……」
「お前こそ本気で言ってるのか? 気絶しているうちに殺せ? 苦痛が最小限になるように、とでも言いたいのか?」
「そ、そうだよ! 何かおかしい!?」
「あぁ、おかしいさ。あいつが人を殺すとき、相手の苦痛が少ない様に、なんて気を使うと思うのか? お前もあいつにやられた子どもの怪我を見ただろう。あいつの能力なら、子どもひとりを即死させることなんて容易いはずだ。頭を潰してしまえばいいんだからな。それにも関わらず、そうしなかったのは何でかわかるか?」
「そ、それは……」
「あいつはな、人を苦しませるのが好きなんだよ。いや、あいつに限ったことじゃない。戦時でもない今、無関係の人間を殺そうとする奴なんて皆そうだ。そんな奴らが処刑されるとき、何故そいつの苦痛を和らげることを考慮する必要がある? 苦痛を受けて殺された人間や残された遺族が、それで報われると思うのか?」
死刑執行人のラフィットは知っている。家族を、友人を、恋人を殺された人間が、捕らえられた罪人に何を望むのかを。
誰一人として、謝罪などで相手を許す者はいない。それが例え、本当に心からの謝罪であったとしてもだ。
命をもって償う。そんな程度では生ぬるい。過ちを犯したことを心の底から後悔し、涙を流して死を切望するまで苦痛を与え続けてもなお、相手を許せないと言う者が大半なのだ。
「仮に今回、あの子どもが殺されていたとしよう。その時に父親が『地獄の苦しみを与えてやる』と憤ったとして、ユリス、お前はそれを止められるのか? 『そんなこと、その子は望んでいない。そんなことをしても子どもは帰ってこない』なんて綺麗ごとを、本人の前で言えるのか?」
「……」
ユリスは答えられなかった。ラフィットの言い分は理解できるが、どこか間違っているように思える。しかし、どこが間違っているのかをうまく言語化できなかったのだ。
だが、いくら自分が稚拙な綺麗ごとを言い並べたとしても、それがラフィットに届くことは無い。そのことは確かだと感じられた。
「ん……ぐぁ……」
ラフィットとユリスが問答をしている間に、ベッキオは意識を取り戻した。
「が……な、なんだこりゃ!? ぐぉおおお!」
ベッキオは自分を縛る縄を力づくで引き千切ろうとしたが、その怪力をもってしても縄はびくともしない。それどころか、縄はベッキオの肉に食い込み、血が滴っていた。
「目が覚めたか。そのワイヤーは鋼鉄製だ。簡単には切れやしないさ」
「よ、鎧手ぇ……てめぇ一体何をしやがった! くそ! 放しやがハッ!?」
ラフィットは大声で喚くベッキオの口に拾った砂利を詰め込み、その鼻頭を殴りつけた。
「黙れ」
「ゲヘッ、グハッ……ペッ……はぁ、はぁ……てめぇ……」
鼻の骨が折れたのだろう。ドロリと赤黒い血が流れ出る。
「やっぱりな。お前、首から上は硬化できないんだろ」
「……ッ!」
「首から上に向かって放った攻撃だけは丁寧に掃ってたからな。そんなわかり易い欠点があって、よくもまぁあんなに威勢よく吠えれたもんだ」
「てめぇ……俺が攻撃を仕掛けた時、一体何をしやがった! 汚ぇ手を使いやがって、正々堂々勝負しやがれ!」
ラフィットはその問いには答えず、ゆっくりと剣を抜いた。
「これからお前がなにをされるのか、教えてやる」
「……けっ、どうせ縛り首にでもするんだろうが。それともギロチンか? 毒殺か? いいぜ、何だって受けてやる。もともと死ぬことなんて怖かねぇ」
「馬鹿な奴だ。そんな慈悲が得られると思ってるのか? 粋がる余裕があるなら、とっとと舌でも噛んで死ねばよかったのに」
ひゅうッと音を立てて、ベッキオの口内に剣が吸い込まれていく。そしてその剣が引き抜かれると、上顎の前歯4本が飛び出してきた。
「……ッでぇ! カハッ……」
「この後、残りの歯を一本ずつ引き抜く」
「な、何を……?」
「耳を切り落とし、目を潰す。そうすればお前はもう瞳力を使えない。硬化ができなくなったら、手足の骨を指の先から順に砕く。その後は手足を切り落とし、止血をしながら胴体と顔の肉をすこしずつ剥いでいく。頃合いを見計らって、肺と腎臓を一つずつ潰す」
「お、おい……何を言ってやがる……」
「言っただろう。これからお前にすることを教えてやると」
「ふ、ふざけんじゃねぇ! 殺すならとっとと殺しやがれ!」
ベッキオの叫びを、ラフィットは無視する。
「最後はディアンフィディアの体液を傷口に塗り込む。ディアンフィディアはズルート地方に生息するハムシの一種なんだが、その体液には遅効性の強力な毒が含まれていてな、3~4日激痛を与え続けた後に相手を死に至らしめるんだ」
ベッキオは、その丁寧な説明を聞いても、内容をひとつも理解することができなかった。ただひとつわかったことは、目の前にいる男が確実に自分を惨たらしく殺そうとしている、ということだけだった。
「お、おい、冗談はよせ。そんな拷問まがいのこと……許される訳がねぇだろ!」
理解できても受け入れられない。ベッキオは精一杯の抵抗を試みる。
「やはりお前は馬鹿だな。私掠命人は罪人を処刑する権利を持っている。刑の執行方法も裁量の内なんだよ。17人分の苦しみを考えれば、これでも足りないくらいだ」
平然と、当たり前のように答えるラフィットを見て、いよいよベッキオの恐怖は極みに達した。
「は、はは……嘘、だろ? 冗談だよな? いくら何でも、そんな非人道的なこと……」
ベッキオが言い終わるのを待たず、ラフィットは剣を振るった。ぽとりと、壊れた人形の部品の様に左耳が地面に落ちる。
「ぎゃあああああ!!」
「おっと、順番を間違えたな。最初に歯を抜くはずだったのに。すまなかった」
その様子を、ユリスは直視することができなかった。何とかしてラフィットを止めなければ。そう考えてみたものの、体が動かない。
「た、頼む! 許してくれ! 反省してる! 罰も受ける! だから、せめてひと思いに……」
「黙れ」
「ぐぁああああ!!」
命乞いも虚しく右耳をも切り落とされ、ベッキオは顔をゆがめて失禁していた。
「痛ぇ……た、頼む……」
「死ぬのは怖くないんじゃなかったのか?」
「痛ぇよ……もう、嫌だ……」
「何を言おうと、結果は変わらん」
剣を振りかざしてベッキオの眼球を抉り出そうとしたその瞬間、
「ッ!?」
ラフィットは背後から恐ろしいまでの殺気を感じ取り、たまらず振り返った。
「誰だ!」
だが、視線をやった先には誰の姿も無い。ラフィットは剣を構え、辺りを見回した。
「いやー、イイねあんた! 気に入ったよ!」
最大限に警戒していたはずだった。それにも関わらず、その男は難なくラフィットの背後を取り、右肩にポンッと手を置いた。
「さっきの戦闘も見せてもらったよ。あんたの瞳力、相手の瞳力を奪うのかい? 面白い力じゃないか。剣での立ち回りも申し分ない腕前だ。そして何より、罪人に対する容赦の無さ! うんうん、求めていた条件にピッタリだ! いいぞいいぞ~。そっちのお嬢ちゃんも、錬金術師とは珍しいが、腕は確かみたいだな。それに中々かわいいじゃないか。うんうん、あんたもきっと役に立つぞ!」
軽薄な声で話す男。その姿をラフィットはまだ捉えられていなかったが、脳裏に浮かんだのは「下手を打てば殺される」という確かな予感だった。
それはラフィットが久しく忘れていた感覚。今背後を取っている男は、自分よりも圧倒的に強いという確信だ。
「そいつはどうも。で、あんたは一体誰なんだ」
幸いにも、相手に敵対する意思はないらしい。ラフィットはできる限り冷静を装って問いを投げた。だが、その答えは聞くまでも無く、もう予測がついていた。
「あぁ、悪い悪い。いきなりで驚かせてしまったか。俺はビッケル。アンベルスの6人のひとり、ダルク兄弟の弟って言えばわかるかい?」




