表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第四章 神の見えざる手
118/184

118話 被験体291号

 姿を露にしたマルコの触手。それは赤黒く湿っていて、まるで別の生き物の様に蠢いている。自らの肉体を実験台にした結果、マルコはこの異形を手に入れたのだ。


(あの触手だけは、絶対に食らっちゃだめだ)


 飛んでくる矢を容易く弾く速さ。10m以上の距離からアンを捉えたリーチ。マーティンの腕を吹き飛ばし、ウォルターにさえ重いダメージを与えた破壊力。そのどれもが脅威だ。

 未だ全貌のはっきりしないマルコの触手。ラフィットとウォルターは慎重に間合いを詰めていく。


 だがふたりが仕掛けるより前に、何者かのすすり泣く声が聞こえてきた。


「えぐっ……ひぐっ……」


「この声は……」


 マルコと相対した今、視線を逸らすことはできないが、ラフィットたちにとって聞き覚えのある声だった。


「おや。あなた、生きていたのですか」


 地面から生えるように、アイニスが姿を現した。ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、マルコに迫っていく。


(ずっとついて来ていたのか)


「主よ……我が主よ! 先ほどのお言葉は何かの間違いでございますよね!? 私めのことを失敗作などと……」


「間違い? 何のことです。被験体291号……294号でしたかな? まぁ、どっちでもいいですね。それより、こちらの4名に対し、あなたたちふたりは敗北したのでしょう? であれば、あなたたちが失敗作であることに何の疑いがあるというのです。真に私の研究が成功していれば、負けるはずなど無いのですから」


 マルコはアイニスの名前すら覚えていなかった。彼女の名前は、彼の実験に必要のない情報だったのだろう。


「そ、そんな……私めは……私めは……」


「あぁ、でもそうだ。丁度良いところに来てくれましたね」


「は、はい! 何でしょうか!」


 一転笑顔で、アイニスはマルコに体を寄せる。自分を必要とされたことが嬉しかったのだ。


「あなたの右脚を置いていきなさい」


「……え?」


 だが、彼女の期待は脆くも崩れ去った。


「あとでアン様を修復する際に使いますので。エルフの肉はまだ使い道がありそうですし、代替品が必要なのですよ」


 どこまで行っても、マルコにとってアイニスはただの実験道具。それ以上でもそれ以下でもないのだ。


「どうしました? 早くしなさい。それとも、私の言うことが聞けないと言うのですか?」


「あ……あ、あぁ……」


 アイニスは再び涙を溢れさせ、その場にへたり込んでしまった。


「右脚を置いたら、294号と一緒に廃棄場へ行くのです。そのくらいは片足でもできますね?」


「……わかり……ました……」


 アイニスは地面の岩を斧状に変化させ、両手でそれを握りしめた。右脚を見つめる瞳には涙が絶えず溢れ続け、その手は震えている。


 それでも意を決したように目を瞑り、手にした斧を振りかざす。そしてそれを振り下ろそうとしたその時。

 

「馬鹿な真似はやめんか!」


 ウォルターがアイニスの腕を掴んだ。斧はわずかにアイニスの腿を傷つけたが、彼女の再生力で傷はすぐに塞がった。


「何をするのですか! 離しなさい!」


「やめろと言っている! そんなことをして何になると言うのだ!」


「主は私めに右脚を置いて行けと言ったのです! それで主の役に立てるなら、私めは喜んで従いますとも! あなた様にとっても、アン様の脚を治せるのならその方が好都合でしょうに!」


「喜んで従う、だと……?」


 ウォルターの肩は、わなわなと震えていた。


「そんな訳があるか! 慕う者に名前すら呼んでもらえず、道具としてしか扱われていないそなたが! 今も泣いているそなたが! 喜んでいるわけがなかろうッ!!」


 ウォルターは一喝すると、アイニスの作り出した石斧をその拳で打ち砕いた。


「な、何てことを……」


 その様子を見ていたマルコは首を傾げていた。


「ウォルター様、なぜあなたがその者を庇うのです? あなたにとっても、その被験体など取るに足りない存在でしょうに。お仲間であるアン様の修復より、その被験体の方が大事だとでも言うのですか?」


 ウォルターは再び石斧を作り出そうとするアイニスの腕を抑えながら、その問いに答える。


「……わからんだろうよ。理屈でしか物を考えられんそなたにはな」


「ふむ、理屈ではないと。心の問題、ということでしょうか? まったく合理的ではありませんねぇ」


「傷心の女子(おなご)がいれば庇うのが男の甲斐性。傷つけた相手が人でなしであるなら尚更だ。そなた、頭が良いはずなのにそんなこともわからんのか? それに、ここでこの娘を止めなかったと知られれば、後でアンにどやされるからな。それは勘弁願いたいのだよ。がっはっは!」


「……」


 そこで初めて、マルコは苛立った表情を見せた。


「ひッ!」


「!? むんッ!」


 そしてアイニスに向かい、無言で攻撃を仕掛けた。それもウォルターが防いだおかげで難を逃れたが、アイニスの顔は恐怖で引きつっていた。


「ご自慢の弁舌はどうした」


「……私、自らを気の長い方とも人格者とも思っておりませんので。えぇ、理解しましたとも。皆様とはやはり、相容れないということを」


「がっはっは! こちらはとうに気づいていたというのに。学者先生は随分と察しが悪いんだな」


 言い合うふたりに割って入るように、ラフィットはマルコの斜め後ろからボウガンの矢を放つ。だが、その矢をマルコは触手で掴んでしまった。


「これは……毒ですか。なるほど。これで291号たちを撃退したというわけですね」


「……確かに死角から撃ったはずなんだがな」


「簡単なことですよ。あなた方も見ていたでしょう。私がアン様の肉を食らうところを」 


 マルコの瞳力(ドゥリ)は、捕食したものの特性を奪う万物は美食なりて(ウィード・イーター)。アンの肉を飲み込んだマルコは、その能力でエルフの鋭い五感を身に付けていた。だからボウガンが矢を引き絞るわずかな音を聞き逃さず、視界の外からの攻撃にも対応できたのだ。


(それにしたって、飛んでくる矢を掴むなんて簡単にできる芸当じゃないんだがな)


「そなたは離れていろ。あやつの本性はもうわかっておろう。もう自分を傷つけるようなことはするんじゃない」


「ウォルター……様」


「ここを出たら、これから先の人生はそなた自身で決めるのだ。良いな」


 先のマルコの発言を鑑みれば、アイニスがどういう境遇を経てここにいるのか、想像することは難しくない。どうして狂信的なまでにマルコに入れ込むのかも。


「ここを出たら、ですか。楽観的ですねぇ。あなた方を逃がせばまた邪魔が入るでしょうに、私がそれを許すとでも?」


「お前の方こそ楽観的だな。逃げるだと? 俺たちは、ここでお前を殺す」


「……私に勝てるつもりなのですね。それも良いでしょう」


 そう言ったマルコの背中から、またしてもずるりと赤黒い触手が現れる。


(二本目!?)


 ラフィットがそう思ったのも束の間。マルコの触手は増殖するように次々に現れ、最終的に9本もの触手が背部で蠢いていた。


「ご注意ください。私は強いですから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ