114話 破砕の巨人形
「そんな状態で、まだ雷魔術を使うつもりか?」
「当たり前だ! あなたがマルコの手下になろうって言うなら、刺し違えてでも僕が殺す!」
「……そうか」
息巻くマーティンを前に、ラフィットは大きく息を吐いた。
「もう少し冷静になれ、マーティン」
「何を……」
「捨て鉢になるな。俺が義手を外した理由をよく考えろ」
真っすぐにマーティンの目を見て、ラフィットはそう伝えた。
(何を言っている、裏切者の癖に! 義手を外した理由は、相手の右腕を奪うという瞳力を使うためだ。つまり僕を本気で殺しに……)
そこまで思考して、マーティンは現在の位置関係を確認した。向かい合うラフィット。そのすぐ後ろには巨大化したままのピエール。頭上には下半身を岩と同化させたアイニス。そして自らの後ろには義手を抱えたヴェロニクと倒れたウォルター。
(瞳力を、使うため……)
そして改めて、ラフィットの言葉を反芻する。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだよ。さっさとやらないなら僕が……」
その様子を見ていたピエールが、痺れを切らして割って入った。だが、向かい合うふたりはそれを歯牙にもかけない。
「来い! マーティン!」
「うぉおおおお!」
マーティンは雷魔術を発動し、雷撃のような速さで斬りかかる。
「は?」
だがその相手はラフィットではなく、その後ろにいたピエールだ。不意を突かれたピエールは、その攻撃にまったく反応できなかった。
「でりゃぁああ!」
体ごと叩きつけるように、マーティンはピエールの左腕に攻撃を見舞う。そしてその勢いのまま、さらに後ろの壁に激突した。
「ぐはッ!」
ズルズルと力なく倒れるマーティン。
「痛ってぇぇええええ!!」
ピエールの絶叫が響く。マーティンが攻撃した左腕は、切断とまではいかないまでも、骨まで斬られてぶらんと垂れ下がっていた。
「こんにゃろぉぉおおおお!!」
ピエールは叫びながらマーティンの方を振り返り、左腕の再生を待たず残った右手に巨大な火球を作り出した。
「お前なんか、骨も残らないぞ!」
「く……脚が……!」
無理がたたり、マーティンの脚は満足に動かせなくなってしまった。あのままでは、火球の直撃は免れない。
「死んじゃえぇぇええ!!」
ピエールが火球を持った手を振りかぶる。グリフォンを撃ち落とすほどの一撃だ。生身の人間が食らって耐えられるものではない。
マーティンが思わず目を閉じた次の瞬間、爆発音と女の叫び声がその耳に届いた。
「いぎゃぁあああああぁぁぁぁああッ!!」
「マーティン! よく俺の意図を汲んでくれたな!」
燃やされていたのは、マーティンではなくアイニスだった。全身を炎に覆われもがき苦しんでいる。ラフィットが虚ろな略奪者でピエールの右手を奪い、その手にあった火球を投げつけたのだ。
「な、何だ!? 痛ッ……!」
驚愕の表情を浮かべたピエールが苦悶の声を上げる。その心臓の位置には、背中から矢が突き刺さっていた。
「やった!」
歓喜の声を上げたのはヴェロニク。その手には、ボウガンに変形したラフィットの義手を持っていた。
ラフィットが瞳力を使うとき、普通なら義手を誰かに預けるようなことはない。それを知っていたからこそ、ヴェロニクはこの場での機転に対応することができた。
「いや、まだだ。アイニスが岩の中へ逃げた。あいつはまだ生きている」
冷静にラフィットが告げる。その言葉通り、岩の中から声が聞こえてきた。
「よくも……よくもよくもよくもよくも! 私めの顔に、主に捧げるべきこの肌に! 傷をつけてくれましたね!」
「……あれだけ焼かれても吠える元気があるのか。呆れた奴だ。大体、すぐに治るんだろう?」
「あ、あなた様! あなたあなたあなた様ぁ! 主の研究に協力すると言ったのは嘘だったのですか!?」
「何だ、本当に信じていたのか? 俺の演技も捨てたもんじゃないな」
「ぐぎぎぎぎぎぃぃいい! すぐに回復して、あなた様を串刺しにして差し上げますからね!」
「お前の回復を待ってやる義理は無い。俺たちはマルコの元へ行く」
「え? 嘘、ちょっと待ってください!」
慌てた様子で、アイニスは天井から顔を出した。その顔は焼け爛れているが、みるみるうちに回復していく様子が伺えた。
「そうだよ! 大体、僕だって全然やられてなんかいないんだから。何かよくわからない方法で僕の火炎弾を跳ね返したみたいだけど、こんな矢なんて屁でもないぞ」
ピエールは背中に刺さった矢を引っこ抜く。マーティンに切られた左腕と共に、その傷も塞がってしまった。
(ラフィット様の考え通りにやれたはずだけど……あいつの言う通り、あの程度の攻撃じゃ強化人間は倒せやしない!)
ラフィットは確かに「あいつはまだ生きている」と言った。それはつまり、ピエールは仕留めたと言っているのと同義。ピエールには超常的な回復能力があるのだから、矢の一本が当たったところで、それが致命傷になることは無いはずだ。
「火炎弾、ね。お子様らしい稚拙な魔術だ。おかげで扱いやすかったよ」
「な……ッ! お前、僕を馬鹿にするのか! 許さな……ゥぷッ」
怒り狂っていたはずのピエールが、突然口元を手で押さえる。そしてその体は、先ほどまでの巨体からみるみるうちに縮んでいき、普通の子どもと同じくらいになってしまった。
「ぐぇエえ、ゲホッゲホッ! い……一体、何を……グぇぇええ」
「ピエール!? どうしたんですか!?」
ピエールは激しく嘔吐した。脚はガクガクと痙攣し、立っていられずに膝をつく。
「息が……く、苦し……ぐるじぃッ!」
「あなた! 一体ピエールに何をしたのですか!」
アイニスが矢を放ったヴェロニクを問い質す。だが、その質問に答えたのはラフィットだった。
「毒さ。さっきのボウガンの矢には、スナギンチャクの毒が塗ってあったんだよ」
「そんな! ただの毒で私めらがダメージを受けるはずがありません! マリナ様の治癒魔術と同じ回復力が……」
「マリナの治癒魔術が治せるのは物理的な損傷だけ。病や毒の類は治せない。知らなかったのか?」
「な、何ですって……!?」
ヴェロニクが射貫いたのはピエールの心臓。矢の傷自体はすぐに再生したが、残った毒素が心臓から送り出される血液に乗って全身に行き渡ったのだ。
「体を巨大化させれば炎魔術の威力が高まるとはいえ、矢を射る側からすれば的がデカくなっただけだったな」
「ゲ……かッ……」
ピエールは白目を剥いて倒れた。涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった哀れな顔を晒して。
(この場にユリスがいなくて良かった)
ラフィットはふとそんなことを思った。
「ひゅーっ、ひゅーっ、こ……し、て……ころ……て」
「この状態でも死ねないとは……自慢の回復力が仇になったか」
ピエールの体は、毒に蝕まれ全ての臓器がボロボロになっている。呼吸もできず、それでも体は再生を続けているため、ショック死するほどの苦痛をいたずらに長引かせる結果となっていた。
「楽にしてやりたいのはやまやまだが、生憎お前の殺し方がわからないんだ。すまないな」
「あ……あ゛ぁ……」
ピエールは痙攣する腕で、必死に何かを伝えようとしていた。そして何かを指差そうとした瞬間。
「ぎぇブッ!」
ピエールの頭部を巨大な落石が圧し潰した。岩と地面の隙間からどろりと赤黒い血が流れ出す。それでも体は少しの間痙攣を続けたが、やがてピクリとも動かなくなった。
「まったく、何を伝えようとしたのでしょうね」
冷たく、何の感傷もなく、アイニスはそう言い放った。ピエールにとどめを刺したのは彼女だ。
「お前……お前は! さっき自分で言ってたじゃないか! 仲間が死んだのに感情を揺さぶられないのかと! それなのに……」
マーティンが怒りを露にして叫ぶ。
「誰が仲間ですって? おかしなことをおっしゃる。目障りな糞ガキがひとり死んだだけではありませんか。あなた様は、目の前を飛び回る羽虫を潰して感情が動くのですか?」
「……やはりお前は腐っている!」
そのやり取りを見ていたラフィットは、指摘せずにはいられなかった。
「おいアイニス。クールぶっているが、自分が何をしたのかわかっているのか?」
「だから、目障りなガキを……」
「そうじゃない。お前は今、お前自身の殺し方を俺たちに明かしてしまったんだよ」
毒が全身に回っても死ぬことのできなかったピエールだが、頭を潰されれば死に絶える。それはつまり、同じ強化人間であるアイニスも頭を潰されれば死ぬということだ。
(まぁ、予想はしていたことだが)
「な、何のことでしょうねぇ」
アイニスは明らかに慌てていた。この短時間のうちに毒と頭部破壊というふたつの弱点が明らかになってしまったからだ。そして話を逸らすように、高笑いをしながら話し始めた。
「あ、あははは! あーっはっはっは! まったくまったく、本当にどこまでもおめでたい方々ですねぇ。毒? 頭を潰す? やれるものならやってみろと言うものです! もうお忘れですか? 私めの土魔術は岩を操り同化することができるのですよ。つまり、こういうこともできるということです!」
一度岩の中へ潜ったアイニスは、全身を巨大な岩で鎧のように包み込んだ。岩の鎧からは手足が生え、その姿はさながら巨人の鎧騎士。ドスンと大きな音を立てて、足場を揺らしながらラフィットたちの前に立ち塞がる。
「こ、これは……」
「くっくっく……あーっははははは! どうです! これが私めの奥の手、破砕の巨人形! 纏った岩は鋼鉄を超える強度! あなた様のちんけな矢など、何発撃とうが刺さりはしません! それに守られた私めの頭を破壊することも不可能なのです!」
「……それがお前の本気ってわけか」
「えぇ、そうですとも。驚きましたか? 驚きましたよねぇ? 残念ながら、この姿になった私めは本当の本当に無敵の存在。いかなる攻撃も弾き、いかなる相手もこの巨躯を以て粉砕いたします! あっはっは! 絶望的ですねぇ残念でしたぁ!」
アイニスは仰け反りながら笑っていた。その声が響く中、ラフィットは眉ひとつ動かさなかった。
「確かに大した魔術だよ。だが強度の比較対象が鋼鉄なら問題は無さそうだ」
「は?」
次の瞬間、アイニス自慢の破砕の巨人形の脚部は、突如として粉砕された。
「な、な、なぁぁああ!? 何であなた様がぁああ!?」
「ウォルター様!!」
マーティンが叫ぶ。その言葉通り、ゴーレムの脚を破壊したのは焼け焦げたはずのウォルターだった。
「まったく、面目次第もない。アイニスとやら、挽回の機会を与えてくれたことに感謝するぞ」




