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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第四章 神の見えざる手
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110話 不敵なアイニス

 アンベルスの6人がいなくとも世界を救うことができた。このアイニスの発言は、誰が聞いても世迷い言だと一蹴されるだろう。


 かつて世界を蹂躙した魔王の力は、それほどまでに強大だった。


 当時の権力者たちは世界連合軍を結成し、そこでは正規の兵に民間人を加えた二千万の軍勢が組織されたが、魔王の元に辿り着くことすらできずに壊滅。さらに、その時の遺体が生ける屍(リビングデッド)として魔王の傀儡となってしまったのだ。

 その事実は、魔王と人間では強さの次元が違うことを雄弁に物語っていた。蟻が二千万匹集まったところで、天を翔け火を吐く巨大な竜を倒すことはできないのだと。


 そんな絶望的な状況を、魔王をも上回る力で打破したのがアンベルスの6人だ。つまり、アンベルスの6人は二千万の軍勢を遥かに上回る強さを持っているということ。一騎当千どころの話ではない。


 故に、アイニスのような発言は幼子でさえ口にしない。マリナに宿った「神から授かった魔術の力」、アンベルスの6人の力の根源たるその力が、奇跡と呼ぶにふさわしいものだと誰もが理解しているのだから。


「間に合わなかっただけ、だって? 時間さえあれば、マルコは魔王を打倒することが出来たとでも言うつもりか!」


 マーティンは脇腹の傷を抑えながら叫んだ。憧れ、尊敬する存在であるアンベルスの6人の偉業を侮辱されたと感じ、黙っていられなかった。


「えぇ、そうですとも。私めをご覧いただければおわかり頂けると存じますが」


「わからないね! コソコソと隠れて陰から尖った岩を投げてるだけじゃないか。そんなくだらない魔術で魔王を倒せるとでも? そんなものが集大成だと言うなら、マルコの研究もたかが知れてるってもんさ!」


 マーティンの言葉に腹を立てたのか、アイニスは再び岩の中から姿を現した。天井からぶら下がるようにして、マーティンを見据えて溜め息をつく。アンとラフィットは再び矢を放つが、やはり岩の中に潜ることで回避されてしまう。


「……あなた様も私めを馬鹿にするのですね。そればかりか主までも……あぁ、無知とはこうも醜いものなのでしょうか。生きていて恥ずかしくないのでしょうか。私め、怒りを通り越して憐れみさえも覚えます。何て可哀想な生き物……」


 アイニスの土魔術(フムステラ)は確かに優れている。加えて彼女が陣取ったこの洞窟は四方も上下も岩で囲まれており、岩と同化して操るという能力とは相性も抜群だ。

 ウォルターの破壊力をもってすれば周りを囲む岩ごと破壊することも容易いが、やりすぎれば洞窟そのものが崩れて全員が生き埋めになってしまうかもしれない。そのリスクを取ったとしても、岩の深部まで潜ったアイニスを仕留められる保証はないという状況。ラフィットたちが攻めあぐねているのは紛れもない事実だ。


(どうやって本体を引っ張り出すか……)


 だがマーティンの言う通り、ラフィットにもアイニスの能力で魔王を倒せるとは到底思えなかった。アンベルスの6人と比較するのは驕りが過ぎるとも思った。それでも、アイニスから感じる不気味さはラフィットの警戒心を強めていた。


「あいつがまだ手の内を全て見せているとは限らない。油断するなよ、マーティン」


「おや、少しは見る目のある方がいらっしゃるようですね。えぇ、そうですとも。私めが授かった偉大な力があの程度だなどと……はしたないですが、笑ってしまいます。ですがまぁ、私めは慈悲の心を持っていますから。名も知らぬあなた様に全力など出しませんとも。ですのでご安心を。あなた様の言う『くだらない魔術』で、どうか早急にお亡くなりくださいませ」


 一瞬顔を出したアイニスは、そう言って再び岩の中へと戻って行く。


「そぉれ!」


 そしてまた背後の壁から石の槍を投げてきた。


「舐めるなッ!」


 だが、マーティンはそれを仰け反って躱す。先ほどは避けきれなかったが、今度は上手く対応できていた。だが、アイニスの放つ石槍は間髪入れずに連続でマーティンを襲う。


「あっははははは! お上手お上手お上手ですねぇ! ですが、いつまでそれを続けられますでしょうか?」


「く……ッ!」


 天井へと発射地点を変え、追いかけるように絶え間なく撃ち込まれる石槍。マーティンはその全てを躱していたが、徐々に壁際へと追いやられてしまう。

 アンとラフィットは石槍の発射地点に矢を放ち続けたが、アイニスにダメージを与えることはできない。


(あのままじゃマズい!)


 アイニスは明らかにマーティンの逃げる方向を誘導している。


「中央へ逃げろ、マーティン!」


「遅いですよ!」


 ラフィットの声で壁際から脱出しようとしたマーティン。その時、天井から分厚い板状の岩が降ってきた。マーティンは壁を背にして、前方と左右を3枚の岩板に塞がれ、完全に逃げ道を失ってしまう。


「マーティン!」


「はい、お終いです」


「しまっ……!」


 マーティンの頭上に造られた石槍が、その脳天に狙いを定めて射出される。凄まじい轟音と共に、辺りには細かく砕けた岩の破片が砂塵のように舞い上がった。


「あぁ。残念です。今ひとつの命が失われました。ただ少しばかり理解が足りなかったばっかりに……くっくっく。悲しいですか? 悔しいですか? 私めのことが憎いですか? えぇ、私めにはわかりますとも。でも、そんな感情もすぐに誤りだったことに気づきます。だって悪いのは私めではなく、理解しようとしなかった皆様なのですから」


 アイニスは天井から生えるように姿を現し、上機嫌に、そして嘲笑うようにそう言った。だがそこに向かって、アンはまた矢を放つ。


「ッ! っと……危ないですねぇ」


 その攻撃が意外だったのか、アイニスの反応が僅かに遅れた。岩に潜って凌いだものの、額には冷汗が浮かんでいる。


「アン様! あなた様には人の心が無いのですか? 悲しくはないのですか? たった今お仲間が亡くなったというのに、少しも感情を揺さぶられないのですか!? エルフだから? 人間に同情などしないとでもいうのですか!?」


 先ほどまでの上機嫌な表情から一変、今度は不満を露にした顔で、アイニスは再び姿を現す。その問いをアンは一笑に付す。


「汝れ、本当に気づいていないのか? 間抜けだとは思っていたが、ここまでとは笑ってしまうではないか」


「……何ですって?」


「敵の攻撃を払いのけた味方を見て、誰が悲しむのかと聞いているのだ」


「……ッ!」


 アイニスは慌てた様子で自身が石槍を撃ち込んだ場所へと視線を戻す。薄暗い中、岩粒の煙が晴れていくと、その中には大柄な人影が浮かんでいた。ウォルターだ。


「いつの間に……」


 アイニスの岩板は、四角の角の部分が完全に破壊されていた。ウォルターはそこから中へ侵入し、マーティンを襲った石槍を砕いたのだ。


「大丈夫か、マーティン」


「は、はい。ありがとうございます」


 ウォルターが尻餅をついていたマーティンを引き起こし、ふたりは岩の部屋から脱出する。アイニスはその様子を苦虫を噛み潰したような顔で眺めていた。


「アイニスとやら。まだ本気でないというのなら、出し惜しみはせん方が良いぞ。そなたのその魔術では、ここにいる誰ひとりとて殺せはせんのだからな」


「ぐぬぬぬ……」


「それとも、潔く負けを認めるか? ワシらが用があるのはマルコだけでな。おとなしくここを通してくれるのなら、そなたとはこれ以上戦う理由も無いのだが」


「負けを、認める……?」


 アイニスは俯いて黙り込んだかと思うと、今度は壊れたおもちゃのように笑い出した。


「くっくっく……あーっはっはっはっは!」


「何が可笑しい」


「いえいえ、これが笑わずにいられますか! あはははは! はぁ。あぁ、申し訳ございません申し訳ございません。私めとしたことが、お客様の前で大口を開けて笑うだなんてはしたない。でも、でも……ぷぷ……あーっはっはっはっは! ダメです! これはダメです!」


 耳障りな笑い声が洞窟内に響き渡る。ラフィットは思わず耳を塞いだ。


「くっくっく……はぁ。はい。はい、そうですね。私め、確かに少しだけ驚きました。皆様を見くびっていたことも認めましょう。申し訳ございません。えぇ。ですが、たった一度私めの攻撃を防いだくらいで、こうも図に乗られるとは思いませんで。それが可笑しくてたまらなかったのです。どうか、無礼をお許しくださいませ」


 アイニスは不敵な笑みを浮かべている。アンとウォルターは意に介さないようにしていたが、マーティンはその挑発的な発言に怒りを覚えていた。


「これ以上、アンベルスの6人を侮辱することは僕が許さない!」


「おや? ウォルター様に助けられなければ死んでいたあなた様が、そんなことを申しますか。これは滑稽。いえ、失敬。えぇ、でもその気持ちもわかりますとも。あなた様はおふたりのことを心より尊敬されているのですね。素晴らしいことだと思います。ですが、こちらももう戯れは終わりにしようかと思うのです。申し訳ございません」


「ほう、ようやく本気を出す気になったということか」


「そうですね。ウォルター様、半分はその通りでございます」


「半分だと?」


 その時、閉ざされていた鉄の扉が軋んだ音を立てながら開かれた。予想外の出来事に、一行の視線が一瞬そちらに奪われる。そして次の瞬間。


「ぐあッ!!」


 一行の耳に届いたのはウォルターの呻き声。その鋼の肉体からは鮮血が吹き出し、前のめりに倒れてしまう。今度は皆の視線がウォルターに注がれた。だが、それこそがアイニスたちの狙いだった。


「ッ!?」


 開かれた扉の奥から、黒い何かが凄まじい速度で伸びてアンの体を絡めとった。そして誰もが声を出す暇もなく、その何かはアンを扉の奥へと引きずり込んでしまった。


「あ、アン様!」


 ようやくマーティンが声を上げる。だが鉄の扉はすでに閉められ、その声がアンに届くことは無かった。そして鉄の扉は、アイニスの魔術によって岩で塞がれてしまった。それはあまりにも突然の出来事。何が起きたのかわからないまま、その場にはアイニスの笑い声だけが響いていた。

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