11話 救う者と殺す者
ラフィットが縛られたベッキオの方に向かって歩みを進めると、その途中で息も絶え絶えのダインに声を掛けられた。
「よ、鎧手の旦那ぁ……」
「何だ、まだ生きてたのか。しぶとい奴だな」
「どうか、俺たちも助けてくれねぇか……はぁ、はぁ……俺はまだしも、カルネの奴はこのままじゃ死んじまう」
「お前たちを助ける義理がどこにあるって言うんだ。お前たちも、俺から見れば悪党であることに変わりはない。死ぬなら勝手に死ねばいい」
「そんな……」
「ちょっとラフィット、そんな言い方無いでしょ!」
無慈悲にダインの横を通り過ぎようとするラフィットの袖を、ユリスは掴んで引っ張った。
「ゴンズ兄弟は殺さないって言ってたじゃない! それなら、助けてあげようよ!」
「別に俺が殺すわけじゃない。内輪もめで勝手にくたばるだけだろう」
「そうかも知れないけど……」
「子どもから金を巻き上げようとする奴らだぞ? そんな奴らを助けたところで、また今回みたいな犠牲者が増えるだけだ」
「そうかも知れないけど……ッ! それでも、それでも私は放っておけない。助けられるのに見捨てるなんて嫌だよ! あの人たちはまだ悪いことをしてないんでしょ? それなら、これから反省して善人になれるかもしれないじゃない!」
「恐喝未遂は立派な悪事だと思うが……それより、お前は本気であいつらが善人になれると思ってるのか?」
「あ、当たり前でしょ! 人間は、いつからだってやり直せるんだから!」
絞り出すようにユリスは答える。その声は、どこか悲痛な思いが込められているような、自分に言い聞かせているような、そんな風に感じられた。
(そう、人はいつだってやり直せる。だから私だって……)
「そこまで言うなら、好きにすればいい」
「え?」
「好きにしろと言ったんだ。ただ、助けた後の責任はユリス、お前が持て。もしあの二人が悪事を働いたとしたら、その時は俺がお前と一緒に処分する。その覚悟があるんなら、治療でも改造でも好きにしろ」
その言葉を聞いて、ユリスの表情は晴れていく。
「ありがとうラフィット! すぐに終わらせるからね!」
ユリスはいまだ起き上がることのできないダインの前に座ると、鞄の中をガサゴソと漁り始めた。
その横で、ラフィットはまた大きな溜め息をつく。
(あいつ、俺の言ったことをちゃんと理解しているのか? ゴンズ兄弟が裏切ったらどうするつもりなんだ。あんな奴ら、信用には値しないだろう)
そんな懸念を抱くラフィットをよそに、ユリスは鞄から取り出した小瓶をダインに手渡した。
「これ飲んで。あなたくらいの傷なら、これで良くなるはずだから」
「じょ、嬢ちゃん。すまねぇ。恩に着るぜ……でも、俺より……」
「わかってる。もう一人の方が大変だって言うんでしょ」
向こうで倒れているカルネは、先ほどからずっと気を失ったままだ。ポールほどではないにしろ、出血が激しく、左腕は肘の下から千切れそうになっている。目を覚まさないのは、極度の貧血状態にあるからだろう。
「さてと。まずは……と」
ユリスが鞄の中から取り出したのは1本の小ぶりなナイフ。そして立ち上がったかと思うと、それを三つ編みの結び目辺りにあてがった。そして何の躊躇いも無く、その長い銀髪を切り落としたのだ。
「お、おい嬢ちゃん!」
ジェンベール王国において、長い髪は女性らしさと豊かさの象徴。世俗に囚われない錬金術師といえど、その認識には変わりない。
それにも関わらず、ユリスは自らの髪の毛を肩のあたりまでバッサリ切ってしまったのだから、ダインが驚くのも道理といえよう。
しかしそんなことはおかまいなしに、ユリスは切り落とした自らの髪の毛を持ってカルネの傍まで行くと、新たな薬の瓶を取り出して、手にした髪をそれに浸した。すると、髪の毛は見る見るうちに結合し、一枚の美しい織物のような形状へと変化していく。
「なんだありゃ……まるで魔法じゃねぇか」
「これをこうして……よし!」
ユリスは出来上がった布状の物で、カルネの傷口を次々に覆っていく。すべての傷口が塞がれると、気を失っているはずのカルネの表情が少しだけ和らいだように見えた。
「これでひとまずは大丈夫。そのうち目を覚ますと思うから、そしたらこれを飲ませてあげて」
「もう終わり!? あんなので傷が塞がるのか?」
「あんなのとは何よあんなのとは。あれはね、癒合創膏って言うの。ただの包帯じゃないよ。膏薬がたっぷり含まれてるし、傷が治った後は癒合創膏がそのまま新しい皮膚になって定着するの。すごいでしょ!」
「あの布が皮膚に? そいつはすげぇ!」
「そうでしょそうでしょ? 内臓に損傷は無かったし、見た目よりは軽傷で良かったよ。まぁ、壊れた筋肉や血管を完璧には治せないから、回復飲料の服用を忘れないこと! わかった?」
「あぁ、肝に銘じとくぜ。ありがとな、姉ちゃん!」
「ふふーん」
満足そうな顔をして、ユリスはラフィットの元へと駆け寄っていく。今度は上手くできたと、パズルの完成を親に報告する子どものような無邪気さで。
「もう終わったのか」
「どう? 錬金術ってすごいでしょ?」
「……あぁ。確かに便利だな。しかも物が出来上がるまでが早い。もっと時間が掛かる煩わしいもんだと思っていたんだが……正直見直したよ」
「うわ、何かそんな風に素直に褒められると逆に気持ち悪いんだけど」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「ま、錬成時間が短いのは私が天才だからなんだけど。本当はあんな風にはいかないんだから、錬金術師なら誰でもできるとは思わないでね」
「そうか。あんまり調子に乗るなよ」
「むぅ、そこは素直に認めてくれても……って、ラフィット、何やってんの!?」
ユリスの目に飛び込んできたのは、ラフィットが束ねた自らの髪の結び目にナイフを当てている姿だった。
「お前の忠告通り、邪魔だから切ることにした。この年でおじさんと呼ばれるのも嫌だからな」
そう言って、ラフィットも自分の髪を切り落とした。癖のある髪がバサッと広がり、切られた毛束は地面へと落ちていく。
「事が済んだら髭も剃るか」
「何でいきなり……」
「別にタイミングなんていつでもいいだろう」
「……やっぱりラフィットは優しいよ。私の目は節穴じゃない」
ラフィットがどんな思いで髪を伸ばしていたのかはわからない。だが、今髪を切り落としたのは、間違いなくユリスを気遣っての行為だとわかった。
この国では長い髪は女性らしさの象徴。なのに、男のラフィットがユリスより長髪では、一緒に行動するユリスがどんな目で見られるのか、想像するのは難しくない。
(ま、多分それを問い詰めても「そんな目で見られるのは俺が面倒だからだ」とか言うんだろうけど)
「……この件が終わっても、まだ俺を優しいなんて言えるんなら……まぁその時は好きにしろ」
ラフィットは改めてベッキオを見据える。そしてそのまま、ユリスの顔は見ずに問いを投げた。
「ユリス、念のために聞いておくが、俺がこれから何をしようとしているか、わかってるよな?」
ラフィットの問いに、ユリスはゆっくりと喉を鳴らして頷いた。
私掠命人であるラフィットは、犯罪者を自らの判断で裁く権利を持っている。そして、目の前で失神しているベッキオは、死罪に値する凶悪犯だ。
これから何をするかなんて、そんなことはもうわかっている。わかりきっている。
「あいつを、殺すんでしょ……?」
わかっていても、17歳の錬金術師であるユリスがそれを口にするのは憚られた。それは当然のことで、咎められるようなことではない。
ポールが目の前で死んでしまうかもしれないと思った時、それはとてつもない恐怖をユリスに与えた。誰かの命が目の前で失われるというのは、それだけで単純に怖いのだ。
それを自らの手で、自らの意志でもたらすというのがどういうことなのか、その本当の意味をユリスは知らない。だから、ユリスなりに決意をもって答えたつもりだった。
「やはりお前はわかってないな」
だが、ユリスの回答にラフィットは首を横に振った。
「え?」
「殺すんじゃない。虐殺する」




