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僕らが勇者を殺す理由  作者: 志登 はじめ
第一章 処刑人と錬金術師
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10話 優しい騎士様

「時間が止まっているって、一体どういう……?」


「正確には時間が止まっているというより、劣化を完全に止めているって言った方が良いかな。まぁ、人間に対して使うのは私が初めてだと思うけど……見たところ上手くいったみたい」


 吉祥者の儲蓄庫アマルガム・ストレージャーは本来、劣化の早い貴重な薬草や霊薬を保存する目的で生み出されたもの。その中に閉じ込められた物質は、1000年先も当時の状態を維持することができると言われている。


「よくわかんないけど……これでポールは助かったってこと?」


 ジャンは不安そうな瞳でユリスを見上げる。


「……助かった訳じゃない。これはあくまで、一時的に怪我の進行を食い止めているだけ。根本的な解決にはなってないの。何か対策を打たないと、ここから出した途端にこの子は死んでしまう」


「対策って、どうすれば……」


「……ごめんなさい。私にできるのはここまで。普通の怪我なら薬を作ることもできるけど……これはもう、薬でどうこうできる範囲を超えてる。私には、手に負えない」


 ユリスは唇を噛んで、拳を握り込んだ。食い込む爪が手のひらを傷つけるほどに強く。それほどまでに強い無力感を抱いていた。


「お姉ちゃん……」


 そんなユリスを見て、ジャンはそれ以上の追及ができなかった。


「そっちの首尾はどう……って、何だ? これは」


 そこへラフィットがやって来る。ポールが入れられた巨大な水晶を前にして、目を丸くしていた。


「ラフィット」


「これは、水晶か? 見たところ、この子の怪我はまだ治っていないようだが……ユリス、何があったか説明してくれ」


「……うん」


 ユリスは事の経緯をラフィットに説明した。


「なるほど。さっきの爆発音はそれのせいか。新手が来たのかと思ったぞ」


吉祥者の儲蓄庫アマルガム・ストレージャーの素は、強い衝撃を与えることで急激に凝固するんだ。だから爆発させるの。常識だよ」


錬金術師(お前)の常識は一般人(俺たち)の非常識だ。覚えとけ」


「むぅ……そういえば、さっきの大男は? やっつけたの?」


「あぁ、あっちで伸びてるよ」


 ラフィットが指さした方向で、ベッキオは失神したまま縛り上げられていた。


「すごいね。あんな強そうなやつ簡単にやっつけちゃうなんて、ラフィットって本当に強いんだ」


「俺は強くなんかない。相手が俺より弱かっただけだ」


「それに比べたら私は……」


「あなたはよく頑張ってくれましたよ!」


 そう言って、うなだれたユリスの手を掴んだのは、つい先ほどまで彼女を糾弾していたゴルチェだった。


「おじさん……」


「さっきは取り乱して酷いことを言ってしまいました。謝らせてください。本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるゴルチェ。それに倣う様に、ジャンも慌てて頭を下げた。


「そんな風に言われても……結局私には傷を治すことはできなかったんだし」


「何を言いますか! あなたは私の息子を助けるために全力を尽くしてくれた。その結果、息子は命を繋ぐことができたんですから」


「でも……」


「お前らしくない……のかは知らんが、あんまりウジウジするんじゃない。こう言ってくれているんだから、感謝の意はありがたく受け取っておけ。そもそも、この件は想定外の出来事だ。緊急事態への対処としては出来過ぎと言っていい。それに、当初の目的だった不全瞳力(ドゥリ)閉塞症を治すって目的は、しっかり達成しているだろう。下を向くな、胸を張れ」


 ここに来る前と比べると、随分しおらしくなってしまったユリスの頭を、ラフィットはワシワシと撫で回した。

 実際、ポールがあの状態から死を免れたことは奇跡と言っていいだろう。絶望的な状況の中で、最後まで諦めずに足掻いた結果なのだから。


「ラフィットって、もしかして優しい人なの?」


「冗談が言える程度には持ち直したか」


 冗談で言ったつもりはないのに。ユリスはそう言いかけて言葉を呑み込んだ。


「さて、この子のこともそうだが、あっちも片付けなきゃな」


「あっちって?」


「あの男さ。過去に17人を殺したと自白した。十分すぎるほど死罪に値する。あんな危険人物が報告もされずにうろついているなんて。まったく、憲兵隊は何をやってるんだか」


「死罪……」


 改めて縛られた状態のベッキオを見て、ゴルチェは肩を震わせながら、小さく低く呟いた。それをラフィットは見逃さなかった。


「あとは私が処理します。子どもには見せない方が良いでしょう。ジャンを連れて、家に戻っていてください」


「……」


「ゴルチェさん、あなたの心中はお察しします。ですが、その考えは捨てた方が良い。あなたが手を汚す必要は無いんだ。それにそんな顔をしていたら、ジャンが怖がりますよ」


 ラフィットの言葉に、ゴルチェはハッとした表情を見せる。


「私は……私は……ッ!」


 やりきれない思いと、激しく渦巻く悪感情を抑え込もうと歯を食いしばったのだろう。ゴルチェの唇の端から一筋の血が流れていた。


「……いえ、そうですね。騎士様のおっしゃる通りです」


「あなたには宝石加工職人という立派な仕事がある。何も私のような汚れ仕事をこなす必要はありません」


 その言葉の意味を察し、ゴルチェはジャンの肩を抱いた。


「あなたは汚れてなどいません。気高く、そして優しい騎士様です」


「……お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」


「さぁ、行こう。ジャン。ポールを家に運んでやろう」


「うん」


 ジャンは会話の意味を完全に理解していたわけではないだろう。だが、父親の言葉に素直に従って、弟が閉じ込められた水晶を運ぶために台車を用意しに走っていった。


「それでは騎士様、そして錬金術師様。あとは……よろしく頼みます」


「片付きましたら、お声がけさせていただきます」


 ゴルチェとジャンが台車を家の中まで運んでいくのを見送って、ラフィットは大きく溜め息をついた。


「まったく……」


「どうしたの? 溜め息なんかついて」


「気高く優しい騎士様、ね。あの父親の目は節穴だ。ユリス、お前の目もな」


「む、それどういう意味?」


「俺のパートナーになるんだから、俺の仕事がどういうものかよく見ておけ」


「ちょっと! 質問に答えてよ~」


「すぐにわかるさ」

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