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意味がわかると怖い小説

ひまわりとさくら

作者: 伊奈勝平

できるだけコンスタントに、意味がわかると見方が変わる様な短編小説を連載していきたいと思っています

真美が小学4年生になったばかりの春の事でした。


「お母さん、お母さん、私ね、お庭にひまわりをたくさん植えたいの!

夏になったらたくさん花が咲いて、きっときれいだと思うの」


お母さんは言いました。


「そうねぇ、うちの庭は庭って言うほど大きくはないから、そんなにたくさんは無理だけど、いいかもねぇ」


「やったー、じゃあお花屋さんでひまわりの種を買ってくるね!」


そう言って真美は貯めていたお小遣いを握りしめ、家を飛び出して行きました。


真美の家の玄関先には、庭と言うには慎ましいけれども、隅には少し小ぶりな桜の木が植えられている、小さなスペースがありました。


犬小屋程度なら十分置けるくらいのスペースなのですが、犬も飼っていないので真美の家族はそのスペースを持て余していました。



数分もせずに真美は、息を切らしながら家に帰ってきました。


「お母さん!買ってきた!」


「はいはい、そんなに慌てなくても大丈夫よ

じゃあ植えようね」


必死になっている娘を微笑ましく思いながら、真美の母親は家の裏の物置から小さなスコップとジョウロを持ってきました。


「はい、じゃあ植えましょうね」


母親がそう言うと真美は「うんっ!」と元気に返事をしましま。


真美と母親は玄関先の庭の桜の木からは少しだけ離れた所の土をスコップで掘り返したあと、そこにひまわりの種をいくつか植えました。


「はやく大きくなってねーーー!」


真美はそう言って、ジョウロで水やりをしました。


その日から、朝の水やりが真美の日課になりました。


朝起きるのが苦手だった真美でしたが、ひまわりの花が家の前に咲くのを想像すると、ただの水やりも真美にとっては楽しく感じられました。


真美は、来る日も来る日も水やりをしました。


そして5月が終わろうという頃、ついにひとつ、ひまわりの芽がでました。


「お母さん!芽が出たよー!!!」


「あらあら、ほんとねー

何年もほっといた庭だから少し心配してたんだけど、無事に芽が出てよかったわねぇ」


母親も、少しほっとした様子で言いました。


「真美がちゃんと水やりをしたおかげだね

よくがんばったねぇ」


母親にそう言われた真美は、嬉しそうに少し照れて笑顔でうなずきました。


そして、その後も真美は毎日水やりを続けました。


最初に出た芽の後を追う様に、すぐに他にもいくつかの芽が出ました。


しかし、もうすぐ夏を迎えようという7月の初めには、全ての芽が大きくなる事なく弱ってしまい、梅雨が明けた頃には枯れてしまいました。


「がんばったのに……」


落ち込む真美に、母親は声をかけました。


「真美はがんばったけど、庭の土が良くなかったのかもねぇ……」


「庭の土?」


不思議そうな顔で、真美は尋ねました。


「そうよ。お花はね、水とお日様があれば育つ訳ではないの。」


「そうなの?」


「ええ、お花は根から土の中の栄養も吸ってるの」


「そうだね、この前学校で習った。じゃあどうしたらいいの?」


「土の中に肥料を混ぜてあげれば良いのよ」


「そっかぁ。じゃあ次は肥料も買ってこないと!」


「ええ、そうね」




真美は小学5年生になりました。


「お父さん、お父さん!」


「おっ、どうしたんだい真美。朝っぱらからそんな大きな声を出して」


父親は朗らかに答えました。


「あのね、去年ひまわりを植えたけど、枯れてしまったでしょう?」


「ああ、そうだね。今年も植えるのかい?」


「うん!それでね、近くのホームセンターに連れて行って欲しいの!」


「ああ、いいよ!肥料を買うんだね?」


「うん!」


そして、朝食を食べた後、2人はホームセンターへと向かいました。



しばらくして、真美は肥料が入ったビニールの服を抱えて嬉しそうに帰ってきました。


「お父さん、手伝ってね!」


「ああ、いいとも!」


父親は、同じくホームセンターで買ってきたシャベルで庭の土を軽く掘り返しました。


真美もスコップで肥料を土に混ぜました。


「よし!これくらいで良いんじゃないかな?」


「うん!ありがとう、お父さん!」


作業を終えた2人は家に入ると、リビングのソファーに座りました。


「おつかれさま。今年はきれいに咲くといいわね!」


ティーポットとカップを乗せた盆を持った母親が、真美の真美にカップを置きながら言いました。


「大丈夫さ。真美がこんなに頑張ったんだ!きっと咲くさ!」


お父さんがカップに注がれた紅茶をすすりながら言いました。


「うん、絶対咲くよ!」


真美もそう言うと、カップに入った紅茶に口をつけました。




しかし、残念ながらこの年の夏もひまわりは花を咲かす事なく枯れてしまいました。


「何がいけなかったんだろう……」


しょんぼりと落ち込む真美を見た両親は居た堪れない想いでした。




それから数ヶ月が経った頃でした。


仕事から帰ってきたお父さんは、何やら自慢げな顔で話し始めました。


「たまたま会社でガーデニングが好きな人が居るだけどね、その人が言うには、桜の木っていうのはたくさん栄養が必要なものらしいんだ」


「どういうこと?」


真美は不思議そうに尋ねました。


「つまりだね、せっかく肥料をやっても桜の木がほとんど栄養を一人占めしてたんだよ

だから、今年もひまわりがうまく育たなかったんだよ」


「そうなんだ」


少し考えて、真美は言いました。


「じゃあ、うちのお庭だとひまわりは咲かないの?」


そう言った真美の顔はとても悲しそうでした。


「そんな事はないよ 桜の木はもう何年も花を咲かせてないしね 良い機会だからあの木は抜いてしまおうと思うんだ」


それを聞いた真美は少し悩みました。


「でも、それだと桜の木がかわいそうだよ」


それを聞いてお父さんは少し困った顔をしました。


真美が喜ぶと期待していたので、少し肩透かしな気がしました。



それからしばらくして、真美が小学5年生になった春の事でした。


朝早くに父親に起こされた真美は、眠たそうに目をこすりながら、尋ねました。


「どうしたの、こんな朝早くに?」


すると、お父さんはにやりと笑い、


「いいから、早く服を着替えて部屋から出ておいで」


と言いました。


サッと朝食を済ませると、真美と両親は車に乗り込みました。


「ねぇ、お父さん、どこへ行くの?」


真美が尋ねても


「すぐにわかるよ」


とだけ言って、父親も母親も教えてはくれませんでした。


少し経つと、見覚えのある墓地が見えてきました。


真美の母方の祖父母が眠るお墓でした。


「お墓参り?」


「ああ、そうさ!」


答えを聞いても、真美にはなぜ父親がこんなに嬉しそうな顔をしているのかわかりませんでした。


お墓に着くと、父親は


「先に行ってて!」


と言い、バケツに水を汲み始めました。


父親の意図がわからないまま、真美は墓石の手入れをする母を手伝い始めました。


バケツを持ってやって来た父親も、それに加わりました。


久しぶりの墓参りだったので、念入りに掃除をしました。


「ふぅ……こんなもんかな?」


父親はそう言うと、墓前に線香を立て手を合わせました。


続いて母親も手を合わせ拝みました。


真美も続こうとした時、父親が真美を呼び止めました。


「ちょっと待って!」


真美は振り返って言いました。


「なぁに?」


すると、母親がまず話し始めました。


「庭の桜はね、私のお父さんとお母さんが植えた桜なの 真美のおじいさんとおばあさんの事ね」


「そうなの?」


「ええ おじいさんとおばあさんが結婚してすぐ植えたそうなの」


少し間を置いて続けた


「だけど、真美が生まれてしばらくしてから2人とも病気で亡くなってしまったのは真美も知ってるわね?」


真美は黙ってうなずいて答えました


「その次の歳から、桜の木には花が咲かなくなってしまったの」


「だから私は、あの桜が咲いてるところを見た事が無いのね」


「ええ、なぜ咲かないのかはわからないの でも、それからずっとあの木は放置してたの」


真美は黙って聞き続けました


「それでね、あの木は他所に移す事にしたの」


そう聞いて、真美は思わず「え?」と声をだした。


「どこに移すの?」


「いつも来てくださるお寺があるでしょう? そこに移す事にしたの」


「そっかぁ、少しさみしいけど、桜の木も広いとこの方が嬉しいかもね」


「ええ、それなら亡くなったおじいさんとおばあさんも安心してくれると思うの」


「うん、そうかもしれないね」


「だから、真美からも、おじいさんとおばあさんにその報告をしてほしいの」


「わかった!」


そう答えると真美は、墓石の前にしゃがみ手を合わせると、いつもよりも長く目をつむった。


そして、目を開け立ち上がると風がそっと真美の髪を撫でたようでした




墓参りを終え家に帰ると、コンパクトなサイズの重機と作業服の男性が数人立っていました


「すみません、思っていたより遅くなってしまいました!」


車を降りるなり、父親は頭を下げ謝りました


「いえいえ、じゃあ作業を始めてよろしいでしょうか?」


再び父親は頭を下げ「よろしくお願いします」と言いました


真美は作業が終わるまで、手をぎゅっと握りながら立ち尽くしていました





作業が終わり桜の木があった場所には、新しく土を被せられました


元からあった土と違った色をしたその場所が、何となくさみしい雰囲気を漂わせていました


「お母さん……」


そう言って真美は母親の顔を見上げると


「うん……」


とだけ返事が帰ってきました


「なぁ、真美」


お父さんが真美に声をかけました


「なぁに?」


「お寺に行ってみないかい?」


「うん」


お父さんに連れられて、真美は我が家の桜が移されるお寺に行きました


着いてみると、お寺にの境内の角にはすでに桜の木が植えられていました


「あなたが真美さんですね?」


話しかけて来たのはお寺の住職でした


「はい」


と、真美は返事をしました


「はじめまして 今日はこんなに立派な桜を譲ってくださってありがとうございました」


「いえ…… この桜はおじいちゃんとおばあちゃんが大事にしていた桜だったらしいです だから大事にしてあげてもらえますか?」


住職は答えました


「もちろんです ですが、私は真美さん、あなたにもこの桜の木を大事にしていただきたいのです」


「え……?」


真美には住職が言っている事が良くわかりませんでした


「この桜の木は、真美さんが言う様におじいさまとおばあさまが大事にされていた木です 

この桜の木をここに移した後、そのまま忘れられるのはとても悲しい事です」


「はい……」


「ですから、これをお庭に植えてごらんなさい」


そうして渡されたのは、2本の木の枝でした


「これは、この桜の木から切った2本の木の枝です

挿し木と言って、この枝を土に挿すとまたそこから桜が育つそうです」


聞きながら、真美は渡された桜の枝を見つめていました


「あなたはおじいさまとおばあさまが居たからこそ、今ここに居るのです

その事を忘れない様に、その枝をお庭に挿していただけませんか?」


真美はそう聞いて、はっとした顔をしました


「よかった では、ひまわりが良く育つと良いですね」


「はい! ありがとうございました!」


お寺から戻った真美は、さっそく庭に桜の枝を植えました


横並びに植えられた2本の枝は、まるでおじいさんとおばあさんに見立てたかの様でした




そして、また月日が経ち小学6年生の夏でした


「きれいだね」


真美が言いました


「そうねぇ」


母親が答えましまた


「真美が頑張ったからだよ」


父親も言いました


「ううん、お母さんたちが協力してくれたからだよ」


「それは、真美が一生懸命だったからよ」


母親がそう言うと、父親も「うん」と大きく頷い言いました


それを聞いて真美はうれしそうに笑いました





また春を迎えたある日、真美は真新しい制服に身を包み玄関でなれない革靴を履くのに苦心していました


「真美、急がないと遅れちゃうよ!」


「うん……よし、履けた!」


そう言って、立ち上がった真美は「いってきます!」と言って玄関を元気に飛び出しました


すると、すぐにまた玄関が開き、真美が大きな声で言いました!


「お母さん、お父さん!ちょっと見て!」


真美に言われて、真美の両親は玄関の外に出てきました


「あらあら!」


そう言った母親の視線の先には、あの桜の木の枝がありました


2本の桜の枝の先にはそれぞれひとつずつ、小さなピンクの桜の花が咲いていました


「ずっと(つぼみ)だったのに、よりによってまた、今日咲くとはなぁ!」


父親はうれしそうに笑いながら言いました


「ほらほら!入学式に遅れるわよ!」


「はーい! あ……待って!」


そう言って真美は桜の枝の前にしゃがみました


「おじいちゃん、おばあちゃん、今日から中学生になります!

今まで見守ってくれてありがとう

じゃあ、言ってくるね!」


そう言って立ち上がった真美は、あわてて学校へと走りだしました


「がんばれよー! お父さんたちも後で入学式観に行くからなー!」


父親の声に振り返らず、真美は走りながら「はーい!」と答えました

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