喧嘩
現地時間、二千十八年七月二十五日、午後九時三十九分。
夜も更け、人通りの少なくなった二十一時半頃。
アリメントの一人・カリスを捕える事に成功した四六は、ひとまず彼女を秋音市民病院のVIP病棟に隔離する事で、対処を行った。
その場に集結していた七人のアルタネイティブ達と秋山志木、七瀬七海は、それぞれ何があったかを話し合う。
「まずはブルー、セイント、サール・クラージュの三人だが、彼女達は三組織の会合に現れた【エルス】の討伐、及びサール・クラージュは【サニス】というアリメントと交戦した」
「そして俺達……レッド、ヴァンプ、乱舞の三人は、同じく【エルス】の討伐と【カリス】っていうアリメントと交戦して……こうして、カリスを捕えたって感じだな」
ゴールデン・マリー号に乗船していた代表者として志木が事の内容を説明し、そしてレッドも自分たちがどんな状況だったかを説明する。
「あー、ちなみにアタシはアルターシステム外して晩御飯作ってた。ゴメン美咲」
「いえ。あの、ちなみにこれ……頼まれてたお買い物……です」
「ありがとね、うん。卵思いっきり割れてるけど……」
炎武……宮越花江は、二通りどちらの戦いに参加する事は無かったが、彼女は元々、今回の協力に関しては拒否のスタンスを取っていた。彼女を責める事は出来ないと、全員が納得をしていた。
「しかし、状況が変わってきたな」
優奈の言葉に志木が頷く。
「奴らはアリメント――つまりエネミーのメス種だ。本来ならば我々四六が処理にあたるべきだが、サニスはプリステスのアルターシステムを奪取し、カリスは捕える事こそ出来たものの、大量の虚力を持つ七瀬君か神崎君を狙っている、という事だね」
「それどころじゃないよ。コイツ、聖邦教会の量産型アルターシステムに手を加えて、自分で使ってた。きっとサニスって奴も、聖堂教会のアルターシステムで何かしようと企んでるんだよ」
直哉が口にした言葉は正しいだろうと、シャルロットも頷いて花江へと告げる。
「これで、貴女も無関係ではなくなりましたね」
「何それ参加しなかったイヤミ? ……ま、戦わなきゃならないならやるよ。でもこんだけアルタネイティブがいるなら、アタシたちにゃ出番ないっしょ。美咲、帰ろ」
「え、花江さん、ちょっと」
美咲の手を無理矢理引いて、その場から立ち去ろうとする花江。
しかし、そんな彼女の行く手を阻む直哉。
「ボクのパパとハナエのママが残した因縁のせいで、戦いたくないなんてワガママ言ってるの?」
「アタシたちは、アタシたちが戦わなきゃならない奴と戦う。勿論、それも無いとは言わないけど、サニスだかタコスだか知らないけど、アタシたちの関係ない異世界人と戦う理由なんて無い」
「じゃあもし、因縁に決着付けさせてあげる――そう言うとしたら、どうする?」
しばし、二人は睨み合っていたが。
やがて意思疎通を果たしたように、花江は美咲の手を離して病室を出て、直哉も彼女に続いた。
「放っておいていいのか、アイツら」
荘司が聞くと、七海と美咲はクスリと笑いながら「大丈夫」と言葉を重ねた。
「ナオってば、素直じゃないだけだもんね」
「花江さんもです」
**
病院の屋上に足を運んだ直哉と花江は、互いの目を見据えながら、アルターシステムを装着し、人払いを発動させる。
そして周りの視線から自分たちを阻害させると、遠慮なく言葉を交わす。
「ホントに子供っぽいお姉さんだね、ハナエは。内心ミサキが狙われてムシャクシャしてるっていうのに」
「そっちも同じでしょ。今は七海ちゃんが狙われてるって知ったから、ガキみたいに『僕達を守ってよお姉ちゃん達~』って喚いてる。そもそも一緒に戦いたくないって最初に言ったのはアンタの筈じゃん」
「ボクはハナエを素直にさせてあげたいだけ。
――確かに、一緒に戦いたくないってワガママを最初に言ったのは、ボクだ。
けど、今はそんなワガママが通じる状況じゃない。ハナエだってそれは分かってる。
振り上げた拳を下す場所が見当たらなくて、そしてムキになっちゃった。違う?」
「……違くないね。アタシゃ、不器用でバカな女だもんでさ、この気持ちをどうハッキリさせるべきかも分かんないんだ。
だからこそ――アンタの誘いに、乗ったげる」
もう、二人は本心を語り合った。
故にこれからは――戦いの時だ。
両手中指に装着したアルターシステム同士を合致させ、手首を捻る。
〈Alter・ON〉
機械音声が奏でられる、ヴァンプのアルターシステム。
「――変身っ!」
〈HENSHIN〉
梵字を浮かべ、光りを放つプリステスのアルターシステム。
「変身――!」
二者の変身が同時に行われると、互いの得物を握りしめ、それを力いっぱいに振り込んだ。
衝撃が辺り一面にまで広がっていく。屋上で干されたまま取り残されていたシーツが何枚か空を舞い、二人の戦士――アルタネイティブ・ヴァンプと、プリステス・炎武は同時に床を蹴り付け、空に舞った。
炎武は、長太刀【滅鬼】を振り、殴り、蹴り、あらゆる方法でヴァンプを倒す為に攻撃する。
しかしヴァンプは冷静にそれらを観察し、躱し、受け流し、ガードし、あらゆる方法で攻撃をいなす。
空中に滞空している時間は約八秒。しかし高速で動く二人にとっては、八秒等短い時間だ。
ヴァンプが聖剣を構えて横薙ぎすると、滅鬼の鞘で防いだ後、そのまま鞘で殴りかかる炎武。
もう一本の聖剣を生み出したヴァンプは、鞘の一打をやり過ごすと共に柄で乱舞の脳天を殴打し、清納通りにあるオフィスビルの屋上まで、炎武を殴り飛ばす。
滅鬼の刃を差し込んで乱雑に着地をした炎武は、こちらへと跳んでくるヴァンプの軌道を見据えると、目を閉じながら全身に虚力を循環させ、目を見開くと同時に放出する。
全身を覆う豪炎が、辺りの温度を急上昇させると共に、ヴァンプも隣のオフィスビルで急きょ着地し、焦りを見せる。
それが、炎武にとって攻撃のチャンスだった。
地面を蹴ると、音速という呼称が相応しい速度で駆け抜けた炎武の、重たい一撃が顔面へめり込み、またも吹き飛んでいく二者。
秋音市民運動場の近くにある裏山へと着地したヴァンプは、続いて襲い掛かる滅鬼の刃を聖剣で防ぎながら、脚部にアルターシステムをかざした。
〈Alter・kick〉
「アルター、キックっ!」
滅鬼を防いでいた刃を振り切り、距離を取った二者。ヴァンプはそんな炎武に向けて、三本の聖剣を顕現させ、足元に二本放って回避進路を妨害した上で、もう一本を炎武の胸元へ投擲。
滅鬼の刃で防ぐも、僅かに入ったひび割れと共に、聖剣が突き刺さったまま動かない。
そして何より――炎武の脚も、強い力場に似たモノが全身を襲い、動く事が出来ずにいた。
「ハァアア――ッ!!」
右足を突き出し、聖剣の柄へと叩き込む。
「くぅ、――ッ!」
滅鬼と、豪炎でヴァンプのアルターキックを阻もうとするも、しかし――。
「フィニッシュ!!」
〈Finish〉
勢いのついたアルターキックによって、滅鬼の刃は折れ、炎武は防衛反応として、左脚部を振り込み、対抗した。
豪炎に包まれながら蹴り込まれた炎武のキックとアルターキックがぶつかり合うと、再び強い衝撃が一帯に走り、木々は衝撃の結果、数本飛び散ってしまう。
「はぁ……はぁ……っ」
「ハァ……ハァ……!」
二者共に、汗だくだ。
変身を解き、尚も二人は互いをにらむ。
「ボクのパパは……もう死んじゃってるらしい」
「そうらしいね」
「ハナエのママは、どうなのさ」
「言ってなかった? 死んでるよ」
「そうだっけ。でもそれは、ボクのパパが殺したの?」
「んなわけないじゃん。アンタのパパなんかに、アタシのママは殺されねぇっての。
――昔、災いの得物を取り合って、殺し合った関係なんだってさ」
「じゃあどうして」
「災いに殺された。その災いは、アタシと美咲で、ちゃんと殺した」
「……良かったね。復讐、ちゃんと果たせて」
「はぁ? アンタ、正義のヒーローらしからぬ事言ってるって、理解してんの?」
「ボクは一度だって正義のヒーローになったつもりはないよ。
ボクはボク自身が大切に思う人を守る為に戦う。仮に七海が殺されたら、七海を殺した奴を滅多切りにして復讐してやる。
ハナエは、自分の大切な人を殺されたんだ。そこに『復讐は良くない』だとか知ったような事を言うのは簡単だけれど……
大切な人を殺した憎い奴を殺せないなんて事こそ、感情の欠如だと思う。
だからハナエの気が済むまで、ボクは君と戦う。
それこそパパの遺したボクが、ハナエにできる事だから」
直哉は、ニッと男らしい笑みを浮かべた上で、言い切った。
花江には、そんな彼の表情が――どこか可笑しな奴と思えてならなかった。
「……あぁ、もう。アタシの負けだよ」
「うん、ボクの勝ちでしょ今の戦いは」
「はぁ!? アタシが負けたのは口喧嘩で! そもそもアタシには学が無いんだから口で負けんのは当然なのーっ! 果たし合いはマジでやってたらアンタなんかにゼッタイ負けないんだかんね!?」
「ははっ、学が無いってそれ言いわけになってないじゃん? ボクだっておばあちゃんから教わってただけで、学歴なんか高校在学しかないもーん」
「え、アンタ幾つ?」
「十四歳の、ピッチピチの男の子でーすっ」
「男ぉ!? 信じらんない!?」
「にひひ、ボクってばサイッキョーに可愛いからねっ!」
二人は、下山しながら、仲良く喧嘩をしつつ、病院へと帰っていく。
二人は素直じゃないから、こうして一度イガミ合う事で、友情を深める事しか出来ない、不器用者だった。




