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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第二章【聖域のアルタネイティブ】
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変身、アルタネイティブ・ブルー-01

 二年ほど前の事である。


この秋音市には【デーモン】と呼ばれる少年が居た。


菊谷荘司。元・秋音中学校の生徒で、今は玄武高校に在籍している。


彼は中学時代、学校にも行かずにただフラフラと秋音市の街を闊歩し、目が合った不良を手当たり次第に殴り倒していった。


あくまで問題を起こす不良の若者だけではあるが、彼の存在は秋音市内の若者にとって脅威となり、いつの間にか、デーモンと言う呼び名で蔑まれ、社会から孤立していった。


 彼は玄武高校へ進学したが、学校には行かずに、ただ街を闊歩していた。


 不良狩りをする為である。


玄武高校に入学し、二日ほど経過した時――街を歩く彼を、呼び止めた少年が居た。


久野洋平。玄武高校の同クラスに在籍する少年は、終始笑顔で彼に「学校に行こう」と誘っていたが、そんな彼に苛立ち、彼は拳を振り込んでいた。


だが、顔面に叩きつけられる筈の拳は、空を切り、荘司はいつの間にか、地面に倒れ込み、空を見て。



「よし、学校行こうか。菊谷」



 その後。起き上がった荘司と懲りずに声をかけてくる洋平の二名による、殴り合いの喧嘩が開始された。


殴り合い、喧嘩。


 そう形容するものの、洋平は彼の攻撃を受け流し、カウンターを決めるだけであった。


 しかし少なからず、荘司の拳は洋平の頬や腹部をかすめ、彼は傷付いていた。



――血を流していた。



「もう、やめよう菊谷。そんな事してたらお前、何時か自分で自分を殺しちまうぞ」



 そう言った彼の言葉を、荘司は「舐めた事言ってんじゃねぇ」と断じた。だが、彼は絶えず、荘司に言葉を投げかけるのだ。



「何かあるなら、俺が相談に乗るよ。解決は出来ないかもしれないけど、俺はお前を、放っておけない」



 継続される喧嘩。荘司は既に何度も顔面を殴られて、口から溢れんばかりの血を流し、カヒュー、カヒュー、と掠れた息を吐き出す。


 しかし、拳を繰り出すことを、止めはしなかった。



「お前、すげぇ悲しい顔してる。そんな顔で毎日過ごしてたら、つまんないだろ」


「何が、分かるんだよ……ずっと安穏とした生活してるお前に、俺の何が分かるんだ!? えぇ!?」


「言ってくれなきゃ分かるわけ無いだろ! だから聞いてんだこのバカっ!!」



 そこで初めて、彼の怒号を聞いた。


自分が殴られ、傷付く事よりも。彼が人を傷つけている事実よりも――何も話してくれない荘司の事を、彼は怒った。


荘司は、どこか彼と喧嘩をしている自分がバカらしく感じて、口を開いた。



「……俺、殴る力強いから。普通の奴となんか、つるめない。


 悪ふざけで、クラスメイトを小突いて、骨を折っちまった事あって、それから誰も、近づかなくなって……


 この力で、悪い奴ぼこぼこにしてりゃ、誰かが認めてくれる……そんな気がしたんだけど……そんな事、なかった」



 彼はずっと、人を殴り続けた。自分の存在を、誰かに認めさせたいから。


そんな彼を、周りは確かに認めるのだ。


恐怖の対象として。デーモンと言う呼び名で。



 それでも、と。彼は思う。



――何だっていい。敬愛じゃなくていい。恐怖だっていい。


 ――俺の存在を、認めてくれれば、それでいい。


――俺は、デーモンでいい。



「もうそんな事、する必要ないだろ」


「なんで。デーモンって名じゃねぇと、誰も俺を認めない。誰も俺を見てくれないんだ」


「お前はデーモンなんて名前じゃねぇよ。菊谷荘司だろ。それ以上でも、それ以下でも無いんだ」



 荘司の拳がかすめ、頬が切れてしまっている為に血を流しながらも、ニッと笑顔を向けた洋平は、ただその手を、荘司に差し出した。



「俺がお前の事を認めてやる。お前が本当は優しくて、温かくて、強い奴だって、認めてやる」



荘司は、いつの間にか彼の手に向けて、自分の手を、伸ばしていた。


手を取る瞬間。



「俺とお前は、友達になれる」



 彼の言葉と共に、荘司は瞳に溜めた涙を流した。



――荘司菊谷はこの時、久野洋平の、友達となった。



 **



 久野恵梨香はイライラしていた。


 部下が作成した書類に不備があり、それを上司に指摘された上、なぜか自分の失敗として説教を一時間近く受けていた。


それだけならばまだいい。問題はその不備をした本人に「いやぁ、災難っすねぇ」と舐めた口をきかれたせいで、思わず顔面目がけて手が伸びてKOしていたのだ。


それまた問題となった。事情を説明して、何とか同僚や一部上司からは納得してもらえたものの、手を出した事自体がマズかった。


一週間の自宅謹慎と減給を言い渡された彼女は、適当に引継ぎを終わらせた後に苛立ちを隠す事無く、自宅への道のりを歩んでいた。



「自宅に着いた……筈よね?」



『筈』とは、別に彼女自身が怒りのあまり自宅すら忘れてしまった、と言う訳では無い。



 ……家が倒壊しているのだ。



正確には、玄関口とリビングにかけてが、ただの木片と化している状態。二階へ上がる為の階段も登れない。まるでトラックが我が家に突っ込んだ後のようだった。



「――何これぇえっ!?」



 叫び、急いで自宅内へ入り込んだ恵梨香。倒壊した玄関から入り、リビングへと歩を進める。


そんな家の中も、阿鼻叫喚な状態だった。



血だらけのフローリング。やたらめったらに散乱した家具。穴やクレーターだらけの壁や床。おまけに窓ガラスも全てが割れて風通し万全と言う、麻雀であれば満貫だ。



――いや改めて見れば、跳満だった。



自宅には、三人の人間が居た。


一人は愛しい弟である久野洋平。彼は床に寝そべる血だらけの少年の手当てに勤しんでいる。


その床に寝そべる少年は、おそらく洋平の同級生だろう。血にまみれてはいるが、洋平と同じく玄武高校のワイシャツを身にまとっている。だが、何度も記すように、彼のまとうシャツは血まみれだ。



最後の一人。これがまた曲者だった。


 何と表現すべきか。裸の身体に鋼鉄の装甲と言うべき甲冑を、胸元、秘部、臀部、後は足回りに装着しただけの【痴女】だ。彼女も負傷しているようだが、その負傷には手当が既に施されていた。



「ね……姉、ちゃん……お、お早いお帰り、ですね」


「洋平、なにこの空間。私はいつの間にライトノベルよろしく異世界転生したのかしら」


「え、えーっと……な、なんて説明したらいいのか……」



 洋平は、ちらりとソファに座る女性へと視線を送る。


女性も少しだけ困ったような面持ちで「えっと」と言葉を紡いだ後に立ち上がり、ぎこちない笑顔を恵梨香へと向けた。



「あ、あの……よ、洋平君の、お姉様、で良かったでしょうか?」


「何、アンタ」


「え、えっと……ぼ、ボクは怪しい者では」


「怪しいじゃない! 怪しさ満点よっ! 何なのよっ!? 私が親番だったら一万八千点の上りよこの状況っ!!」


「お、親番? 一万八千? え?」


「良いからっ! 説明なさいっ!!」



 鬼の形相、と言うべき表情で、恵梨香は少女を睨む。少女も瞳に涙を溜めて「ひっ」と怯え、足を震わせていた。


そんな彼女を庇うように、声を張り上げて言い訳を始める洋平。



「ト、トラックが突っ込んできたんだよ! それでコイツも、この人も怪我しちゃって――」


「じゃあなんでフローリングとか壁とか穴やクレーターだらけなのよ、おっかしいでしょぉ!?」


「ごめんなさい嘘つきました!」


「もう誤魔化さずにキチンと真実だけ口にしなさい! さもないとアンタら、この家から一歩も出さ」



 と、そこで。


全身にドット状のパターンで形成された衣服を包んだ男たちが六人ほど、その部屋へと突入してきた。


 手にはライフルと思わしき銃が握られており、それらが恵梨香と洋平、そして名も知らぬ少女へと突き付けられた。

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