変身、アルタネイティブ・レッド-06
『小癪な……!』
壁へ叩き込まれたエネミーは、しかし衝撃を物ともしていない様子で、再び洋平へ襲い掛かり、手に伸びる三本爪を、彼へと突き付けた。
だが、爪が洋平の身体に届く前に、再びエネミーの身体が吹き飛ぶ。
一瞬、何が起こったか理解していなかったシェリルだが、しかしすぐに理解した。
エネミーの顔面を、横から捉えた一つの拳が吹き飛ばしていたのだ。
拳は、洋平のものでは無い。もう一人の少年――菊谷荘司のものだった。
「調子に……乗ってんじゃ、ねぇぞ……!」
彼は、頭部や口から大量の血を流しながらも額に青筋を立て、怒りに身を任せたような表情で、ギロリとエネミーを睨み付ける。
視線は、エネミーの身体すらブルリと震わせるほどの殺意が込められており、シェリルはもう、困惑する他にできる事は無かった。
――彼ならば。いや、彼らならば。もしかしたら、エネミーを止められるかもしれない。
頭を過る、一つの考え。だがシェリルはすぐに頭を振り、その考えを振り払おうとした。
荘司が駆ける。彼の視線に恐怖したエネミーは、彼の拳を避けながらも爪や牙を振るうが、反して恐れをまるで知らぬ荘司の拳が、その顔面へ再び直撃する。
ダメージは少ない。しかし、確かに叩き込まれる攻撃の威力が、今はただの人間と過信し、手加減するエネミーを、徐々に本気にさせていく。
――このままでは、二人は殺されてしまう。それは何としても、防がねば!
シェリルは、グッと意思を固めたように、洋平の手を取った。
「シェリルさん?」
「洋平君……でしたね。あなたに、お願いがあります」
彼女は、いつの間にか持っていた朱色の宝石が埋め込まれた一つの指輪を、彼の手に収めさせた。
「――この力を、受け取ってほしい」
宝石の色は違えど――彼女が【アルターシステム】と呼んだ指輪である事は、間違いない。
「これは」
「人間の体内にある【虚力】を増幅させ、戦闘能力へ変換するシステムです。これがあれば……あのエネミーを、倒せる」
「これがあれば、あいつを」
「はい。あなたなら、出来る。その力を持ってして、エネミーから全てを、守る事が出来る……!」
彼女の――シェリルの言葉に、洋平は手渡された指輪をグッと握りしめ、右手の中指に、装着した。
瞬間、頭の中を駆け巡る情報が、洋平に知識を与えた。
アルターシステムの使い方。この力を用いて、何をするべきかを――!
彼は、フッと息を吐いて、自身に敵対するエネミーを視線に捉えた上で。
力強く、叫んだ。
「――変身っ!!」
洋平は、右手の中指に装着されたアルターシステムを、左掌に押し込んだ。
光を放つ、朱色の宝石。
光は洋平の身体を包み込むと、彼の身体を変化させていく。
元々小柄な体をより幼く、細身の身体へと、さらにその身にまとう衣服すら消し去った。
生まれたままの身体が見せる変化。
胸元は控えめな丸みを帯びた乳房へと姿を変え、鍛え上げられた腹筋を付けていた腹部はキュッと締まった女性特有のそれへと変わっていく。
臀部もより丸みを帯び、張りがある姿へと変貌し、男性器は姿を無くした。
消え去った衣服の代わりに、女性用スクール水着のような薄い布が身体に展開されていくと、腕部・胸元・秘部・臀部・脚部に、紅色の装甲がまとわれ、寝ぐせの付いた耳元まで伸びる髪の毛は急激に伸びて、左側部でリボンにより一つ結びにされ、綺麗なサイドテールに生まれ変わった。
目を開け、そして力強く両手を握り拳にした彼――否、彼女は。
【アルタネイティブ・レッド】へと【変身】を遂げたのだ。
光が弾け、彼女――アルタネイティブ・レッドの全貌が、荘司やエネミー、シェリルにも捉えられた。
荘司はポカンと動きを止めてレッドへと視線を送り、シェリルは「成功だ……!」と小さく、しかし確かに呟いた。
『アルターシステム――まさか、量産に成功していたとはな、シェリル』
エネミーは、そんなレッドの姿を見据えると、荘司から視線を外して、レッドへと襲い掛かる。
上段で振り込まれる腕部。だが動きを見切った彼女は、腕部を左手の装甲で受け流すと同時に、右腕の拳で強く、腹部をぶん殴った。
【ブッ飛ばされる】、と言う言葉が適切な程、エネミーの身体が空を飛んだ。
洋平宅の窓ガラスへ叩きつけられたエネミーの身体は、しかしまだ威力を殺しきれなかったようにガラスを突き破り、庭へその背を預けた。
ブルッと、痛みで身を震わせたエネミー。しかし、既にレッドは次の行動へ出ていた。
「トドメだ――っ!」
甲高くなった自身の声に少しだけ驚きながらも、レッドは自身の右足に、アルターシステムをかざした。
アルターシステムが一瞬光を放つと、背部装甲と脚部装甲が分割を開始、内部のブースターユニットを展開した。
「アルター、キック――ッ!」
〈Alter・kick〉
レッドの叫びと共に、アルターシステムから機械音声が流れ出た。
洋平はその場でフローリングを蹴り付けると、天井ギリギリで滞空したままクルリと身体を一回転させ、右脚部をエネミーへと向けて、突き出した。
「せいやぁあああああっ!!」
背部と脚部に展開されたブースターユニットが火を吹かし、レッドの身体を強く押し出した。
速度と、重力の法則に従って地へ落ちる運動エネルギーが合わさり、確かな威力を内包したキックが、エネミーの腹部に命中する。
蹴り付けられた衝撃は、強靭な肉体を持つエネミーにとっても、耐えきれるものでは無い。
『ぬ――ぐぁああああああああっ!!』
エネミーは、最後に断末魔を上げると同時に。
全身から火花を散らし、その身を消滅させた。
ゆっくりと、立ち上がったレッドは、右手の中指に装着したアルターシステムを、取り外した。
瞬間、光が弾ける様に変身が解かれ、彼女の身体は元の久野洋平へと戻っていき、彼が元々着用していた制服をまとい直した。
呆然と、彼の姿を見据えていた荘司と、表情を引き締めながら、しかし安堵の息を吐いたシェリル。
そんな彼らに見つめられていた洋平は、ようやく言葉を一つ、口にした。
「これが……変身」
まるで、子供向け特撮ドラマのように、変身を遂げた自身を思い出して。
洋平は、手に持ったアルターシステムをグッと握りしめると、空を仰いだ。
**
雑居ビルの一室で疲れたような表情を浮かべている女性――野崎粧香は、今まで自身が手に持っていた携帯電話をカーペットの上に落とし、深く溜息をついた。
「全く……何を考えているんだ、あの化物……!」
「まぁまぁ、何があったかは分からないが、落ち着きなさい野崎。タバコ、吸う?」
「私は非ィ喫煙者です! 吸わない部下にタバコを勧めるのは止めて頂きたいっ!」
「おー、怖い怖い」
男――秋山志木は、デスクの上でタバコに火を付けて、煙を肺まで吸い込み、ふぅと吐き出す。
「で、結果的にエネミーは倒せたのかい?」
「はい。ですが――倒したのは、シェリルではありません」
「うん? どういう事だい。巻き込んでしまった高校生二人が、エネミーを殴り殺したとでも言うのか? 最近の若者は物騒だねぇ」
「いいえ――あの化物は、我々【四六】にも出さなかったアルターシステムを、一介の高校生へ差し出したのです」
そこで、志木の目つきが鋭くなった事を、粧香は見逃さなかった。
「すぐに、その高校生宅に突入する準備を。出来るね」
「え。あ、はい」
「野崎、君が陣頭指揮を執りなさい。現場に到着次第、シェリルと怪我人の運送・及び今回の関係者を捕える事。――くれぐれも、彼に後ろを取られないように」
「か――かしこまりました」
不意にテキパキと指示を出し始めた上司の言葉に戸惑いながらも、冷静に行動を開始した粧香。
彼女が部屋を出て行った姿を見届けた志木は、いつの間にかフィルター付近まで吸っていたタバコを灰皿に押し付け、火を消した。
「ようやく、現場を回すことが出来るよ」
ニッ、と笑みを浮かべた志木。
今彼が浮かべた笑みを、もし粧香が見たとしたら、彼女はどんな表情を浮かべただろうか。
それは、その場に彼以外居ない今では、誰にも分からない。