変身、アルタネイティブ・レッド-05
荘司が走り、辿り付いた先は、一つの一軒家だ。
久野洋平の自宅。先ほど携帯にメールで『俺ん家に居る』と短い文面が届いていた為にここまで来た。送信元は洋平の携帯電話である。
チャイムを鳴らした後、無許可ではあるが玄関のドアを開け放って靴を乱雑に脱ぎ捨て、中に入る。リビングへ続くドアを開いた瞬間――顎元に突き付けられる拳。
「俺だ、洋平」
「菊谷。無事だったか」
「俺があんな化け物にやられると思ってんのか」
拳を下げた少年――久野洋平は、ホッと息をついて荘司の拳に触れた。傷だらけである事に気付いたのだ。
「手当しないと」
「こんなもん、舐めてりゃ治る。……それより、あの女は」
「あそこ」
リビングのソファに横たわる、一人の少女。
少女の恰好は未だに鋼鉄の装甲をまとった姿であったが、多量に血を流していた出血箇所は血止めを行い、今は包帯を巻きつけてある。
その甲斐あってか、端麗な顔立ちをそのままに、眠りについているようだった。
「一体何なんだ、この女は」
「分からない。でもあの化物――エネミーって呼んだ奴の事、知ってる様子だった」
「俺の拳を受けてもビクともしねぇ。ホンモノの化け物だぜ、ありゃ」
「この人連れて、警察に行った方が良いかな」
「止めとけ、どうせ信じちゃ貰えないさ。俺らがやった事にされるのがオチだ」
気に食わねぇがな、と荘司が吐き捨てたその時、少女が目を開いた。
ガバッ、と身を起して体を確認すると同時に、洋平と荘司、二人の少年を見据える。
「あ――あなた達は」
「大丈夫ですか? まだ無理しない方が」
「エ、エネミーは!? エネミーはどうしたんですか!?」
洋平の言葉を遮って、高らかな声で叫ぶ彼女の問いには、荘司が応えた。
「あの化け物なら振り切った。……おかげでこんな状態だ」
右手の拳を見せつける。拳はエネミーの牙によって、多くの切り傷を受けている。
顔を青ざめた女性は、身体を起こして頭を下げ、後悔するように頭を抱えた。
「申し訳ありませんっ、あなた方を、巻き込んでしまった……!」
「あの、事情を説明してください。それがわかれば、警察でも、なんだったら自衛隊でも連絡できますから」
「警察はダメです。この国の警察機構はあてにならない。ただ巻き込んでしまうだけだ」
「じゃあどうしろってんだ。あの化け物を放ったままにしとくのか」
「それはっ! ……それは」
少女の物言いに、荘司は呆れ気味な口調で彼女へ問い詰めた。
「いいから、事情を説明しろ。俺も警察はあてにしてねぇけど、こうまでして事情も知らずにハイサヨナラはねぇんじゃねぇか?」
少女はしばしの間押し黙り、だがやがて観念したように息をついて、口を開く。
「あのエネミーと言う怪物は、異世界からの侵略者です」
「異世界からの……侵略者?」
洋平が、小さく口を開いて彼女の言葉を繰り返し、口ずさむ。
「エネミーは、巷で話題となっている、婦女暴行事件の主犯者です。
彼らは、生物学上のメスが多く持つエネルギー【虚力】を、自らの主食として食らい、生き長らえている。
ボクは、彼らの行動を止めるべく、彼らから離反したエネミーの一人です。名をシェリルと申します」
「アイツらのお仲間って事か」
荘司の言葉に、少女――シェリルは頷いた。
「その通りです。ですが故に、彼らの対処法を知り得ている」
「倒せるんですか、アレを」
「はい。――この、アルターシステムがあれば」
右手の中指に装着された、黒光りする宝石を埋め込まれた指輪を見せ、彼女はしかし、浮かない顔を垂れた。
「……ですが、戦いに慣れていないボクは、あのエネミーに遅れを取り、負傷してしまった。そこにあなた方が来てくれた……と言う事です」
「だけどアイツはまだ野に放たれた獣状態だ。放っておくことなんて出来ない。あなたの言葉が正しいのなら、これからアイツは、色んな女性を襲うんでしょ?」
洋平が問いかけると、シェリルもコクンと頷き、悔しそうに口を結んだ。
「……その通りです」
「お前は負傷してる。そんな状態で戦い慣れてない奴が立ち向かったって、またやられるだけだろうが」
続けて荘司の言葉が彼女へ襲い掛かる。シェリルは瞳に涙を溜めながら、しかし声を張り上げる。
「で……ですが! これはボクにしか出来ない、大切な事なんだ!
彼らを放っておけば、人類はやがてエネミーとの生存戦争に発展せざるを得なくなる! それを、それをボクは防ぐ為に」
「しっ……!」
そんなシェリルの口を塞いだ、洋平の手。
彼女が押し黙った事を確認すると、荘司と洋平はリビングの中央へとゆっくり歩を進め、背中同士をくっつけると、互いに腰を低くした。
「洋平、気付いてるな」
「ああ……来る!」
洋平が叫ぶと同時に、洋平宅の玄関に、何かが襲い掛かってきた。
衝撃は、まるでトラックが全速力で突っ込んだような、そんな威力を内包している。
玄関は吹き飛び、粉々に砕け散った木材が、そこら中に散らばった。
だが、突っ込んできたものは、トラックでも何でも無い。
「冗談だろ……!?」
エネミーだ。荒れた甲殻を見せながら、口からハァ……と息を吐いた化物は、ブンッと腕を振り込みながら、リビングへと歩み寄ってくる。
『逃がさんぞ。……苦労をかけさせるものだ、シェリル』
洋平と荘司は、グッと顎を引いてシェリルの前に立ち塞がる。
――彼女を守ると言う意思表示だ。
「な、何しているんですか、逃げてください! あなた達人間が敵う相手では無いって、これで分かったでしょう!?」
「黙ってろ役立たずがっ!」
彼女の怒号を、同じ怒号で返した荘司。彼の言葉に圧されて、押し黙ってしまうシェリル。
そんな彼女へ、洋平が口を開いた。
「敵うわけない……か。でもさ、ここでコイツを放っておけばあなたも……そんでもって、この秋音市に住む全ての女性が、危険に晒されるって事なんだろ?」
「それは……そう、ですが……!」
「なら、俺は逃げない。――俺が守るんだ、この街に住む、皆を」
シェリルは、一縷の望みを込めた視線を荘司へと向けた。だが彼もフンッと鼻を鳴らしながら、拳をエネミーへと向けた。
「俺はそこまで大層な願いを持っちゃいねぇさ。逃げられるなら逃げる。
――だが、洋平が守るって決めたもんを、捨て置く事なんざできねぇ」
洋平と荘司の表情が引き締まると、エネミーが言葉を放つ。
『邪魔をすると決めたようだな、人間』
「ああそうだ! さっさと来やがれ化け物!」
『何とも愚かな……貴様ら男には、用は無いと言うのに』
疾走、と言う表現が一番しっくりくる動きで、エネミーが駆けた。
いつの間にか荘司の眼前へと辿り付いていたエネミーは、腕部を思い切り振り下ろし、荘司の頭部へ叩きつけた。
「菊谷ッ!」
フローリングへ落ちた、荘司の顔面。うめき声を上げる事も無く血を吐き出して、フローリングを朱色に染める。
彼へ振り下ろされた腕を、今度は洋平に向けて横薙ぎで振り込んだエネミーだったが――
そこで、エネミーの腕は空を切った。
正確には、洋平の顔面向けて振り切られた腕が、彼の顔面を捉える事無く、頭部の上で空振りした、と表現した方が良いだろう。
『っ!?』
唖然としているエネミーの腹部へ、強く叩き込まれる洋平の右肘。エネミーは衝撃によって、洋平宅の壁へと体を衝突させた。
「あ……あなた、今……!」
「受け流しただけだ」
「いや、そんな単純な話じゃ……!」
先ほどのエネミーの攻撃を、洋平は受け流したと言った。
動きを全て見ていたシェリルにとって、確かに彼の表現自体はしっくりとくる。
横薙ぎに振られたエネミーの腕を、左手で一瞬の内に持ち上げ、自身の頭部より上へ振り切られるように、受け流しただけ。
しかしそれは一瞬。刹那の時間に行われた。
電光石火の動きと形容しても過言では無い動きであったのだ。
――彼は、一体何者なのだろう。
「俺は崩沈技拳法、第四継承者・久野岩平の二番弟子――久野洋平だ! いざ、勝負っ!!」
力強く叫んだ彼は、再び腰を低く落とし、左腕を前に押し出し、反して右腕を引く構えを取った。
それが彼の言う【崩沈技】と言う拳法の構えなのだろう。




