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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【アルタネイティブ・ヴァンプ】
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二人の守護者-05

 そこは、秋音市民運動場にある、一つの山である。


 生い茂った木々の奥に、一つの洞穴がある事を、知る者は少ない。



洞穴の奥には、全長四メートルはあろう巨体をした、獣がいた。


 獣はただ冷たい地面に寝そべって、いびきをかく。腹は減ったが、獣はただの生物では無い。



獣はヴァンパイア。個々に名は無い。



 獣は同胞から、ただ獣と呼ばれているし、何であれば言葉も分からぬので、自身がどう呼ばれているかも知らぬのだ。


そんな獣が、キョロキョロと周りを見渡した。


何やら騒がしいと感じた。しかし彼は洞穴へ迷い込んできた者を食料として食しているので、外に出た事は滅多にない。


 洞穴に害さえ無ければと、再び寝そべろうとした。


だが、自身に眠るヴァンパイアとしての本能が剥き出しにされる感覚が、獣の思考を襲う。



強大な虚力を観測した。これを喰えば、一生虚力の枯渇に悩むことは無い。この洞穴の中で、永遠に暮らせるのだ。



――否。本能に従い、この虚力を持つ者を孕ませよう。そうすれば自らの子は神にも等しい力を持てるだろう。



捕え、犯し、孕ませる。それが出来れば、自分はこの洞穴だけでなく、世界そのものを手に入れる事が出来るのだから――!



獣は、洞穴を抜けて、森を駆け抜けた。



木々をなぎ倒し、ただ山を下った獣は、顔面を蒼白にさせた少女を見据え、襲い掛かった。



**



 七瀬七海は一時限目の授業が終わると、何時もの笑顔を浮かべたまま学園長室のドアをノックした。



「どうぞ」



 優し気な老婆の声。七海は「失礼いたします」と声を挙げながらドアノブを捻り、ペコリと一礼をした後に、ドアを閉め。



「クソババア、ナオはどこ行ったのよ」


「おぉ、人目が無くなるとそれかいね。良い性格してるよアンタ」


「お互いさまでしょうが。それより質問に答えなさい」



 七海はギロリと老婆――瀬上節子の飄々とした態度を睨み付けた。



「怖いねぇ、この老体には堪えるよ。……秋音市民運動場にセイントを呼び出していた。今頃殴り合いの真っ最中だろうね」


「どうして! アイツはセイントを怖がってた。なのにどうしてアイツは、セイントと敵対する事を選んだってのよ!?」


「いや、おそらくナオはセイントに協力要請を出しただろう。けどセイントたち穏健派はヴァンプを決して見逃しやしない。


 なぜなら十三年前に現在の穏健派は、暴走したヴァンプによって大打撃を喰らい、当時未完成であったセイントのアルターシステムを用いて、ヴァンプを討伐したのだから」



 ヴァンプを討伐した――その言葉を聞いて、七海は背筋が凍るような恐怖に犯され、眼を見開いた。



「何よ、それ。そんなのアタシ、聞いて無いわよ」


「言っていなかったからね。ナオの父親――つまり私の息子はね、先代アルタネイティブ・ヴァンプとして、ヴァンパイアと戦っていた。


 しかし奴はアルターシステムの力に呑まれ、ヴァンパイアとして覚醒し、二百十三名もの聖邦協会所属員を殺していったのさ」


「穏健派は、ナオもそうなる事を恐れて、悪魔の力として、ヴァンプのアルターシステムを回収しようとしている。そう言う事?」


「そうだ。確かに可能性として無いわけじゃない。ヴァンプのアルターシステムには、まだまだ謎も多い。


 だから瀬上の一族達が人柱となり、変身し、この五百年の月日を戦い続けてきた」


「アルターシステムって、一体何!? ヴァンプの力って、一体何なのよっ!」



 怒鳴る七海の声に、節子はフッと息を吐く。そして彼女の問いに、答えてやる事とした。



「ヴァンプのアルターシステムを用いる適合者――それになる為には条件がある。それは『ヴァンパイアの血を引いている事』に他ならない」


「な――」


「通常、ヴァンパイアに孕まされた女体より生まれる子はヴァンパイアとなる。


 けれどね、孕まされた女の虚力が多ければ多い程、生まれる子供は人間としての特性を持つ事が多いんだ」



 そして人間としての特性が多ければ多い程、生まれ育った子は、人間としての成長を遂げるのだと、節子は言った。



「我々瀬上の一族はね、昔から巫女の家系だった。今のアンタと同じく、虚力の量が常人の何倍も多かったのさ。


 そして女が生まれればそれこそ巫女に、男が生まれれば、次なる子に巫女としての力が宿る様にと、繁栄を続けて来た」


「巫女って何よ」


「この世に蔓延る災いを沈める為の存在と思えばいいが、今回の主題はそこじゃない。


 五百年前、ヴァンパイアは異世界【ミューセル】で生存競争に負け、この人間社会に逃げて来た。


 そして我々瀬上の当時当主、瀬上尚子を捕え、犯し、子を産ませた」



 しかし、生まれた子はヴァンパイアでは無く――人間としての特性を持っていた。



「人間として生まれた子は、人間として成長を遂げた後に、自らを『ヴァンパイアを討滅する者』と定めた。


 またヴァンパイアの血を体内で循環させ、ヴァンパイアの力を自らにまとわせる【アルターシステム】を開発し、ヴァンパイアの巣窟であったイタリアで、当時の聖邦協会を従え、ヴァンパイアを全て討ち滅ぼした――筈だった」


「生き残りが、居たっての?」


「居ない筈だった。しかし現実に今もヴァンパイアは存在している。


 既に初代は死んだ後だったからね、二代目の瀬上にアルターシステムが渡り、更に三代目へ――そうして五百年もの年月をかけ、戦い抜いてきた」



 その間にヴァンパイアが身をひそめる時代もあれば、また活発な動きを見せる時代もあり、その時の当主によって瀬上は行動を変えていたと言う。



「先代のアルタネイティブ・ヴァンプは、どちらかと言うと縮小傾向だったヴァンパイアの討伐に当たり、効率的なヴァンパイア討伐方法の確立を目指していた。


 その為自身の血液よりエネルギーを供給できる原子を発見し、聖邦協会へデータを預け、結果セイントのアルターシステムを開発する事に成功した」


「それを豊穣志斎が使ってる」


「そうだ。先代アルタネイティブ・ヴァンプを最終的に討伐した者も奴だ。章哉は当時二十七歳、豊穣志斎は十四歳だったがな」


「ナオは知らないの? いえ、きっと知っていれば、もっとアタシに話してても良い筈よね。それを話してくれないって事は」


「ナオに教えたのは、アルターシステムの使い方と、現在のヴァンパイアに関する知識だけだ。父親に関しては一切教えていないし、アイツも聞いて来ないよ」


「可愛い孫でしょ? どうして教えないのよ。それじゃまるでアイツ――!」


「ああ。奴はヴァンパイアを全て殺しきる為に必要な【兵器】だ。それ以上でも、それ以下でもない。


 兵器には、必要のない情報を与えて惑わすべきでは無いと判断した」



 悪びれもしないまま、節子は堂々と言い放った。


彼女は、直哉を孫として愛する事もなければ、そして――人間としての感情を向ける事も無いと言ったのだ。



「……本気? じゃあどうしてアタシには話すのよ。アタシがアイツに伝えたら、アイツ怒るかもしれない。ヴァンプとして戦う事を、辞めるかもしれないじゃない」


「辞めんよ。ナオはお前さんに惚れている。お前さんを守る為に戦う事は止めんし、そして私もお前さんの事を気に入ってる。


 もしナオの代でヴァンパイアを討伐し切る事が出来なければ、お前さんにナオの子を産んでもらう。


 そして生まれたひ孫がヴァンプとなり、ヴァンパイアを討伐してくれれば、私はそれで満足さ」



 お前さんに教えた理由は将来あるであろうひ孫の為――今いる孫の事を鑑みず、ただ「ヴァンパイアの討伐」に焦点を当てた物言いに、七海は湧き出る怒りを抑えきる事が出来なかった。




「ざ――けんなクソババアッ! お前はヴァンパイア以下だ!


 人間としての感情を忘れて、孫を愛する事を忘れたアンタの言いなりに、アタシがなるとでも思ってんのッ!?」


「ヴァンパイア以下? 構わんさ。言ったろう、私たち過激派はヴァンパイアの殲滅をする為なら手段を選ぶことは無いと。ただ一般人に迷惑をかける事を良しとしないと。一般人を巻き込まない為の方法だけを採ると。


 嘘を付いたか? ナオに情報を全て与えなくとも、お前さんに聞かれれば私は全ての問いに返答を返している。感謝されこそすれ、罵られる謂れは無い」


「そうだ、嘘は無い。けれどアンタの言葉には、嘘以上の【悪】がある。それを良しと出来る程、アタシも人間が出来ちゃいないんだよ……っ!」



 翻り、ドアノブに手をかけた七海。


 彼女は最後に節子へ「覚えときなさい」と警告する。



「アンタの口車に、一応乗ってやるわ。けどアタシは、ナオをアンタの道具で終わらせるつもりなんざない。


 アイツが『普通の男の子』として生きる為の道を、アタシが模索してやる。


 だって、だってそうじゃなきゃ、アイツ――!」



 そうだ。直哉は何時だって、何も知らない子供だった。


十四歳なのに。女の子と手を繋いで、キスをして、時としてエッチな事をしたいと考える年頃である筈なのに。


それは全て、この瀬上節子という老婆が仕組んだ教育の結果だった。


勉強は出来る。戦う事も出来る。


 だが、それが何だと言うのだ。



「それじゃ、アタシと一緒だ。


 誰かにそう願われて、期待されて、そしてそうある事に殉ずる。


 アタシはそれでいい。それを良しと、自分で道を選んだから、アタシがそれに従う事は、自分で背負わなきゃいけない責任だ。けどアイツは違う。



 まだ選んですらいないんだ。アイツは、生き方を自分で選ぶ事が出来る。



 だから、ヴァンパイアを倒すだけじゃなくて、アイツが自由に生きる事の出来る世界を、アタシが作ってやらなきゃいけないんだ。


――お前たち畜生共の、好きにはさせない」



 ドアノブを捻って、走り出す。



いつの間にか、二時限目の授業は始まっていた。七海は気にする事無く、秋音市民運動場への道を、ただ走る。



――ナオ、ナオ、ナオ!



頭に過るのは、ただ一人の少女に似た男の子の姿。


笑顔が可愛くて、でも時々見せる凛とした表情が、格好良いと思える男の子。


彼に、全てを与えなければ。



「人間として生きる事――その為に必要な、ちょっとした知識を!」



 秋音市民運動場へは徒歩十分。走ればさらに到着は早まる。しかし向かった道に行こうとすると、何やら頭の中を直接殴られたかのような衝撃が走り、足を止める。


入ってきた情報は「この先通行止め」という情報。


 そんな筈はない。運動場を通り抜ける事は出来なくとも、周りの歩道をいく事は出来る。


 つまり――これはアルターシステムが用いる人払いの機能である筈!


そのまま情報を無視し、走り出そう。そうして右足を前に出した瞬間。



全長四メートルは超えるかと言わんばかりの獣が、こちらへ駆けてくる光景が目に入った。



「何……あれ……っ」



口をパクパクと開け、ただ顔面を蒼白にさせた七海は、自身の左足に命令を下した。



 ――死にたくなければ走れ!



B級洋画の日本語版副題のような情報を素直に受け取り、ただ走り出す七海。


 五十メートル走はクラスで一番。彼女は健康的な足と腕をただ振りながら、直哉と志斎が居るであろう、運動場へと駆けだしていくのであった。



獣は、すぐそこまで来ているのだから。

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