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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第一章【聖域のアルタネイティブ】
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変身、アルタネイティブ・レッド-03

 女性――野崎粧香は、オフィス街の寂れたビルへ入り、階段で三階まで上った後、一つの部屋で立ち止まり、ドアを軽くノックした。


 扉の向こうから僅かに聞こえた『入って』との言葉を確認してから、胸ポケットに入れていたパスケースを扉前のICカードリーダーに押し当てる。カードキィ施錠が解除されたことを確認して、ドアを開く。



「失礼します」



 部屋に居た男は、くたびれたスーツと少しだけ薄い頭髪、威厳の無い優しげな顔立ちの中年男性である。名は秋山志木と言う。


志木は口に一つのタバコを咥えながら、今にも火を付けようとしていた。その光景を見据えて目を細めた粧香に向けて、薄く笑いを向けた志木は「いいかい?」と一応の許可を取る。



「どうぞ」



 彼女の許可から一秒も経たない内に、持っていた百円ライターから火が点り、タバコの先端を燃やす。ス――ッとタバコの煙を吸い込んだ彼は、副流煙を部屋にまき散らした。



「どうだい、首尾は」


「万全です。あの男から得た情報を元に、秋音市全域への監視班を設置しました。以後は『侵略生命体』の発生を感知する事が可能となります」


「侵略生命体【エネミー】、ねぇ。僕は実物を見た事は無いのだけれど」


「私もです。ですがあの男のいう事を信じるならば、我々も動かなければならないでしょう」


「この世全ての女性の為――かい?」


「……別に、女性の為だけではありません」



 フンと鼻を鳴らし、そっぽを向いた彼女に溜息をつきながら、志木は自身の眼前にある机――その上に置かれた書類を持ち上げた。


書類には、男の写真と共に、彼の情報がぎっちりと記載されている。


写真に写る男は、綺麗な白髪と目鼻立ちの整った青年である。ニッコリと笑みを浮かべた写真は、男性である志木でも美青年と評する事が出来る。


書類には、青年の名が記載されていた。青年の名は、シェリルと言うようだ。



**



学校が終わり、洋平と荘司の二人は、帰り道を共に歩いて帰っていた。白兎は帰り道が反対な事もあるが、あまり二人と行動を共にする事は無い。


洋平がスーパーに寄ると、荘司も暇つぶしを兼ねて共に入る。



「鶏肉か、豚肉か……」


「洋平は、お姉さんと二人暮らしだったか」


「ああ。母親は小さいころに死んじまって、親父は今ベトナムで働いてるって。もう十年近く顔見てないな」



 鶏むね肉をカゴに入れ、今度は野菜売場を闊歩する。回りの主婦と共にお買い得の野菜を吟味する洋平の姿を見据えながら、荘司はただボーっとしていたが――そこで、一つの悲鳴が聞こえた。女性の声だ。



荘司が、声の方向を振り向くが、外の声と分かり店外へ走る。


店外の荷台トラックを駐車するスペースに、一人の女性が倒れていた。女性は三十代程度の主婦だろう。彼女は買い物袋の中身をぶちまけながらうつ伏せで倒れており、荘司はその身体を抱き寄せ、意識を確認した。


外傷は無く気を失っているだけだが、荘司はポケットから携帯電話を取り出して、まずは救急車を呼ぶ。



「おい、どうしたんだよ、その人」



 洋平も駆けつけた。容態を聞くので、荘司も首を振りつつ、携帯電話を見せた。



「分からん。とりあえず救急車は呼んだ」



 すぐに店員や野次馬が集まり、ザワザワと空気が変わった所で、回りの視線が二人に集まっている事が分かった。



「やだ、事件かしら」


「あの子たち、玄武高校でしょう?」


「あの子たちがやったのかしら」


「例の婦女暴行事件も、あの子たちの仕業?」



そんな声が聞こえて、洋平がギョッとするが、荘司はその中傷を何ともなさそうにしている。


そこに警察と救急車が到着し、被害者を回収した所で、警官二人が二人の元へ。



「あー、君たち。ちょっと話を聞かせて貰っていいかい?」


「あ、はい」



 洋平が率先して頷くが、荘司は警官を睨んでいる。



「おい菊谷」


「警察は嫌いだ」



 フン、とそっぽ向いた荘司に、警官も少しだけ警戒を強め、一人は胸元の無線機で応援を呼んでいるようだった。



「君たちが第一発見者だね」


「はい。とは言っても、見つけたのはコイツです」



 洋平が荘司を指さし、警官も荘司に話を聞く事とした。



「キミ、玄武高校の生徒だね。こんなスーパーに、何のようだい?」


「何で、んな事聞くんだよ」


「良いから、答えなさい」



 少しだけピリピリした空気を感じ取り、洋平がその問に答える。



「あの、コイツは俺の買い物に付いてきたんです」


「君には聞いて無い。じゃあどうしてすぐに現場を発見できた」


「おいポリ公、煩わしい聞き方する位なら単刀直入に聞けよ。俺が犯人じゃねぇのかって」


「菊谷!」



 警官と荘司の間に入って、何とかなだめようとする洋平だったが、火のついた荘司は止まらない。



「じゃあ何て言えば疑いは晴れんだよ。おめぇらは自分の決めつけた答え以外は認めねぇじゃねぇか」


「何だその口の利き方は。良いから答えなさい」


「じゃあテメェも答えろよ。何て言えば疑いは晴れんだ。おいっ」



 ダメだ、と少しだけ焦る洋平。既に二者はこちらの事など気にしていない。だが何とかして止めようと考えていた所で――



「あの、お巡りさん。この子たちは違いますよ。ボク、現場見てました」



 一人の青年が割って入った。青年は爽やかな顔立ちをした、金髪の男性だった。服装はややカジュアルで、右手の中指にはめている黒色の宝石が埋められた指輪が、爽やかな彼にはアンバランスに見えた。


彼は微笑んだ後に「えっと」と考えをまとめるようにして、現場の様子を答えていく。



「今運ばれていった人が、この近くを歩いている所で、フードを被った人に引っ張られて、何かされてたんです。


 何されてたかは遠目だったんで分からないですけど、すぐに女性を離して、逃げて行きました。その後に彼が来たので、少なくとも彼らじゃない事は間違いないです」


「風貌は? 見えたかい?」


「全体的に暗めの服装だったので分からないですけど、たぶん体格的に男性じゃないかな、とは思います。分かるのはその位ですので、お役に立てなくてごめんなさいですが」



 はは、と笑う青年は、一瞬だけ洋平ら二人に視線を寄越しながら、パチリとウィンクをした。



「行っていいよ」



 その証言があったからこそ、二人とその青年はすぐに解放された。現場は抑えられているが、もうそこに用は無いと離れた所で、青年が声をかけてくる。



「いや、お巡りさんってどうして人の話聞かないんでしょう。もうちょっと頭柔らかくしないと、ハゲちゃいますよね」


「すみません、助かりました」



 洋平が頭を下げて礼をすると、荘司も「助かった」と小さく頭を下げた。



「大丈夫ですよ。困った時はお互い様です」


「あの、何かお礼を」


「えー、それはそれで困りますねぇ。あ、じゃあボク、すぐそこのコンビニでバイトしていますから、たまに買い物へ来て下さい」



 そう言って、手を振って帰っていく青年を見据え、二人は少しばかりその背を見据えていた。



「良い人だったな」


「正直助かった」


「菊谷、警察に突っかかるのは止めろよ! あっちも仕事でやってるんだからな」


「……すまん。頭に血が上った」



 洋平が叱りつけると、荘司も頷いて唇を結んだ。


まるで叱られた犬のように沈んだ表情をするので、洋平もそれ以上何も言えず、溜息をついた。



「……でも、婦女暴行事件の現場を、近くで見ることになるなんてな」



 状況などを鑑みても、世間を騒がす婦女暴行事件である事は間違いないだろう。だが――



「こんな真っ昼間でも犯行を行うって、相当イカレてやがるな」



 荘司が言うと、洋平も頷いた。


今までの事件は全て人の目が付きにくい裏路地や夜間に行われていたが、今回は違う。人の多く集まるスーパーマーケットの搬入口前だ。店員が目撃する事も、先ほどの青年のように、誰かが遠くから見ているかもしれないのに、大胆にもほどがある。



「……姉ちゃんにも、少し強めに言っとくか」



 洋平がそう呟くと、買い物に戻っていく。


二人が店内に戻ると、まだ店内に人たちが彼らを怪訝な目線で見ている事が感じ取れた。


それが、玄武高校の生徒特有の、疑いの目である事は言うまでも無い。

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