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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第一章【聖域のアルタネイティブ】
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変身、アルタネイティブ・レッド-02

秋音市の商店街から少しだけ離れた住宅密集地に、人だかりが出来ていた。


所轄の刑事たちがそこかしこを走り回り、鑑識の細やかな目によって、蟻一匹も見逃さないと言わんばかりに調査がなされている。


ドラマで見ることが出来るような光景を目の当たりにした市民たちは、各々声を出す。



「ここが例の婦女暴行事件があった現場だってよ」


「まだ犯人見つからないんでしょ? 怖いなぁ」


「ママ、ママ。おまわりさん、おまわりさん」


「そうだねぇ。おまわりさんの邪魔をしないように、早く帰ろうね」



 そんな言葉を聞きながら、一人の女性が着崩しながらも爽やかな印象を残したスーツを着込み、周りの刑事たちに声をかける。



「では、以後の捜査は我々が引き継ぎます」


「任せましたよ。防衛省殿」



 現場の責任者である、五十過ぎの徳長警部補に敬礼をされると、敬礼をし返す女性。彼女は、刑事たちの撤退と共に携帯電話を取り出した。



「こちら野崎。捜査中止の案件、無事に完了いたしました」


『ご苦労、野崎。これより今後の指揮系統は、我々が受け持つ事になる。気を引き締めなさい』


「了解」



 短く通話を切り、右手の人差し指から光る小さな指輪に、力を込める。


すると、そこかしこにいた野次馬達が一斉に散り散りになっていく光景を見据えて、女性――野崎粧香はどこか感心した面持ちで、その指輪を眺めていた。



「どうですか? 人払いのデバイスは」


「良い道具ね。ヘイトスピーチの鎮圧には持ってこい」


「それはあくまで、エネミー対処用です。悪用は避けてくださいね」



 物陰に潜んでいた、一人の男。男は粧香と同じく、その右手の中指に指輪を一つ装着していた。


だが粧香が身に着ける指輪は、何の装飾も取り付けていないシルバーアクセサリーにしか見えぬものだが、彼の付けていた指輪には黒色の宝石が埋め込まれていた。



「では、これより貴方の言う『侵略生命体』に対する、迎撃を開始するわ。気を引き締めなさい」


「はい。ではバイトがありますので」



 真っ直ぐに駅前の方向へと向かって歩き出す男。彼の姿を見据えながら、粧香は小さく舌打ちした。



「……化け物め」



 その言葉を男が聞こえたかどうか、それは定かでは無い。



**



 壁ドン、と言う言葉を聞いた事があるだろうか。


 語源は主に、賃貸に住む者が回りの住民への迷惑を鑑みず騒音を響かせた際に壁を殴られる行為の事であったが、今では男性が女性を壁に追い込み、口説く為のテクニックとされているし、それも流行はとうに過ぎ、古臭く思われる事もあろう。


 今、久野洋平は壁ドンをされている。


 身長が百六十センチ弱しか無いものだから、背の高い男性にされる事は難しくは無い。だが男性に口説かれる趣味は無い。



「金だよ、金出せ」



 当然、相手もその気は無い。ただ洋平を校舎裏に追い込み、金をせびる為の物だ。洋平を口説く為に壁ドンをしたわけでは無い。



「ごめん。給料日前だから、他人に貸せるほど金は無いんだ」


「関係ねぇよ。ほら出せ、怪我すんぞ」



 顔が近い。もう少しで顔と顔が重なると言う所で、相手の男はニヤリと笑った。


身長は百八十程あるだろうか。ガタイも良い。見た感じひょろっとしている洋平とは違い、相手はガッチリとした体形に太い四肢を持つ。ハッキリ言って、見た目だけ言えば、洋平は手も足も出ないとしか言えまい。



「……そろそろ、止めといた方が良いぞ?」



 だが洋平は、怖がる様子も無く、逆に相手を気遣う言葉を口にすると、男が痺れを切らしたように、右の拳を振り上げて、それを洋平の顔面に目がけて振り下ろそうとした。


 その時。ガッ、と掴まれた男の右腕。男はギョッとした表情で、自らの腕を掴んだ者を見据える。



 二メートルはあるかと思われる巨体と、ガッチリとした体つき、それに似合わぬ端麗な顔立ち。右目は前髪と黒の眼帯で覆われ、細く鋭い左目はギロリと男を睨んでいた。



「あ、菊谷。おはよう」


「おはよう洋平。コイツは?」


「カツアゲ。勘弁してやって」



 菊谷と呼ばれた男は、睨みをさらに強くする。彼の眼力に負けじと睨む男だったが、握られる右腕に力を込められると、すぐに音をあげた。



「……おめぇが、デーモンかよ」



 デーモン。そう呼ばれた男――菊谷荘司は、手を離して男の腹部に軽く、膝蹴りを入れる。それだけで腹を押さえて項垂れる男を端目に、荘司は洋平の肩をポンと叩いて「行くぞ」と声かけた。



「菊谷。あんまり手ぇ出すなよ」


「ああいう奴は付けあがると面倒だ。それに本気は出してない」


「ダメだぞ。そんなんじゃ、ああ呼ばれても仕方ないじゃんか」


「……善処する」



 二人はそう話をしながら、肩を並べて校舎へと入っていった。


 玄武高校は、市内で問題視されている高校である。理由として、生徒による暴力事件や犯罪件数が非常に多い事が挙げられる。秋音市の市民は、玄武高校の生徒たちに恐怖し、そして生徒はその名に恥じない悪行を続けていく。


 玄武高校の一年三組には、本来三十人近い生徒がいる筈だが、多くは暴力沙汰による退学、または無期停学、自宅謹慎、自主退学によって学校を去り、今は三人だけのクラスへと成り変わっていた。



 三人の内一人は、既に教室に入り、本を読んでいる。文庫本サイズで、どこの本屋にもありそうな、夏目漱石の作品【草枕】だ。


少年は銀色のフレームをした眼鏡を、人差し指で調節しながら、ページを一つ捲った。


 少年の顔立ちは非常に整っていた。少し幼げに見えるものの、男と分かる骨格と柔らかな目つき、身長は百七十センチ近くはあるかと言う標準体型で、銀髪は綺麗に真っ直ぐ整えられて、耳元まで伸びている。


 本を読みながらコーヒーを片手に持ち、足を組むその綺麗な姿勢は、まるで玄武高校のような問題児が通う高校に似つかない。


 そんな彼だけの空間に、二人の生徒が入ってくる。久野洋平と、菊谷荘司だ。



「おはよう、白兎」


「おはようさん」


「やあ、おはよう二人とも」



 白兎と呼ばれた少年――岩瀬白兎は、本をパタンと閉じて、二人に視線を寄越す。



「続けてていいんだぞ?」


「いやいいよ。これを読むのは五度目になるからね」



 小説本をカバンの中にしまい、白兎は二人と向き合う。



「何読んでたんだ?」


「夏目漱石の【草枕】だよ」


「……夏目漱石って、古い千円札のオッサンか?」



 少しだけ思い出すようにした荘司が尋ねると、白兎がコクリと頷いた。



「そうだね。【吾輩は猫である】とかが有名かな」


「それは読んだ事あるけど、草枕は読んだ事ないな。面白いのか?」


「エロいよ」



 ニッコリと笑みを浮かべながら彼がそう言うと、洋平は顔を真っ赤にして「か、官能小説、って奴か?」と尋ねた。



「いいや、美しいまでの文学さ。だがほんの数行、女体の描写があるのだけれど、その描写が本当にエロい。僕は官能小説も嗜むけどね、これほどエロい文章は未だに見た事が無い。それでも良ければ貸すけれど」


「いや、いいっ!」



 首をブンブンッ、と振って拒否した洋平と。



「洋平に変な事を教えんなよ、白兎」



 洋平を庇うように、溜息をついて咎めた荘司。二人の反応をしばし眺めた後、白兎はククッと笑いを溢しながら頭を下げた。



「ゴメンゴメン。でも洋平の反応は全く飽きないね。もちろん普通に読んでも面白いから、その点でもオススメだよ」



 そんな雑談を終えた所で、担任が教室へ入ってきた。

 三人が机に座ると、朝のホームルームが開始された。

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