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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【聖域のアルタネイティブ】
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ワルツ-05

 秋音市の郊外にある山には、登山スポットがある。


 登山とは言ってもハイキングに適したのもので、子供と大人が散歩気分で登れるような山ではある。


だが山であり、崖や茂みは当然存在し、指定された道以外で山頂へ向かう事は難しい。



――この説明をバカにするかのように、一人の男が、片手で崖を登っていた。



身長は二メートル半はあろうかと言う巨体で、筋肉隆々の肉体が非常に目を引く存在である事は間違いない。


片手にはまだ六、七歳程度の男の子が抱きかかえられていた。幼子は嬉々とした表情で「父ちゃんスゲーっ!」とはしゃいでいる。


少しでも手を滑らせれば百メートル弱の落下が避けられぬ状況で、父ちゃんと呼ばれる男もニヤリと笑みを浮かべた。



「そう、俺は凄い」



 彼は自画自賛をした所で、今度は山頂に手をかけた。


よじ登り、まずは腕に抱く少年を山頂へとやると、続けて自分も登りきる。



「ちょっと疲れたな。俺も年か」



 その程度の感想で終わらせた彼は、少年の背中に背負うリュックサックを開け、水筒からスポーツドリンクを取り出した。



「どうだ、洋平。綺麗な景色だろう」


「うんっ!」



 落ち込む夕日が彩る景色は、木々をオレンジ色に染め上げていた。


 力強く頷いた少年――洋平は、キラキラと輝く瞳を、父へ向けた。



「力を持てば、こんな事も出来る。どうだ、お前も力が欲しいか?」


「欲しい! オレも父ちゃんみたいになりたい!」


「俺みたいな力を持ったら、お前はその力で、どうなりたい?」



 父の言葉。その言葉に、洋平は少しだけ「うーん」と考えた後、パッと明るい表情に変えて、言う。



「ヒーローっ、ヒーローになりたい!」


「ヒーロー」


「うん。皆を悪い奴から守って、オレが皆を助ける! 力って、そういう為にあるんでしょ? 父ちゃんっ」


「……そうか。ヒーロー、いい夢だ」



 洋平の頭程ある手のひらで、彼の頭を撫でる。グシャグシャになった髪の毛を、今度は簡単に整えてやると、男は洋平に向けて言うのだ。



「では洋平。お前に『崩沈技』を教える。ヒーローになりたいと言うのならば、俺の言う事に従いなさい」


「うん。俺、父ちゃんに付いてく!」



 少年は、無邪気な願いを込めて、父親の手を握り、父親は彼の柔らかく、幼い手を、潰さないように、優しく握る。



――オレ、ヒーローになるんだ!



少年の目は、ただ輝きに満ちていた。



**



少年――久野洋平は、まだ眠たいと悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、ゆっくりと身体を起こす。


 全身を襲う気だるさと共に、何だか吐き気があるような気がしたが、それを無視して立ち上がった。


彼が居る場所は、秋音駅の目と鼻の先にあるホテルである。


 エネミーの襲撃により自宅を壊された洋平と恵梨香は、リフォームが終わるまでホテルで過ごす事となっているのだ。



「シャワー、浴びよう」



 パジャマを脱ぎ捨て、シャワールームへと向かう。


 地下には一応大浴場があるのだが、朝の気だるさを払う為にはシャワーが一番適していると判断した彼は、バスタオルを確認した上で、下着を脱いだ。



シャワールームには全身鏡があり、洋平は鏡に映る自身を見据え――唖然とした。



少しだけ、胸元に膨らみがある事に気が付いた。


 おそるおそる、触れてみる。フニッと柔らかな感触と共に、少しだけビクリと体が震えた。



「これ――」



 乳房。


 それはまごう事なき、女性の乳房だった。


 まだ発達途上のそれは小さい。しかし男性である洋平に、女性特有の膨らみがある事自体が、まず大きな問題だったのだ。



「あ――あああッ」



 急ぎ、シャワールームを飛び出し、普段あまり使う事の無い、携帯電話を取り出した。


震える手で何とか操作をしながら、一人の男性へと電話をかける。



『はい、シェリルです。洋平さ』


「あの、朝起きたら、胸があって、それで、あの、やっぱり、これ」


『落ち着いて下さい、落ち着いて。少しばかり膨らみがある程度でしょうか?』


「そ、そう、そうです。でも、でもこれって、オレはもう女の子に――!」


『それは、女性ホルモンの分泌が促された結果です。通常の男性でも、女性ホルモンを多く摂取すれば、そうなります』


「まだオレ、女の子になってない……? 信じて、いいんですか……?」


『そのはずです。ですが急いで検査を行いましょう。ボクもすぐに向かいます。菊谷君にも連絡をお願いします』


「はい……はい……っ」



 切られた電話を、しばらく放心しながら見続けた。


ボロボロと溢れ出る涙を拭いつつ、後数分だけ泣いていいだろうと仮定した。



姉の設けたアラームが鳴り響くまで、あと三分の時間があるのだから。



 **



 渡されたデータに目を通しながら、シェリルは難しい表情を浮かべていた。


彼が居る場所は、防衛省が所有する検査室。そこには今、洋平と荘司の身体検査結果が書き記された書類データがあった。



「どうだ、シェリル」



 そんな彼に声をかけるのは、秋山志木だ。彼は医学的な知識は持ち合わせていないので、データを見ても理解が出来ないのだ。



「ワルツと同じ症状が、洋平君の身体に起こっています。つまり――女性化の兆候が色濃く出ている」


「だが専門家の話では、女性ホルモンの大量分泌だけで、女体化するのは有り得ないと言う事だが」


「ただ女性ホルモンの分泌だけでは、骨格や肉体が変貌するだけで済みます。ですがそこにアルターシステムと言う不穏分子がある。


 ――言っておきましょう。ワルツは今、女性としての生殖機能さえ有してしまっている。


 いずれ洋平君も菊谷君も、そうなってしまうでしょう」


「それは何故」


「変身前の肉体と変身後の肉体があまりに違い過ぎる為、変身をする度に僅かながら、元の肉体構造を変身後の肉体へと近付けようと、身体が防衛策を働かせてしてしまっているのでしょう。女性ホルモンの分泌はその一つでしかない」


 生命の神秘か――肉体が急激な変化による自己崩壊を恐れ、変身後の肉体と可能な限り同一にする事で、崩壊を止めようとしているのだという。


 そうなれば確かに――いずれは変身後の肉体と、同一の肉体を手に入れる事となるだろう。



「菊谷君も女性ホルモンの過剰分泌が原因か、筋肉の劣化が計測されていますが、彼はまだ変身を多用していない事が幸いしました」



 荘司はあまり変身しない。


 理由として彼は「変身前の方が腕力的に優れている」からである。


アルターシステムは、変身するだけの機能を有しているわけでは無い。


 変身前の肉体もある程度強化出来る事から、荘司はどちらかというと変身する前にエネミーを殴り倒す事を主な戦術としているのだ。



「もう一刻の猶予もありません。このままでは彼らを社会的に殺してしまう事になる。すぐにアルターシステムを回収し、彼らをこの一件から引かせなければ」


「ともなれば、エネミーに対抗する術を失ってしまう。そうなれば進攻はさらに深刻化するだろう」


「その業を彼らに背負わせる理由にはならない!」


「だから言ったのだ。我々にアルターシステムを寄越せと。それを無視し、子供を危険に晒した君が、私を咎める権利は無い」



 言い返す事が出来なかった。


シェリルは、一度反論の為に口を開こうとしたが叶わず、固く上唇と下唇を圧迫させた。

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