チャプター-13
神崎美咲は、地下施設内に作られた牢獄に閉じ込められていた。
フェリシモとの戦いで疑似的なアルターシステムを用いて変身した事により、かなりの虚力を消費した事が彼女の抵抗力を低下させる要因だった。
「……頑張れば、後もう一回くらい、変身できるかもしれないけど」
固いベッドの上に寝ころびながらも、しかし吹き付ける寒風で凍え死なないように身体に虚力を展開している現状、あまり多く虚力を浪費して死ぬ事は避けたい。花江やシャルロットが助けに来ているのならばと、抵抗という抵抗はせず、殺されぬように、気持ちを昂らせないように落ちつく事を選択した。
『……カンザキ・ミサキ様、起きていらっしゃいますか?』
声が聞こえ、横になる顔だけを牢獄の外に向ける。
小窓から見える、ヘルテナの姿に、美咲はゆっくり体を起こし「はい」と答えると、彼女は微笑みながら鍵を開け、中へと入ってきた。
「っ、ここは大変冷えますわね」
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。実はこのドレス、温かな素材で出来ておりますから」
ベッドに腰かけたヘルテナが、しかし手元を擦り、息を吹きかける事で寒さに耐えている様子は見ていられなかったから、美咲は彼女の手を握りながら、虚力を僅かながらに放出し、彼女の身体にまとわせるようにする。
「……温かい」
「自分以外に虚力を流すの、慣れてないんですけど、大丈夫ですか? 暑すぎたりとかしませんか?」
「ふふ、お優しいですね」
微笑む彼女の声に、美咲も何だか気持ちを落ち着かせることが出来た。
どうしてここに彼女が来たか、それをどの様な言葉にして問うかを考えていた所で、ヘルテナが不意に口を開く。
「わたくしには、年の離れた妹がいたんです」
「妹?」
「ええ。……でも、彼女が幼い頃に離れ離れになってしまいました」
「何かあったんですか?」
「三十年ほど前、ヘルテナ城に女子供を優先して避難させる計画が持ち上がった際、暴動が起こったんです。その時にヘルテナ城に侵入した賊が、わたくしと両親を狙っておりましたので、祖父母に生まれたばかりで顔も知れ渡っていない妹を預け、地上へ下ろしたのです」
「でも地上は」
「当時はまだ、何とか地上でも生活できる場所がありました。しかし、今の地上は雪に埋もれ、何とか生き残った者たちを集めてヘルテナ城に避難させたのです。……今避難されていて、ヘルテナ城で生活されている人たちの中に、妹は確認できていませんので、恐らくは、もう」
死んだのだろうと項垂れる彼女に、どうしてそんな話をするのだと問う事が出来ず、ただ口を閉じていた美咲だったが、しかし彼女は分かっていると言わんばかりに答え始める。
「ヘルテナの一族は寿命が長いのです。チキューの人と比べて、老化が遅いという表現が適切でございます。……妹が生きていれば、きっとミサキ様と同じような風貌となっていたのではないか、そう考えてしまって」
苦笑するヘルテナは、美咲の手に触れたまま、ボロボロと涙を流す。
「ミサキ様、わたくしは、わたくしを慕ってくださる民へ、そして幼くして死んでしまった妹へ、明るく澄み渡るような、青空を見せてあげたいのです。
貴女を巻き込んでいい理由では無いと知っている、他に生き方が幾らでもあって、貴女を犠牲にせず、今日のような争いが起きないよう、安息な平和を享受する日常が選べると、分かっています。
でも、でも……っ、わたくしは、妹が生きる筈だった、この世界を守りたいと願ったんです……っ!
妹の代わりに生きる事となった、数少ない民たちには、せめて、元々の世界を見せてあげたいのです……っ!
だから、だから……っ」
「私に死ねって言いたいんですね?」
ヘルテナは、そこで口を塞ぎ、ただ堪える事の出来ぬ涙を流し続ける。頬から伝わり、手と手を繋ぐ手に滴り、彼女の涙がどれだけ温かいのかを感じ取った美咲は、空いている左手で彼女の涙を拭う。
「ヘルテナさん。グラムズという人達が何を企んでいるのか、本当は知っているんでしょう?」
「……ハイ」
「もう貴女が民の人達に青空を見せてあげられる方法は、彼らに頼る方法しかなかった。その先に幾ら戦乱があったとしても、このままただ死に絶えていく位なら、せめて青空を見せてやりたいと願った。……違いますか?」
「……仰る通りです」
「貴女の願いは、民の皆さんにとっても、きっと凄く嬉しく、優しい願いで、誰もが貴女の願いを否定しないでしょう、出来ないでしょう。
……でも、願いが、望みが正しくても、その方法を間違えたら、どんな高潔な願いも、純粋な望みも、拒絶されてしまうものです」
美咲の言葉が正しいと考えるからだろう。彼女は何も言わず、ただ美咲の胸に顔をうずめ、胸元を濡らしていく。
「私、死ぬ事に恐怖は無いって言いましたよね」
「……はい」
「私、お父さんとお母さんを、災いっていうバケモノのせいで失ってしまって……それ以来、自分が死ぬ事自体に恐怖が無くなっちゃったんです。
ただ、自分の周りにいる、自分の大切な人が傷ついたり、死んじゃったりする事が怖くて……そういう人たちを亡くす位なら私が死んでやろうって思う位……はい、あのフェリシモって人が言ってたように、狂ってるんだと思います」
でも、とヘルテナの肩を取って、顔を顔を合わせた美咲は、触れ合う額と額で繋がり合い、彼女へ笑いかける。
「そうして私が死ぬ事で、私と同じ、誰かを失いたくないって願う人たちの想いを裏切る事になるって気付いたから、私と共にこれからの人生を歩んでいきたいって願ってくれる人に出会えたから、私はこの命を、絶対に無駄にしません。
ヘルテナさん、貴女がもし、誰も傷つけたくない、誰もが幸せになって欲しいと。
妹さんに顔向けできないような、そんなお姫様になりたくないと願うなら、グラムズの人たちなんかに、惑わされたらいけません」




