チャプター-09
宮越花江とシャルロット・クラージュは、目を開いた瞬間に浮遊感を感じていた。
吹き荒れる暴雪、視界も定かではない状況だったが、今まさに身体が落ちようとする先には、小さく城の園庭にも似た場所が見え、今まさにいる場所が彼女たちにとって異世界である【ブリズリー】であり、そして神崎美咲が囚われている場所なのだろうと認識。
「――ちょ、いきなり空とか聞いてないんですけどぉ!?」
「花江さん、虚力で足場を作って下さいまし!」
「ったく――!」
全身より流動する虚力を全て足元から放出し、スラスター代わりにして、少しだけ距離の開いていたシャルロットの手を取ると、そのままクルリと身体を空中で一回転。
虚力を形作り、足場を一瞬作り上げると、そこを起点に降りる様にしながら、また足場を作りという工程を繰り返した。
雪の積もった園庭に着地、ザワザワと騒がしい民の姿を見据えつつも、しかし誰もが花江やシャルロットに対して訝しむように見据えつつも、怯える様にして城内へと去っていってしまう。
「敵地……って感じしないね」
「ええ。何せ貴女がたが侵入を仕掛けてきた形ですからね」
声と共に、シャルロットが花江の手を引いてその場から離脱を開始。
降り注ぐ三本の弓矢が彼女たちを襲うも、しかし狙いは浅く、あくまで彼女たちに警告をする為に放たれた矢であると認識した花江とシャルロットは、首元から口元までを覆うマフラーを下ろしながら、問いかける。
「美咲はどこ?」
「不躾ですね」
男――ワルネットは、城の屋根に足を付けながらも右腕に装備するクロスボウを構え、今クスリと笑いかける。
「ご安心ください、彼女はまだ無事ですよ。――まぁフェリシモが彼女をどうするか不明ですが」
「あっそ。ならオメェをさっさと倒して、美咲を連れ戻す」
「やれるものならやってみなよ、お姉さん」
上空より聞こえた声に、花江とシャルロットは二手に別れた。
振り込まれた一本の剣を避けた花江が、両手の中指に備えていたアルターシステムを構え、接続、手首を捻りながら、一呼吸済ませて、叫ぶ。
「変身!」
アルターシステムの宝石部に浮かぶ梵字と共に発せられる光に包まれた彼女――プリステス・炎武が、一瞬の内に変身を終わらせると、滅鬼の刃を抜き放ちながら、今全身にみなぎる虚力を放出する。
ボウ、と展開される、彼女の周りを覆う灼熱の炎によって、彼女の周辺にあった雪が消し飛んでいく姿を、少年――ドルクラが「ひゅぅ」と口笛を吹きながら見据え、笑う。
「お姉さんも相当の虚力持ってるね。お姉さんが全力出せば、この星に積もってる雪の五分の一位は吹き飛ばせそう!」
「ああ――この雪、虚力で出来てて、その雪を溶かすのは同じ虚力じゃないと無理とか聞いたけど、マジなんだ」
「そーそー。んで、あのミサキって人の虚力ぜーんぶ使って、この世界にある雪全部取っぱらおうとしてたんだよねぇ」
「残念だけどさせねぇよ。――ていうか、アンタらの事情なんざ知った事じゃねぇ!」
心中に宿る、ドルクラやワルネット、そしてフェリシモに対する怒りの感情が虚力に還元され、彼女の豪炎をさらに強めていく。
流石に本気を出さねばならないかと認識したように、ドルクラは顎を引きながら、自身の背後に七本の剣を生みだし、叫ぶ。
「行――くよぉっ!」
「来いクソガキィッ!」
飛び跳ねるドルクラと合わせ、炎武も今足元を蹴って、空を舞う。
二者が振るう剣と刀の衝突音は、一秒間の間にも無数聞こえ、常人の目に留まる事の出来ない剣劇であることを示している。
そして実際、当人たちも思考で剣や刀を振るうのではなく、殆どが感覚によって扱っている。
敵がどう動くか、ではなく、互いに身体の感覚に従い剣や刀を振るうだけのものだからこそ出来る高速戦闘は、互いに上空へかかる雲へと届きそうな程に空を飛んでいた事に気づかぬ程の殺陣。
振り込まれ、七本目の刃を弾き飛ばした筈の炎武であったが、しかし再び手に収まる一本目の剣。
ようやくそこで気持ちを落ち着かせたのか、互いの刃を弾き合うと距離を置き、フゥと小さく息を吐きながら、花江が中段で構える。
「アハッ、お姉さん本気だ!」
「ああ、何時だってマジさ。オメェもじゃねぇのクソガキ」
「うん、お姉さん相手には本気出すよ。――こっちも本気出した上でじゃないと、多分殺されちゃうもんね!」
ゾクリと感じる殺気と共に、炎武は虚力を放出して足場としている現状を解き、落下しながらドルクラより遠ざかろうとする。
しかし、そんな彼女を追随するように、六本の剣が浮遊し、今まさに炎武へと向けて、推力を得たように投擲される。
一つ一つを避け、弾き、躱していくが、そうしてやり過ごした瞬間に軌道を再び変え、襲い掛かってくる現状に、舌打ちをしながら今一度足場を作り、前方から襲い掛かる三本を滅鬼で弾き、背後には豪炎を展開し、炎の壁を作り上げる。
だが、炎の壁を突破するように、三本の刃が迫り、寸での所を回避した。
「ボクの意のまま動く剣、どうやって躱していくのかな!?」
「じゃあ――こうしてやるよッ!」
強く空中を蹴りつけ、ドルクラの眼前へと迫る炎武。
一瞬で接近された事に驚きつつ、残る一本の剣を振るう彼の攻撃を弾きながら、ドルクラの顔面へ、強く拳を叩きつける。
ゴギ、と音を鳴らしながらも、しかし殴り飛ばしたり等はしない。
ただそのまま接近し、密着し、何度も何度も、額と額を強く打ち付け、血を流しながら、叫ぶ。
「こう接近すりゃ、色んな方向から攻撃は無理っしょ!」
「チィッ!」
今一度頭突きをしてやろうとしたタイミングに合わせ、炎武の顔面を殴りつけ、一瞬動きを止めた瞬間に腹部を蹴りつけたドルクラが距離を開けた。
二者の争いは、ほぼ同様の実力を持つ者同士による、戦闘である。




