チャプター-06
「標高三千メートル弱。わたくし達がいる、ヘルテナ城のある場所です。ですが雪は既に標高二千メートルの位置にまで達してます。……これが、わたくし達ヘルテナの一族、そしてヘルテナ城の、ブリズリーという世界を襲う、世界の終わりにおける真実です」
美咲の隣に立ち、彼女の手をか細い手でギュッと握りながら、ヘルテナは遠くを見据えた。
その頬から涙を流し、それを拭う事なく、彼女はただ、唇を噛みしめる。
「あの……でも、グラムズさん達は異世界に行く方法を確立しているんですよね? そして、この人たちは、私を地球からこのブリズリーにまで拉致して来た。行き来できる方法があるという事でしょう?
……残酷かもしれないですけど、どんな終わりだって受け入れなきゃいけない。この世界を見捨てて、他の世界にいく事だって出来るはずなんです。なのに、どうしてそれをしないんですか?」
「そりゃお前、オレ達ブリズリーの民と、お前らチキューの民が、全く同じ生態してると思ってんのか?」
言葉を挟んだ人物は、フェリシモだ。
「オレ達ブリズリーの民は、確かに外見もほとんど人間と変わらねぇが、寿命という点においてはチキューの人類と全く異なる。
さっきヘルテナの一族と星の命がリンクしてるっていう話をしただろう? この星の命っていうのは、何もこの星そのものの命だけじゃない。この星に生まれた生命体も、その星の命にカウントされる」
今はヘルテナ一人しか、ヘルテナの一族がいない状況だが、この状況においてもブリズリーの民が生きる事の出来る寿命は平均千年弱なのだと、フェリシモは言う。
もしヘルテナが地球へ逃げて生き永らえ、仮に子孫を残す事があれば、その子孫の数だけ、ブリズリーの民は寿命を増やす。
「そんな自分たちと異なる存在が他の世界に行けば、必ず争いの火種になる。最初は隠してたとしても、どこかで必ずバレてしまうだろうよ。
もしそうした争いによってヘルテナ王女様が死んでしまったら、その時点でブリズリーの民も連動して死ぬ。
かと言ってヘルテナ王女様がこの星に残り、安全を確保していても、雪によって覆われて死ぬ事があれば、それによってもブリズリーの民は死ぬ。
……ほらな、もうこの星を覆う雪を払う以外に、オレ達ブリズリーの民が争いも無く生き残る方法はないって事さ」
「他の星に居る民と、話し合いの余地はあります」
「本当にあると思うか? お前ら、そうした人間の百倍以上の寿命を持つ存在が居て、それに恐怖せずに共存しようと、チキューの人間全員が思ってくれると思ってるのか? だとしたら、お前はとんだお人良しだ。生命の善性を信じてるにも程がある」
「でも、そうした共存の道を探すという選択肢があるんです。こんな滅びに向かう星に残り続ける道を選ぶより遥かにいい」
「お前一人の命でこの星に訪れた危機を解決できるのに、どうしてそんな賭けに出ないといけない?
理解しろよ。お前の命を使ってこの世界を覆う雪を取り除く事が、一番犠牲の少ない手段なんだとな」
――確かに正論なのかもしれない。
仮に地球へ逃げたブリズリーの民がいて、その存在が地球に知れ渡り、二人の民が死んでしまう事と、。
地球から神崎美咲という一人の少女を連れてきて、その少女を生贄にする事。
どちらが被害として好ましい数字だろう。
……勿論、後者である事は間違いない。
「だからオレ達はそうして、双方にとっても最善と思われる策を採用した。何故そんなオレ達が、お前に糾弾されなきゃならない?
――なぁ、カンザキ・ミサキ。お前は死ぬ事自体に恐怖は無いんだろう? ならこの星を、このブリズリーで生まれた者達を救う為に、死んでくれよ。
それが被害を最小限に抑える方法なんだよ」
「イヤです」
キッパリと。
美咲は首を横に振り、ただ否定の言葉を口にした。
「……ほう、何故イヤだと?」
「確かに私は、死ぬ事に恐怖なんかありません。
でも、私はこの命を、人生を、花江さんに捧げたんです。だから、無駄に命を散らす事だけは、絶対にしません。最後まで足掻いてやります」
そう、美咲は死ぬ事に恐怖などない。
ただ、彼女は宮越花江という、愛する人と共に居る時間を愛し、そうした人生の歩みを選択した。
死ぬ事よりも恐ろしいのは――そうした彼女との時間を、彼女と歩む人生を生きる事が出来ぬ事。
だから彼女は、決して命を無駄にしないと誓ったのだ。
「この星が滅びようが何だろうが、私の知った事じゃありません。私の命でなければこの星を救えないと言われても、私はこの星の死を選びます」
「残酷だな」
「少なくとも私の命を狙って、私の命を殺そうとする人を、私の大切な居場所を奪おうとする人たちを、許す理由にならない、と言っているんです。
もし貴女達が、地球へ逃げてきて『この地球で一緒に暮らしましょう』と手を差し伸べるなら、私はそれに頷きましょう。他の人たちがどうかはわからないけど、でも私の様に、受け入れてくれる人がいるかもしれません。
でも、貴女達はそうもせず、ただ私に『死ね』とだけ言う。そんな人たちに、何故『うんいいよ』と言えると思うんですか?
もし仮に殺されるにしたって、最後まで足掻いて、足掻いて、足掻き切ってやる。むしろそんな反抗心しか生まれません」
沈黙が訪れたが、しかしその沈黙が破られるまでにかかる時間は、そう多くは無かった。
ドアをノックする音に合わせ、フェリシモが「何だ」と声をかけると、ドアの向こうから『敵襲です』と声がかかる。声は恐らく、ワルネットだろう。
「敵襲だと?」
『ええ。方法は分かりませんが、ミヤコシ・ハナエとシャルロット・クラージュの二名が、今園庭に現れました』
「オレはこのままヘルテナ王女様を守る。お前とドルクラは迎撃」
『かしこまりました』




