チャプター-03
神崎美咲は、あまりの肌寒さに目を覚ました。
自由の効かない体に周りを見渡し、今自分がどこにいるか、どうなっているかを認識。
今いる場所は、照明一つない薄暗い部屋の中。室内は広いが、しかし広々とした空間に一切物などがないから、余計に広さを実感させられる。
そんな場所に、天井から垂れ下がった鎖によって両腕を拘束されている、薄手のシャツとハーフパンツを履いただけの美咲が、外から吹き付ける冷気に、思わずブルリと身を震わせた。
「虚力放出してまとった方がいいぜ。寒さで死ぬぞ」
声が聞こえた。今美咲のいる部屋のドアを開け、三人の男たちが来室。
高身長かつ筋肉で肉体を覆う男、可愛らしい男の子、そして細身だがスラリとした青年の三人に、美咲は気を失う前の事を思い出す。
「っ、貴方たちは……」
「オレらは【グラムズ】――まぁ早い話、傭兵部隊って奴だ。依頼がありゃ仕事を請け負う専門家でね」
鎖で繋がれ、身体をその場から動かす事が出来ぬ美咲の頬を右手で掴む大男。
「オレはフェリシモだ。ヨロシクな」
フェリシモという男の自己紹介に、可愛らしい少年がにっこりと笑みを見せながら続ける。
「ボクはドルクラ、仲良くしようね、お姉さんっ! で、こっちが」
「私はワルネットと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
笑みを浮かべる三人に、しかし美咲本人は一切表情を動かさない。
彼ら【グラムズ】という傭兵部隊が、何を企んでいるのか、今この場所がどこなのか、それすらも分からずに、和やかにお話をしましょうという気分にはならないだろう。
「お前の聞きたい事も分かってる。さらにオレはまだるっこしい事も嫌いだ。だから正直に、言葉を濁さずに言うとしよう。
――お前には死んでもらう」
眉を動かさず、美咲はただ男――フェリシモの言葉を聞き、ただ睨み続ける。息を吐いたフェリシモは「ガキの精神力じゃねぇな」と感嘆の声を漏らした。
「普通のメスガキなら、死んでもらうと言ってくる男三人に囲まれたら、ビビって命乞いなりするモンだと思うけどな」
「私、死ぬ事自体に恐怖はありませんから」
「じゃあ何が怖いと?」
「私の日常を壊す人とか、そういう存在が怖いんです。……死ぬ事自体に恐怖は無くて、それまでに蹂躙されていく人やモノの光景が恐ろしいだけで。
私を殺すって言うんなら、さっさとやればいいんですよ」
美咲の言葉に、ワルネットと名乗るスラリとした体格の青年が笑みを溢しながら「フェリシモの考慮不足ですね」と吐き捨てた。
「正直に言いましょう。フェリシモの言葉だけでは足りないのですよ。私たちは確かに貴女へ死んでもらわなければなりませんが、それはただ殺すというわけじゃありません」
「じゃあ、どういう?」
「貴女の虚力を頂くんです。それも高純度なエネルギーとして貴女の虚力全てを貰い受ける必要がある為、常時の貴女では足りない。
プリステスとして変身している貴女も、普段はその虚力量を全開時の五割程度に留めてますが、我々が欲しいのは貴女の全開放する虚力なのです」
「どうして虚力を欲しがっているかを聞いているんですけど」
「外をご覧になってみますか?」
今いる部屋の、窓近くに向かっていくワルネットが、重々しい鉄の扉を開け、ゴゴゴと音を奏でながら、外の光景を美咲に見せつける。
扉が開かれると同時に全身に襲い掛かる吹雪。
身体に虚力を展開し、その身体を覆っていなければ、数秒で凍え死んでしまいそうな程の冷気が、今ハーッと息を吐いた美咲の息すらも凍らせた。
「さぶ……っ」
「失礼」
扉を閉め、美咲の身体にかかる雪を払うワルネットに続き、彼女の頬を拭うドルクラと名乗った少年。
「この雪、ホラ見てみて。今お姉さんの体温に当たって、こうしてすりつぶそうとしても……ホラ」
美咲の頬に残っていた、そして今ドルクラの小さな手ですり潰されようとしていた細かな雪だが――しかし、それは一切溶けず、残り続ける。
「この雪……というより雪を放出してる雪雲がさぁ、今この【ブリズリー】って世界全土を覆いつくしちゃってる。で、この雪雲は虚力によって形作られてるんだ」
「……それが、なに……?」
あまりの寒さに声も若干震える美咲。しかしドルクラは笑いながら喋り続けた。
「その雪雲から降る雪も、虚力を含んでるから殆ど溶けなくてね。ずーっとさっきみたいに降り続けているから、雪かきとかしても全然ダメ! そのせいで殆どの人間は死んじゃったり、異世界に逃げちゃったりしてるんだよね」
話の流れが分からず、ただドルクラの言葉を聞き続ける美咲に、フェリシモが「そこでお前の虚力を使うんだ」と本題に入る。
「雪雲は、そしてそこから降り続ける雪は高純度の虚力によって形作られてる。だからこそ、雪雲や雪そのものを形作る虚力が拡散されないと消える事は無い。
しかし虚力の拡散には同等の虚力をぶつけるしか方法はない。
だからお前をここに連れてきた。お前と同じ星にいるナナセ・ナナミや、塩基系第二惑星・ゴルサにいるリンナを連れてくるという手段も無くは無かったが、奴らは一度に放出できる虚力量がお前よりも少ない。
もしナナセ・ナナミやリンナの虚力量が常人の四十倍ある、仮数を四十とすれば、お前は常時二十の虚力を持ち得ているが、しかしそれを二百以上にまで膨れ上がらせる事が出来る。
それだけ高純度の虚力があれば、雪雲を拡散させることも、お前の虚力を放った衝撃だけで世界に積もり続けた雪を消滅させることが出来る……これが、お前を連れてきた理由さ」
理解したか? と説明を終わらせた気になっているフェリシモに、美咲は首を横に振った。
「私に死んでもらうと言った理由にはなりません」
「簡単な事だよ。お前を殺す時に発せられる、死に対する恐怖から作られた虚力を使おうとしていただけだ」
「私自身は死を恐ろしく感じていないのに?」
「そうだな、それがオレの誤算だ。――だから、こうする」
身動きの取れない美咲の顔面に、フェリシモの図太い腕が振り込まれ、拳によって殴打された彼女の綺麗な顔が、苦痛に歪む。
「ぐ――ッ」
「おら、今のは別に全力じゃないぞ。ほら、ほらっ」
ほら、と口にする度、彼の拳が美咲の身体を殴打する。
最初は顔だったが、しかしそれによる反応が薄いと分かると胸部を殴打し、続けて腹部を、鳩尾を、背中を殴打する彼は、一打打ち込む度に、口を段々と歪ませていく。
「あーあ。お姉さんかわいそー。フェリシモってば、綺麗な人とかモノとか歪ませるの、大好きなんだよね」
「悪趣味ではありますが――しかしか弱き少女を恐怖させるには、十分でしょう」




