変わりゆく世界-26
アルタネイティブ・レッド・ラストフォームは、今足を付けた屋上でゆっくりと空を見上げて、ただ一筋の涙を流す。
感じる力の流動は、これまで変身してきた通常フォームや、ブラスターフォームの比ではない。
きっと、敵である彼女を――
アルタネイティブ・ヴィヴィッド・エンドの事も、きっと殺すことが出来るのであろう。
けれど、これまで数十発と殴り合っているにも関わらず、彼は一切、ダメージというダメージを負っていない。
恐らくは耐久力が非常に高いか、非常に高い回復能力を持ち得ているのだろうとは思うが、しかし弱点という弱点は、見つからずにいる。
戦いの中で見つける他ないという事は、分かっている。
けれど――そんな事よりも、今まさにレッドへと追従してきたヴィヴィット・エンドへ、笑いかけ、かける言葉を探すことの方が重要だ。
「オレは、お前が好きだ。優奈」
「どうして俺の事を、そんなに好きでいてくれるんだ、エンドは」
「どうしてか。オレにも、正直どうしてか、分からねぇよ。
外観も好きだし、お前の青臭い正義感も、聞いていて気持ちがいいと思えた。
考えなしではあるけど、でも全く考えねぇわけでもねぇ。
そういう所を、お前の事を調べていく内に、お前の事を、愛おしいと思えた。
お前との子供を、欲しいと思えた。
お前を愛し、お前を抱き、お前を、幸せにしてぇって思えた。
ああ、思えただけだ。けどよ、それの何が悪いってんだ?」
「……うん、悪くない。俺も、すっごく嬉しい。
俺は、久野優奈って女は、そんなに熱い思いを伝えてくれる人が出来たんだって、そう思えた。
この気持ちに偽りはないし、お前の事も、俺は正直に言って、好きかもしんない。俺、正直者が好きだから」
「でもお前は、菊谷荘司の愛を受け取るんだろう?」
「うん。そうだね。だって俺は、アイツの事が大好きだもん。
男の時も、女になってからも、友達って感覚が抜けなかったけど、だんだんアイツの事を、一人の女として、好きになっていった。
その感覚が怖かった。
男の時に感じなかった感情を女になって感じるようになって、この感情は何なんだろうって、この感情は、ただの劣情なんじゃないか、アイツの事を、本当は愛していないんじゃないか、そう考えると、ただただ、怖かった」
涙は、ドンドンと溢れてくるけれど。
でも、言葉は、止まらなかった。
ヴィヴィット・エンドに向けて、少しずつ、歩を進めるレッド・ラストフォーム。
レッド・ラストフォームに向けて、少しずつ、歩を進めるヴィヴィット・エンド。
二者が眼前にまで来ると。
彼女――エンドは、最後の言葉を投げかける。
「オレの女には、どうしてもなれない?」
彼女――優奈は、最後の言葉を投げかける。
「うん。俺は、荘司の女になりたい」
互いに、涙を、一筋落とす。
その水滴がビルの屋上床に落ちた瞬間。
それが合図となった。
互いに振り込んだ拳の一撃同士が、衝撃となり、辺り一面を揺らした。
互いの腕を伝う衝撃を、ヴィヴィット・エンドは辛そうに受けるけれど、レッド・ラストフォームは涼し気な顔でその衝撃を受け流した後、身体を捻らせながら、ただ力を込めた拳の一撃を、ヴィヴィット・エンドの顔面目掛けて叩き込む。
だが、痛みはあるだろうに、瞬時に立ち上がったヴィヴィット・エンドが、乱雑に放つ拳を避け、避け、避け、何度避けたか分からなくなる程に避け切った瞬間、ヴィヴィット・エンドは苦しそうに、後ろへと飛び退いた後に、両足にアルターシステムをかざした。
彼女の脚部に集中する力の流動。
それを受け、レッド・ラストフォームも同じく、アルターシステムを左掌に押し付けた。
〈Alter・Kick〉
〈Alter・Punch〉
それぞれの機械音が流れた瞬間。
ヴィヴィット・エンドは地を蹴って、空高く舞い上がり、空中でクルリと身体を回転させると、その両足をレッド・ラストフォームに向けて突きつけながら、背部スラスターを、吹かした。
「これが、オレの想いを込めた、一撃だ――ッ!!」
急速に接近し、今まさに、レッド・ラストフォームに向けて叩き込まれようとする、アルターキック。
それを避けることは簡単だけれど――そんなことはしない。
「じゃあ――その想いへの返事は、この拳だ」
ただ――受け流すだけ。
ヴィヴィット・エンドのアルターキックが、レッド・ラストフォームの胸部へと叩き込まれる寸前。
左手でそっと蹴りに触れたレッド・ラストフォームによって、僅かにキックの軌道を受け流された。
それは、久野優奈――というよりも、久野家に受け継がれている、崩沈技拳法の技法。
ただ、相手の攻撃を受け流すことにだけ特化したカウンター柔術。
どんな強力な攻撃でも、ただ強いだけであるならば――崩沈技拳法によって、力を受け流されてしまう。
受け流されたキックの、すれ違いざま。
アルタネイティブ・レッド・ラストフォームの放つ、アルターパンチが。
アルタネイティブ・ヴィヴィット・エンドの腹部に、叩き込まれて、その腹部を突き破った。
血を吐きながら、力無く地へ落ちようとする彼女――否、エンドの身体を。
レッド・ラストフォーム――否、久野優奈は、ただギュッと、抱きしめてあげた。
「ゴメン」
「……ハハ、なんで、謝んだ……?」
「お前に、これ位しか、してやれないから」
「バぁカ……オメェ、ほんと、男心ってやつ、わかんねぇなぁ」
「ふふ。元男に、何言ってんだ?」
「分かって、ねぇから……言ってんだ……よ。
……死ぬことの出来ねぇ、孤独な男が、ようやく、死ぬことが出来て。
その上、いざ死ぬ時に……好きな、女の胸に抱かれて……死ねるなんざ……こんなに、嬉しい事なんか、ねぇ、だろうが……よ」




