変わりゆく世界-23
ブルーに今までかかっていた、何か力を塞き止める物が外れたような感覚を覚えたヴィヴィッド・エンドは、思わず手が出てしまった。
ブルーの顔面に向けて放ってしまった拳。
しかし超高速でその拳を避けたブルーによる計十二撃に渡る腹部への連撃がヴィヴィッド・エンドの身体を吹き飛ばし、隣の部屋とを遮る壁さえも破壊して、吹き飛ばされる。
「荘司……リミッターを……っ」
「ああ……解除した」
元々、荘司と優奈の所有するアルターシステムにはリミッターが設けられていた。
これは変身する度、徐々に女体へと変化していく二人に与えたリミッターであり、かつて優奈――洋平と言う男はコレを解除したばかりか、より女体化の侵攻を進める事で更なる力を引き出したブラスターフォームの力すら手に入れた。
今、ブルーはブラスターフォームではない。
しかし、ゆっくり立ち上がり、殺しきれていなかったヴィヴィッド・エンドの姿を捉え、拳に力を籠める。
「……ハハッ、そうか、オメェも覚悟を決めたか、菊谷荘司ィッ!!」
「勘違いすんな? オメェを倒す為なら女になる覚悟を決めただけで、ブラスターフォームになんかへならなくたって、殺してやる気は満々だ」
「無理すんな! 確かにブルーであるオメェがブラスターフォームになれば、オレを殺しきれるかもしれねぇぞ!? カウンター決めればオメェの勝ちだからよぉっ! だがそうしたらオメェは二度と優奈をオスとして抱けねぇ! それでも良いってんならそうしろよっ!」
「だから――抱くとか抱かねぇとか、そんな方法じゃなくったって、優奈を愛する方法なんざ幾らでもある。
俺は、優奈を愛せなくなる事が一番怖いよ。何よりも辛いよ。だから男から女になっても構うもんかって、覚悟を決めただけだ」
チラリと、視線を優奈へと向け。
ブルーは――否、菊谷荘司は、久野優奈という少女へ、笑いかける。
「俺が女になっても……俺と、友達でい続けてくれると、嬉しい」
頷いてくれると思っていた。
それを祝福してくれると思っていた。
――でも、優奈は涙をボロボロと溢しながら、強く首を横に振り、彼女の手を取って、叫び散らす。
「やだっ!!」
「……え?」
「ヤダ、荘司は男のままで居て欲しいっ!! オレを、久野優奈って女を、男のまま抱きしめて欲しいッ!! 男のお前と、オレは一緒に居たいっ! お前ってヒーローの隣で、オレっていうヒロインが一緒になって戦いたいっ!」
否定されるとは思わず、若干ポカンと口を開けたブルーと、同じく彼女が拒否する筈も無いと考えていたヴィヴィッド・エンド。
そんな二者に慮る事も無く、優奈は涙の量を増やしながら胸に手を当てて、自分の内にある想いを、ただ叫ぶのだ。
「オレは荘司のオッパイが大きくなるより、大きな手をそのままにして、ずっと頭を撫でて欲しいっ! オレの事をいつも守ってくれる、男らしい荘司のままでいて欲しいっ!
だって――だって、そんな荘司が好きになったんだもんっ!!
オレは、そんな荘司のままで居て欲しいだけなんだ――っ!!」
叫びたい事を叫び終えた彼女は、ズズッと鼻水を吸い、涙を拭い、荘司の前に立ち、ヴィヴィッド・エンドを睨みつける。
「……優奈?」
「ゴメン、エンド。さっきも言ったけど、やっぱりお前の想いは、愛情には、報いる事は出来ない」
「……菊谷荘司はありのままのお前を受け入れた。お前は、アイツがなろうとした決意を否定するのか?」
「否定はしたくないよ。そうなっちゃったらなったで、受け入れるかもしれない。――でも、変わらないでくれた方が嬉しいだけ」
「どうして……?」
「ただ、男の菊谷荘司を好きになっただけだもん。女の菊谷荘司が想像できないだけ」
クスッと笑った優奈は、そうしてヴィヴィッド・エンドへと「ごめんね」とだけ呟き――彼女の後ろ、その隣の部屋に向けて、駆け出した。
速度は人間のそれで、無理矢理邪魔をする事はいくらでも可能だった。
けれど、ヴィヴィッド・エンド――否、エンドは、ただ横を通り過ぎようとした優奈の手を握る為、手を伸ばす。
「優奈――っ!」
行かないでくれ、と。
オレの所にいてくれ、と。
そう、願いを。
愛情を込めて伸ばされた手を。
「……オレは、菊谷荘司っていう、男が好きだ」
優奈は、一瞬で振り返った右掌で彼女の二の腕を払う様にして、続けて右足でヴィヴィッド・エンドの両足を、かけた。
クルリと、回転するように地面へ落ちたが、しかし超回復を持つ彼女には、ダメージなど入っていないだろう。
けれど、時間が稼げれば、それで良かった。
部屋の奥。
何か、ケーブルの様な物を繋げられた一つの指輪を手に取り、ケーブルを引っこ抜いて、右手の中指に、はめ込んだ。
「だから、荘司が女になってでもオレを守ろうとしてくれたって、嬉しいけれど、それはイヤなんだ。
オレの心はようやく、男の俺から卒業できたから。
心の底から、菊谷荘司って男の、女になりたいと思ったから。
荘司を、女には――させないッ!!」
右手を振り、眼前へと持っていき、左掌へ指輪を――アルターシステムを、押し込んだ。
「変身――ッ!!」
放たれる光。伸びていく髪の毛。それは普段のサイドテールではなく、ただ床へと向けて下りていくストレートヘアー。
けれど、長さはどんどんと伸びていき、最終的には地面にも辿り着かんかという長さにまでなって、そうして普段よりも面積の少ないアーマーが全身に取り付けられた事で、変身を終える。
光が散っていく。
膨大な虚力の放出と共に、重たい髪の毛がバサバサと揺れ動く感覚。
優奈――否。
【アルタネイティブ・レッド・ラストフォーム】は。
駿足とも言える速度でブルーの下へと駆け、彼女の胸を強く押す。
窓ガラスを割り、落ちていくブルーの体。
「優奈……ッ!!」
叫ぶブルーの声。笑いかけるレッド。
「……今は、エンドと二人で、戦わせて欲しいな」
そう呟いた彼女の声は、既にブルーには聞こえていなかった。




